23-2 せいぎのめがみさま ~信徒編2~ 儀式
儀式は至ってシンプルでした。椅子に座ってディケーと向かい合い、額を重ねるだけです。
思わずロズワルドがぼやきます。
「もっとこう…何か無いの? 厳粛なムードとか、逆に女神らしくエッチな感じとか」
「うっさいな〜! どこぞの美の女神と一緒にすんなっ!」
そんな光景を、ディケーの背後に待機していたヘルメスが、微笑ましげに見つめていました。
「何でお前がいるんだよ」と、ロズワルドは不服そうですが、ヘルメスは笑顔でその疑問に答えます。
「儀式のフォローだよ。加護を与えすぎると、人の身では耐えられないからね。ボクにとって君達は、ディケーを姉さんと慕う同士みたいなものだ。こんな所で死んだり、廃人になって欲しくはないのさ」
「えええっ!? 死ぬかもしれないのかよ!」
「加減を間違えればね。何だってそうさ。薬も飲み過ぎれば毒になるし、毒も使い方によっては良薬になる可能性がある。加護もそうなんだよ。同じ過ちを姉さんには繰り返して欲しくないからね」
「それって、もしかして……」
そう言いかけてロズワルドは口を閉じます。気まずくなりそうだったからです。
もしかしてヘルメスも、自分の信徒に加護を与えすぎて、廃人にしたり、死なせてしまったことがあるのでしょうか?
「心の準備はいい?」
ディケーが問います。
「うん、いいよ」
「ああ、いつでもいいぜ」
二人は答えました。
「それじゃあ、儀式を始めるね」
最初はミカゲルに、次はロズワルドに。それぞれ10秒ほどで儀式は終了しました。あまりにもあっけなくて、二人とも実感が湧きません。
一方で、ディケーの背後にいたヘルメスは、力尽きたように横たわっていました。
「姉さん、思いが強すぎるよ〜」と、小さくつぶやきますが、子供達は気付きませんでした。
ミカゲルは自分の胸を押さえながら、不思議そうな顔をしています。
「ぽかぽかしてる。なかにおねえちゃんがいるみたい」
「うん。お姉ちゃんもぽかぽかしてる。ミカくんとロズくんを感じるよ。ロズくんはどう?」
ロズワルドは黙って胸を押さえていましたが、思いがけない言葉をつぶやきます。
「に……」
「に? にって何? 数字の2?」
「に……にんじん」
「は?」
「1本でもニンジン! 2本でもニンジン! 3本でもニンジン! 4本でもニンジン!」
「え? え? え? ロズくん、どうしちゃったの!?」
ロズワルドは両手で頭を押さえ、苦しそうにのたうち回ります。
「ぐわああああああああ!!! 流れ込んでくる!! ニンジンの魅力が! 栄養成分が! 美味しい食べ方が! やめてくれええええ!!」
ディケーが呆然と立ち尽くす中、ヘルメスがロズワルドを押さえ込み、叫びます。
「まずい! このままではロジィが発作で舌を噛み切ってしまうぞ! 布製の何かを丸めて、口にねじ込むんだ!」
「は、はい!!」
ディケーは側にあった手ぬぐいを丸めて口にねじ込みますが、ロズワルドの発作は収まる気配がありません。
「どうして、こんな事に?」
「姉さんの『偏食を止めてほしい』という願いと、ロジィのニンジンを拒絶する心。そのどちらも強すぎたせいで、ロジィの中で拒否反応が起きてしまったんですよ」
「えええええ!? じゃ、じゃあどうすればいいの?」
「ニンジンを受け入れればロジィも楽になれるのですが、それは無理そうです。となると、姉さんが寛大な心で偏食を許してあげるしかありません。言うんです! ニンジンは食べなくていいと!」
「で、でも、偏食はいけないよ。健康に良くないんだよ」
「早く! 急がないと、本当にロジィが死んでしまいますよ!!」
「わ、わかったよ! ごめんねロズくん! もうニンジンは食べなくていいよ! 食べなくていいから! だからお願い! 死なないで!!」
するとロズワルドは、ウソのように大人しくなりました。
死んでしまったのかと青ざめるディケーでしたが、呼吸はあります。どうやら気を失っているだけのようです。
少しして意識を取り戻すと、ディケーは大泣きしながらロズワルドを抱きしめました。
「ごめんね! ごめんね! ごめんね、ロズくん! もう、無理強いなんてしないから〜〜っ!!」
「いいよ。わかったよ。泣くなよね〜ちゃん。……ニンジンは食わねぇけどな」
そんな事言ってるロズワルドですが、程なくして彼は大のニンジン好きになってしまうのでした。
偏食を卒業し、健康的な肉体を手に入れたのも、あるいはディケーの加護のおかげかもしれません。