20-6 せいぎのめがみさま ~放浪編6~ ディケーの大ピンチ
ディケーは困り果ててしまいました。もしかすると最大のピンチかもしれません。
きっかけは、いつもの悪人退治でした。
まるでテンプレのように悪そうな男が、気の弱そうな中年女性から、鞄をひったくって逃げ出したのです。
ひったくりは思いの外足が速く、普段のディケーでは追いつけません。そこで人気の無い路地に向かうと、美少女戦士"アストライア"に変身。背中の翼を広げ、空から追跡しました。ひったくりに神罰を喰らわせると、被害女性に鞄を届け、人気の無い路地に戻って変身を解きます。そこまではいつも通りでした。
ところが、
変身を解いたところを、ちびっ子二人に目撃されてしまったのです。
小さな町では噂が広まるのもあっという間です。みんなに正体を知られては大変ですので、ディケーは早々に町から旅立ちました。
何事も無く町外れまで来て、ディケーはホッと胸をなで下ろします。
しばらくは、この町には近づかないようにしましょう。10年か100年もすれば、ほとぼりも冷めるよね……
ところが、ところが、
「待ってくれよ〜〜女神さま〜〜〜〜〜!!」
「まって〜〜〜〜〜〜〜!!」
先程のちびっ子二人が、ディケーを追い掛けてきたのです。
ディケーは慌てて逃げ出します。しかし……
「やった〜〜〜♪ 追いついた〜〜〜♪ …ってあれ? 女神さま?」
「だいじょぶ?」
「ぜぇ、ぜぇ、ちょ、ちょっとまってね……。す、少し……休ませて……」
残念なことに、体力ではちびっ子達に敵わないディケーでした。
8歳くらいの男の子が、元気に自己紹介します。
「オレはロズワルド。生まれながらのみなしごよ! 家無しで親無しの根無し草さ! 孤児院から逃げ出して、夢と冒険の旅をしてるんだ!」
次にロズワルドは。6歳くらいの無口な男の子を紹介します。
「コイツはミカゲル。親に捨てられて森を彷徨ってたところを、オレが拾ったのさ。今じゃオレの大事な弟分よ!」
いきなり重い過去を語られてドンヨリさせられますが、二人はやけに楽しそうです。
「そう…なんだ、その…。仲良し兄弟……なんだね。それで私に何の用?」
するとロズワルド少年は、ディケーの前で突然土下座を始めます。つられてミカゲル少年も隣で土下座しました。
「オレ達を女神さまの舎弟にしてください!」
「…ください」
「え〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
舎弟ってどういう意味? 女神の舎弟になりたいって事は、信者になりたいってこと?
ディケーは動揺します。何故なら彼女は、女神の身でありながら、信者が一人もいなかったのです。
初めて信者が出来るかもしれないという嬉しい期待と、大した御利益も無くてガッカリさせるのでは?という激しい不安が、ディケーの心を激しく揺さぶっていたのでした。
いや待て! 落ち着け私!! 世間体を考えなさい! こんな年端もいかぬ子供を初めての信者にしたら、オリュンポスの神々がなんて思うか考えなさい! 絶対に笑われる! 見下される! お父様やお母様、それに姉妹に恥をかかせてしまう。だから冷静になるの!
「ごめん。舎弟とかそう言うのは無理。でも、一緒に旅をしたいって言うなら、それは構わないよ」
「ホ、ホント!?」
「ただし、一つだけ約束して欲しいの。私が女神って事、絶対に誰にも言わないって。約束できる?」
「うん! もちろんさ! 女神さまが女神さまだって事、絶対言わないって約束する! ミカも約束するよな!」
「う、うん」
「じゃあまずは、私の事を『女神さま』って呼ばないようにしてくれるかな」
「え!? ……じゃあ、女神さまの事はなんて呼べばいいのさ?」
「う〜ん、そうだねぇ。だったら『おねえちゃん』はどう?」
「おねえちゃん? おねえちゃんが良いの?」
「うん、そうだね。そう呼んでくれたら嬉しいかも」
「でもあんまり格好良くないよね。『姐さん』じゃだめ?」
「絶対駄目っ!!」
これまでのディケーの旅の同行者は、実年齢はともかく、見た目は年上の人達ばかりでした。誰もが一人旅のディケーを心配して、保護者になろうとしてくれました。
でも今回の二人は、見た目も実年齢もディケーより年下です。ずっと甘えてばかりだったディケーは、生まれて初めて甘えられる立場になったのです。それはとても新鮮で、とても心地良いものでした。
二人の保護者として共に旅をすれば、これまでお世話になった人々へ、間接的に恩返しが出来るのではないか。そんな想いがディケーを突き動かしていたのです。
ですが…… その先に、思いもよらぬ落とし穴が待っていたのです。
3人で森を歩いていた時でした。
少しずつ遅れていたミカゲルが、遂に歩みを止めてしまいます。見ると、顔を真っ赤にしながら股間を押さえていました。ずっと我慢していたようです。
