23-6 せいぎのめがみさま ~信徒編6~ 身の丈の正義
ミカゲルは不思議でした。
遠くの林に人影らしきものが蠢いているのですが、いくら目を凝らしても、ぼやけてよく見えないのです。
もしかして寝ぼけているのかと思い、両目をこすって改めて林を見ます。すると……
人影が大きくなっていました。二倍か三倍の大きさになり、ユラユラと立ち尽くしています。
……いえ、違います。大きくなったのではありません。近づいていたのです。
やはりぼやけていてはっきりしませんが、長い髪にスカート姿なのは、シルエットで辛うじて分かりました。どうやら女の人のようです。
彼女は何かを探しているかのように、辺りを見回していましたが、突然固まったように動きが止まります。ミカゲルは彼女と目が合った気がしました。
「おねーちゃ…」
ディケーに声をかけようと振り返ると、ロズワルドと難しい話をしているようです。邪魔をしてはいけないと思い、ミカエルは口を紡ぎました。
その瞬間、妙な気配がまとわりつき、焦げ臭い匂いが鼻を打ち、影がミカゲルを覆います。
林を見ようとふり向くと、焼け焦げた白い布が目前に迫っていました。それはどうやら寝間着のようです。
足下を見ると、ボロボロのスカート裾から覗く足は靴を履いておらず、酷い火傷でただれています。
そっと見上げると、女の人が覗き込むように見下ろしていました。先程までぼやけていた彼女ですが、今ははっきり見えます。
長い金髪は彼女の顔を隠し、表情は伺えません。金髪の隙間から見える瞳には、命の輝きが消えていました。
その瞳は、ディケーやロズワルドには目もくれず、ただ、ただ、ミカゲルを見つめていました。
◆
「ミカじゃ頼りなくても、神々に応援されるなら、なんとでもなるってのは分かった。ねーちゃんに応援されるだけでもスゲェ力が出て驚いたのに、そいつの気のない応援が加わった途端に、更にとんでもない力が湧き上がるんだもんな。あれってもしかして、勇者や英雄すらも凌駕するんじゃね?」
一時的とはいえ、超人的な力を手に入れたロズワルドは、興奮気味に語ります。
「ふっ、当然だとも。何しろオリュンポス12柱たる、このヘルメス様の応援だからね。気のない応援も加減するためさ」
と、自慢げに語る伝令神。しかし、ロズワルドのトーンは急激に下がりました。
「だけど、ねーちゃんが地上にいられるのはあと五日。それ以降は頼れない。そうだろ?」
「うん。そうだよ」
「つまり神々に頼らずに、"声援昇圧"を活かす方法を考えないといけないわけだ」
「まあ、そうだけど」
ロズワルドは頭を抱えながら、ブツブツとつぶやきます。
「どうすりゃいいのさ。ミカの応援だけで悪と戦うなんて、どう考えても無理だ。その場その場で人を集めて応援してもらう? 旅の大道芸人にでもなればいいのかな? 安定した応援を望むなら、味方を大勢作ればいいのかな? 何処かの町や村に根付いて、住民と仲良くすればいい? それなら応援団を作ってくれるかも……」
「ふふふ、面白いこと考えるね。でも、気負わなくても大丈夫だよ。本来は神々のエールなんて必要無いの。別にロズくんに、魔王や巨悪を倒してほしいワケじゃないんだし」
「えっ!? ………違うの?」
「違うよ〜! いくら大いなる力には大いなる責任が伴うからって、そこまでの重荷は背負わせないってば。ロズくんの身の丈に合った正義を貫いてくれれば十分だよ」
「身の丈の……正義?」
「正義は1つじゃない。色々な形があるの。それは分かるよね?」
「裁く正義もあれば、救う正義もあり、許す正義もあるって事? それは分かるけど…」
「個々の職業や立場や心情によっても、正義の姿は変わるんだよ。同じ正義の女神でも、初代アストライア様やテミスお母様の正義は、私とは別物だしね。だからロズくんも身の丈に合う範囲で、ロズくんなりの正義を貫いて欲しいんだ」
「オレなりの……正義。と言ってもなぁ……。いじめっ子をぶちのめして、二度といじめをしないと誓わせるくらいが精々だぜ?」
「あははは♪ 10歳でそんな事が出来るなら、大したものだよ♪ そうだねぇ……」
ディケーは少し考えてから話を続けます。
「いじめっ子をぶちのめすって事は、いじめられっ子を助けたいって事なのかな?」
「どうだろう…。まあ、両方かな?」
「だったらロズくんは、デストロイヤータイプか、セイバータイプのどっちかになりそうだね」
「タイプ? タイプって何さ?」
「もうじき2つ目の加護が覚醒すると思うんだ。名前は"クワイエット・コンプレイン"。"静なる訴え"って意味だよ」
「静なる訴え?」
「誰にも聞こえない"声"が、届くようになるの。それが悪を見定め、善を救い、正義の執行に必要な情報源になる。だけど、聞こえる"声"はタイプによって違うんだよ。デストロイヤータイプなら悪の囁く悪巧みが届く。セイバータイプなら助けを求める悲鳴が届くの」
「つまり、デストロイヤーなら悪巧みの阻止が使命となるし、セイバーなら人助けが使命になるってことか」
「そう♪ さすがロズくん。飲み込みが早いね♪」
「悪を倒すのも人助けも、どちらも大事だけど、"声"という名の情報源次第で、優先順位が変わるってことか」
「神々だって万能じゃない。人間なら尚更よ。何もかも背負うなんて無理だもの」
「だから聞こえる"声"にもタイプがあり、使命の優先順位も変わり、個々の正義のありようとなる。なるほどね……」
「何もかも自分で解決しようなんて考えなくて良いんだよ。身の丈でいいの。ロズくんはまだ子供なんだから」
「そうだな。もし頼れそうな大人なんてものが、本当にいるんだったら……頼ってみるよ。な、ミカ」
頼れる大人なんて者がいるなら、ミカと二人で旅なんてしてないさ。そう思いながらミカゲルを見たロズワルドは……
「ミカ?」