2-5 ここは異世界 ~泉~
ハナナちゃんが持ってきた食器は全て木製だった。いずれにもいびつな歪みがあり、一目で手作りだとわかる。きっと、泉の側に生えている木々を加工したのだろう。
取り皿に茶碗大のカップ。フォークにスプーン。そして箸。……えっ!? 箸?
「どしたのオトっつぁん。お箸が珍しい?」
「い、いえ、珍しいわけでは無いのですが……」
私達日本人にとっての異世界と言えば、洋風な文化圏が主流だ。少数派ながら和風異世界もあるが、それぞれは大体独立している。
ところが食卓には今、洋文化代表のフォーク&スプーンと、和文化(もしくはアジア文化)代表の箸が、当たり前のように共存している。
つまりここは、ファンタジーものではあまりお目にかからない“和洋折衷異世界”なのだ。
あれ? でもそれって………日本のことじゃね? やっぱりここって日本なのかな?
料理が始まるとハナナちゃんは、鍋の上でピンク色の石をナイフでガリガリを削りだした。削り粉が次々とお湯の中に消えてゆく。どうやら調味料のようだけど、カツオ節ではないし……一体何だ?
「え? オトっつぁん、シオ知らないの?」
シオ? 塩? これが? いや、待てよ?
「もしかして、岩塩ですか!?」
「ガンエン? それって何?」
「岩の塩……石みたいな塩って意味です」
「へぇ〜、この塩そんな名前があるんだ。オトっつぁんは物知りだな♪」
いやいや、塩と言ったら海で取れるものだろ。そんなの常識じゃないか、日本なら。日本なら……
「あの、ハナナちゃん」
「ひゃっ、え、えっと、なんだよオトっつぁん」
「ハナナちゃんは海を知ってますか?」
「でっかい水たまりのコトだろ。それくらい知ってるよ! ……もしかして馬鹿にしてる?」
「いや、馬鹿にはしてませんが……見たことはありますか?」
「あるわけ無いじゃん。そんなもの、どこにあるのさ」
岩塩とは、太古の海水が陸に閉じ込められてできた、言うならば“化石”だ。だから岩塩は鉱石のように鉱山から取れる。
しかし島国日本では産出されないし、そもそも必要もない。周りが海に囲まれているからな。
ハナナちゃんが岩塩を塩と呼ぶのは、岩塩が一般的な塩だという事。海水から取れる“海塩”は見た事が無いか、レアものなんだろうな。
つまり、私が今いる場所は大陸なのだ。日本であるはずがない。やはり、ここは異世界なのだ。
味付けは岩塩のみと極めてシンプルだったが、ハナナちゃんの振る舞う巨大アリ料理は美味かった。
たらふく食べてまったりしていると、再び雲行きが怪しくなってくる。本日二度目のゲリラ豪雨だった。
激しい雨音や雷がうるさくて、会話も自然と大声になる。
「ハナナちゃん! ハナナちゃん!」
「ひゃっ、なっ、なに〜!?」
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど〜〜!?」
「だからっ、なに〜〜!?」
「どうして泉には雨が落ちてこないんですか〜〜!?」
「え〜〜〜? なんだって〜〜〜?」
「で〜〜す〜〜か〜〜ら〜〜〜! あめがおちてこないのは〜〜なんでです〜〜!?」
「え~~~? きこえない〜〜〜!」
「だ~~~か~~~ら~~~~!」
「あ〜〜〜〜、も〜〜〜〜〜、やかまし〜〜〜〜〜〜!!!」
ハナナちゃんは耳を塞いで雄叫びを上げるが、それも雨音にかき消されてしまう。
ゲリラ豪雨は一度目とは比べものにならないほどの凄まじさだった。仕方ないので私も両手で耳を塞いで待つ。
今度のゲリラ豪雨は五分ほどで止み、泉には再び太陽と青空が帰ってきた。
「ええっと? それでオトっつぁん、話はなんだっけ?」
「どうしてこの泉には雨が落ちてこないんですか?」
「な〜んだ。そんなことか〜♪ もちろん、結界が張られているからだよ」
なるほど結界と来ましたか。巨大建築物でもなく、バリヤーでもなく、結界であると。実にファンタジー異世界らしい。
「外敵が入り込まないよう、周囲に結界が張り巡らされてるんだよ。お皿の上にひっくり返したお椀を被せたような感じかな」
ハナナちゃんはそう言いながら、アリ肉を盛った取り皿の上にお椀を被せる。手製の皿と椀なので接触部に僅かな隙間があるが、ハエの侵入なら問題無く防げるだろう。
「すると豪雨が泉の周りに降らなかったのは?」
「結界が豪雨を“外敵”と認識しただよ。だって雨に濡れるのって嫌じゃん♪」
確かに結界とは、外敵から保護するためのものって感じがする。となると、この結界が定義する“外敵”と“保護対象”は何なのだろう。私気になります!
するとハナナちゃんは、すぐに答えを出してくれた。
「ここはね。アタシの一族の避難所なのさ」
「ハナナちゃんの?」
「う、うん。そう…」
つまり、保護対象はハナナちゃんの一族で、外敵とはハナナちゃんの一族に害するもの全てって事なのかな?
それにしても避難所ですか。避難所というと、災害時に集団で泊まり込む体育館を思い起こすしますな。
「五百年くらい前、あてもなく彷徨っていたアタシの一族が、生き延びるために作ったんだってさ」
「そんな昔にですか!」
「あたし一人で使うには広すぎるけど、当時は百人くらいいたからね。当時はギリギリの生活だったらしいよ」
私は泉を見渡す。結界内はそれなりに広いが、半分かそれ以上を泉が占めている。百人もの避難民が生活するには厳しすぎやしないか?
「もっとも、今使っているのはアタシだけだけどね」
そう言いながらハナナちゃんが笑う。その笑顔はどこか寂しげだった。
え!? それって……もしかして……
この五百年の間に百人いた一族は、みんな死んでしまったのか!?
そしてハナナちゃんが、ハナナちゃんだけが独り、残されたって事なのか!!
なんてこった。この世界で独りぼっちだなんて……可哀想に……
「何でオトっつぁん、涙目なのよ?」
「だってハナナちゃん、独りぼっちなんでしょ? 一族は滅んじゃってさ…」
「は?」
「へ?」
「…………」
「…………」
「ちょっと待て〜〜〜!! 勝手にアタシの一族を滅ぼすなぁ〜〜〜〜!!!」
「いや、だって今、ここを使ってるのはハナナちゃんだけだって……」
「確かにそうだよ! そうだけど! ここを使ってないだけで滅んでないからっ! ちゃんと居場所を作ったからっ! 国を作って繁栄してるからっ!」
「えええええ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
なんだよもう! 亡国の民で最後の生き残りとか、孤独に戦う美少女戦士とか、メインヒロイン要素てんこ盛りだったのにさっ。
ただの勘違いかよ! 私の中でめっちゃ盛り上がってたのに!!!! 同情して損しちゃったよ!
気の抜けた私は、ホッと胸をなで下ろすのだった。