23-1 せいぎのめがみさま ~信徒編1〜 ねーちゃんの味方
ディケー達が一万メートル上空から宿屋の廊下に瞬間移動して部屋に戻ると、子供達二人が出迎えてくれました。
ディケーにはミカゲル少年が。そしてヘルメスにはロズワルド少年が。
ミカゲル少年はディケーの顔を見た瞬間、全力で駆け寄ってギュッと抱き付いてきます。
「ごめんねミカくん。心配しちゃった?」
ミカゲルは何も言わず、顔を埋めたまま頭を横に振ります。きっと涙を見られたくないのでしょう。
愛おしくて、いじらしくて、ディケーはミカの頭を撫でずにはいられませんでした。
一方でヘルメスには、ポカポカポカと、ロズワルドから怒りの鉄拳が放たれておりました。
「てめー! このっ! ねーちゃんを泣かしやがって! 近寄るんじゃねーよ! ぶっ殺すぞ!」
「イタタタ、ゴメンゴメン、悪かった、悪かったって。だから神殺しは勘弁してくれたまえっ」
昨日までのロズワルドとは違います。実行できるかはさておき、その目に宿る殺意は本物でした。
どうやら、ディケーの涙が少年を男に変えたようです。
思えば昨夜も、涙に暮れるディケーを慰めていたのは、ロズワルドでした。
本当は誰よりも泣き虫なのに、泣きたいのをグッとこらえ、無理矢理に笑顔を作って、ディケーを励ましていたのです。
「オレもミカも大丈夫さ。そりゃ、ねーちゃんと一緒に旅が出来なくなるのは寂しいよ。でも、ねーちゃんに会うまでは、ずっとミカと二人旅してたんだぜ。だから安心して里帰りしておいでよ。大丈夫! また会えるって!」
もっとも、涙の本当の意味を知らぬロズワルドの励ましは、より一層ディケーの涙を誘ってしまっていたのですが。
男の子達が落ち着いたところで、いよいよディケーは話しを切り出します。
「あのね、二人にお願いしたいことがあるの」
「分かった。任せてくれ」
ロズワルドは即答でした。ミカゲルもうなずいて、ロズワルドに同意します。
「……えっ? いや、その……、まだ何も話してないよ?」
「ねーちゃんがそいつ(ヘルメス)と出かけてる間、二人で話をして決めたんだ。この先何があっても、オレ達はねーちゃんの味方をしようって。ねーちゃんをもう泣かせないって」
「私の…味方に? そ……そんな事言われたら〜〜!!」
枯れ果てたと思っていたディケーの涙が、また溢れ出してしまいました。
「わ〜〜〜〜〜!! ねーちゃん何でまた泣くの〜〜〜〜〜(><)」
「……落ち着いた?」
「うん。ごめんね。もう大丈夫」
「じゃあ話を戻すけど……、オレ達はねーちゃんの味方をすると決めたわけよ。で、このタイミングでねーちゃんが頼み事なんて、よっぽどの事じゃん。断ったらねーちゃんガッカリするだろ? だったら断れねぇじゃん。オレ達に選択肢なんて無いんだから、安請け合いだってするさ」
ロズワルドの目は真剣そのものでした。もしかしたら、今なら言うことを聞いてくれるかもしれません。
「だったら……、ニンジンを残さず食べてほしいナ…」
「イ〜ヤ〜じゃ!!」
凄まじいまでの手の平返しでした。
「え〜! おねーちゃんガッカリだよ! 断れないんじゃなかったの?」
「それだけは絶対にイ~ヤ~じゃ!! あんなもん食うくらいなら死んだ方がましだよっ!」
ロズワルドの目は真剣そのものでした。無理強いをすれば本当に自害しそうです。
「も〜。しょうがないなぁ。偏食は良くないのに」
「絶対に食わねぇ」
「仕方がないので、話を戻します。二人とも、ちゃんを聞いてね」
弟たちは黙ってうなずきます。
「二人には、私の信徒になって欲しいの。意味、分かる?」
賢いロズワルドはすぐに理解しましたが、幼いミカゲルには難しかったようです。
「う〜ん、そうね。私達はこの一年で姉弟みたいに仲良しになったけれど、これまで以上に仲良しになれる……って事かな? 心の絆がね、これまで以上に深くなるの」
「だったらボク、おねーちゃんのしんとになる♪」
無邪気に笑うミカゲル少年に、ディケーは心が痛みます。
「でもね、私の信徒になるとね、加護が付いてしまうの」
今度は賢いロズワルドも、ミカゲルと一緒にポカ〜ンとします。
「そりゃあ……女神の信徒になるんだから、当然加護だって付くでしょ。一体何が問題なのさ」
ディケーは重い口を開きます。
「加護そのものが大問題なの……」
長い沈黙の後、ロズワルドが口を開きます。
「とりあえずミカはいいから、オレに分かるように説明してくれよ。加護の何が大問題なの?」
「加護というものは本来、信徒に益をもたらすものなんだよ」
「うん。それは知ってる」
「でも……私があげられる加護はね、誰かに益を与えるために使うものなの。信徒自身には、むしろ害をもたらすかもしれないんだよ」
ディケーが地上を放浪して、様々な人々が語る、様々な正義を見聞きしているうちに固まってきた、正義のありよう。ディケーが抱いた正義の理想。それが加護に反映された結果でした。
うつむいていたディケーに、ロズワルドが声をかけます。
「それはつまり、自分の幸せではなく、誰かの幸せのために使う力って事?」
「…うん。そうだね。そんな感じかな?」
すると少年は、太陽のように明るい笑顔を見せました。ディケーを気遣うように。
「だったら大丈夫だよ! 何の問題も無いさ!」
「えっ!? で、でも……」
「誰かに為に何かが出来るなら、名を売ることが出来るだろ? 直接的な利益が無くても、名を上げれば回り回って還ってくる。大丈夫! 上手く立ち回ってみせるさ! ねーちゃんも知ってるだろ? オレは頭が良いんだぜ!」
「にいちゃんがいうなら、きっとだいじょぶだよ! にいちゃんあたまいいもん!」
ミカゲルも、そうだそうだとうなずきます。ディケーを励まそうと一生懸命に。
「だからねーちゃん、オレを信徒にしてくれ!」
「だからねえちゃん、ぼくをしんとにして!」
ディケーは溢れる涙を必死にこらえながら、二人を抱きしめます。
「うん……、うん…、分かった。分かったよ。ロズくんもミカくんもありがとう。私の…初めての…信徒になってね」
ねーちゃんの味方。
ディケーの味方。
正義の女神の味方。
すなわち、"正義の味方"です。
この瞬間こそが、オトギワルドにおける"正義の味方"の誕生でした。