「ごめん、女神のおねーちゃん。ミカがおしっこしたいんだって」
「そう。わかった。待ってるからしておいで」
「ごめん、女神のおねーちゃん。ミカの目に見えるところで待っててくれない? そうでないとミカが安心しておしっこできないんだよ」
「えっ!? どうして?」
「ミカの親がさ、おしっこしてる間にミカを置いて逃げちまったんだよ。それ以来、側にいてやらないと安心しておしっこできなくなっちまったんだ」
「それは難儀だね。分かったよ、ちょっと離れて待っているよ。大丈夫。いなくなったりしないから」
私、そんな趣味無いんですけど〜〜っ! と、ディケーは心の中で叫びつつ、二人には悟られないよう笑顔で用を足すのを待ちます。
た・め・い・き
「ごめ〜ん、女神のおねーちゃん。オレもついでにやっちゃった」
「いいよ、別に。どうせ出さなくちゃいけないんだから、まとめてやってくれた方がありがたいよ」
「ねぇねぇ、おねえちゃん」
「なんだい? ミカくん?」
「おねえちゃんも、おしっこするの?」
「え……!?」
ディケーは幼くとも乙女です。乙女であるが故に、その回答に躊躇しました。
するとそこに、ロズワルドが割って入ります。
「何言ってんだミカッ! ねーちゃんは女神さまだぞっ! 女神さまがしっこもウンコもするもんか!」
「そうなんだ〜」
真に受けたミカゲル少年は、瞳をキラキラと輝かせながらディケーを見つめます。そんなピュアな圧に耐えきれなかったディケーは……
「そ、そうなんだよ〜♪」
と、ついつい答えてしまったのです。
まさかそれが、あんなことになるなんて………
うううううっ! ぼ、ぼーこーがっ、ぼーこーがハレツしちゃうよう!!
約2時間後、ディケーは人生最大のピンチを迎えておりました。
一刻も早くお花を詰みに行きたいのに、ミカゲル少年が行かせてくれないのです。
ディケーが視界から消えようとすると、親に捨てられたトラウマが蘇り、必死にしがみついて離れなくなってしまうのです。
「大丈夫! 約束する! ちゃんと戻ってくるって約束するから! オリュンポスの神はね、口約束でも必ず守るんだよ。だからミカくん……離してくれないかなぁ?」
ロズワルド少年も引きはがそうと手伝ってくれましたが、無理でした。それほどまでにミカゲル少年の心の傷は深かったのです。
知り合って間もないというのに、家族のように慕ってくれるのは、ディケーには嬉しいことでした。余裕のある時なら、ギュッと抱き返していたでしょう。
だが、しかし! 悲劇へのカウントダウンは、もう止まりません。このままではお漏らし女神になってしまいます。女神としての尊厳が完全に失われてしまうのです。
どうする? どうしよう? どうすれば?
はっ!! そ、そうだ!!
子供はオモチャが好き! 男の子なら大きなオモチャにきっと夢中になる!! っていうか、夢中になって!! お願い!! でないと私、社会的に死んじゃう!!
「出でなさい! "審判の釣り天秤"!!」
召喚に応じ、黄金に輝く巨大な釣り天秤が現れます。これには二人のちびっ子もビックリ仰天。目を丸くしております。
「何これかっこいい!! これって何なの!!!!」
早速ロズワルドはハイテンションになっておりました。しがみついていたミカゲルの手も緩んでいます。
「これはね、悪い奴の罪を暴く特別な神器なんだよ。お母様からいただいた宝物なの」
「へぇ〜〜〜〜〜〜。すげぇ〜〜〜〜〜。さ、触ってもいい?」
「ええ、もちろん♪ お皿に乗ったっていいのよ。ほら、二人が両方のお皿に乗ればシーソー遊びが出来るでしょ♪」
「やった〜〜〜♪ ミカ、一緒に遊ぼうぜ!」
「でもぉ……」
ミカゲル少年は迷っているようです。あともう一押しでしょうか。
「ねえミカくん。このきらきら光る天秤が、おねえちゃんの大事な宝物だってことは……分かるよね?」
「うん…わかるよ…」
「おねえちゃん、ちょっと用事があって行かなくちゃいけないんだけど、その間、これをミカくんとロズくんで守っていて欲しいんだ。お願いできるかい?」
「すぐにもどる?」
「なるべく早く戻ってくるよ。約束する」
「うん……」
ようやくうなずいたミカゲル少年は、天秤皿に乗ってシーソー遊びを始めます。
ホッと胸をなで下ろしたディケーは、冷静を装いつつ、天秤で遊ぶ二人を見守りながら少しずつ離れていきます。そして突然、回れ右をしたかと思うと一目散に駆け出しました。
遠すぎると戻るのに時間がかかります。さりとて近すぎると覗かれるかもしれません。
遠すぎず近すぎず、約束と尊厳の二つを同時に守れる茂みを求め、ディケーはただただ走るのでした。
お願い!! お願いよっ!!! 間に合って〜〜〜〜〜〜っ!!!!(><)
最初書いていたシリアス話が予想以上に難しく、ちっとも上手くまとめられなかったので、そちらは断念。本来予定していたエピソードを書きました。多分、放浪編は次回で終了です。