20-7 せいぎのめがみさま ~放浪編7~ 終焉の時
それから約一年、ディケーとちびっ子二人は一緒に旅をしました。悠久を生きるディケーにしてみれば、一年なんて一瞬に過ぎませんが、それは決して忘れる事のない一瞬でした。
ロズワルドはとても頭の切れる少年です。明るく、社交的で弁も立ち、教えたことは決して忘れません。機転をきかして窮地に陥ったディケーを助けたこともあります。正にバットマンにとってのロビンのような、"サイドキック"でした。でも実は、すごい泣き虫だったりするのですが、それはディケーとロズワルドだけのヒ・ミ・ツ♪って事になっています。ミカくんも知ってるんですけどね。
ミカゲルは「可愛いは正義」を体現した少年です。見た目も、言動も、何もかもが可愛くて、疲れ果てたディケーをいつでも癒してくれました。ロズワルドのように役に立てないことを嘆き悲しむのですが、それもまた可愛いくて、ディケーは何度キュン死しかけたか分かりません。一つだけ気になったのは、闇属性の能力を持ちながら隠している事です。もしかしたら親に捨てられた原因だったのかもしれません。
一方で、裏世界にも動きがありました。美少女戦士"アストライア"に莫大な懸賞金がかけられたのです。殺し屋や賞金稼ぎからも狙われるようになったディケーは、少しずつ追い詰められていきます。
そんなある日のことでした。
いつもなら、虹の女神イーリスが、新たな情報提供と世間話をしにやって来る時間でした。
ところが、そこに現れたのは美しい青年だったのです。
驚いたディケーはちびっ子二人を控えさせると、自身も傅き、挨拶します。
「ご、ご機嫌麗しゅうございます、ヘルメス様」
「堅苦しい挨拶は抜きにしましょうよ、ディケー姉さん♪」
伝令神ヘルメス。オリュンポス十二神の一柱として有名で、旅人や商人の守護神として、地上でも信仰されています。
神王ゼウスを父に、プレイアデス七姉妹の長女マイアを母に生まれましたが、それはゼウスの妻がへーラーになってからの話です。
つまり、見た目こそ年上のヘルメスですが、ディケーにとっては異母兄弟の弟となるのですね。
はっ!? なんと言うことだっ!!
我らがディケーたんは、ロリババァだったっ!?(いまさら)
「とりあえず、先に用件を済ませますね」
「あ、はい」
イーリスは女王神へーラーの伝令女神ですが、対してヘルメスは神王ゼウスの伝令神です。
つまりそれは……
「正義の女神ディケー、貴方に神王ゼウスからの命を伝えます。『一週間以内にオリュンポスへ戻るように』とのことです」
「う、承りました……」
つまりそれは、ディケーの旅の終焉を意味していました。
ディケーは恐る恐る尋ねます。
「あの…、あの…、ヘルメス…くん」
「そう呼ばれるのも久しぶりですね♪ なんでしょう、ディケー姉さん」
「これは、お父様としてではなく、神王としての命令なの?」
「はい。もちろん神王の命令は絶対ですが、それだけ切羽詰まった事態なのだと、理解してください」
「まさか、オリュンポスで何かあったのですか?」
「オリュンポスだけではありません。我々の世界そのものが侵略の危機なのです。敵の正体は宇宙の果てより飛来した未知なる神格。我々は"外なる神"と呼んでいます。場合によっては、ティタノマキア、ギガントマキアに続く、第3のマキアへと発展するかもしれません」
ただならぬ事態に、ディケーは驚愕するばかりでした。もはや、わがままを言える状況では無いのです。
しかし、一つだけ疑問がありました。
「分からないよ、ヘルメスくん。どうして切羽詰まっているのに『ただちに戻れ』ではないの? どうして一週間の猶予がもらえるの?」
「そこが我らが父の温情なのです。残された時間を、どうか大切に使ってください。それと……」
ヘルメスは、ディケーの隣で控える子ども達を見ると、側に寄って膝を付き、子供達の目線で語りかけます。
「ごめんよ男の子達。君達の大好きなお姉ちゃんは、巨大な悪と戦うためにオリュンポスに戻らないといけない。あと1週間しか地上にいられないんだ。だから……、だから……、お姉ちゃんと楽しい想い出をいっぱい作ってくれないかな。これは……、こればかりは、君達にしかできない事なんだよ。どうかな…。引き受けてくれないかな…」
それは不思議な光景でした。ヘルメスほどの力を持った神が、幼い子供に頼み事をするなんて……。しかもヘルメスは悲しそうな目で、子供達に訴えるのです。
沈黙に耐えられず、ロズワルドが応えます。
「わ、わかったよにーちゃん! オレ達でねーちゃんと一杯想い出作りするからさ! だからもう泣くなって! なっ!」
「あははは、ごめんよ男の子。何でだろう、泣き落とす気なんて無かったんだけどね…。みんなには内緒にしてくれよ♪」
子供達に神としての威厳を一切見せず、フレンドリーに接するヘルメスの様は、滑稽ですらあります。それがディケーには不気味でした。
ヘルメスはこんなキャラではないはずです。一体何を企んでいるのでしょうか?
その理由は、子供達がディケーの元から少し離れたその瞬間に判明します。
子供達に聞かせたくなかったヘルメスは、ディケーだけに聞こえるよう、つぶやくように話したのです。
「本当は、今すぐにでも帰ってきて欲しいんですよ、父上は」
「え……」
「でも、それではあまりにも可哀想でしたから……。一週間の猶予をいただきました」
「え……!」
「実は、ここに来る前、会ってきたんです。モイライに……運命の三女神に。男の子達の、その後の運命を確かめたくて」
「え……?」
「尽きるんだそうです、あの子達の天命が。あと一週間なんだそうです、残された期間は」
「え……!?」
「また来ます。限られた時間をどうか大事にしてください。ディケー姉さん」
「ま、待ってヘルメス…くん……。待ってよ………」
伝令神はそれ以上何も言わず、振り返る事もなく、飛び去っていきました。
ただディケーに、大きな絶望を残して……