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20-5 せいぎのめがみさま ~放浪編5~ ディケーの大変身

 森の中にたたずむ一軒家がありました。その正体は悪の巣窟、人狩りの根城です。

 人狩りは、村を襲撃しては若い娘を誘拐し、奴隷商人に売り渡すのが生業としていました。要するにクズの集まりというわけです。

 その夜、森の一軒家は酒盛りで盛り上がっておりました。幸運にもたった一度の襲撃で、10人もの生娘を捕縛できたからです。

 奴隷商人に売り渡せば、半年は遊んで暮らせるでしょう。しかも味方の犠牲が一切無い完全勝利です。祝杯をあげたくなるのも道理でした。

「おい、新米!」人狩りのボスが若造に声をかけます。

「へ、へい!」人狩りに加わったばかりの青年は、慌ててボスの元へと駆け寄りました。

「ちょいと商品の様子を見てこいや。でだ、絶望してる娘がいるだろうから、適当なことを言って希望を持たせてやれや」

「はぁ? 希望っすか?」

「奴隷商人に売り渡すまでは生きててくれねぇと困るんだよ。自殺なんぞされたら大損だからな」

 そう言ってボスは、新米に地下室の鍵を渡しました。

 それを見た歪んだ顔の先輩が、新米をからかいます。

「コラ新米、性欲有り余ってるからって、間違っても商品に手を付けるんじゃねぇぞ!! せっかくの生娘なのに商品価値が下がるからな!!」

「ギャハハハハハッ!! 顔の形が変わるまでボスにボコられた、お前が言うんじゃね〜よ!!」

 もう一人の先輩が腹を抱えて笑います。

「だから言ってんだろ〜が!! オレと同じ間違いを犯すなって事よ!! 分かったな新米!」

「へ、へい。肝に銘じます」

 新米はランタンを手にすると、壁に隠された秘密の扉を開け、地下へ続く階段を下ります。

 やがて現れる強固な扉を鍵で開けますと、そこには秘密の地下牢獄が現れました。檻は二つあり、それぞれに5人ずつ娘を入れられています。

 新米はランタンで照らし、大事はないかと娘達を一人一人確認します。怯えていたり、憔悴こそしていましたが、特に問題は無いように思えました。

 ………ああ、そうだ。希望を持たせるんだっけ。でも、何を言えば良いんだ?

「えっと……、きっと……、もうじき出られるよ。うん。きっと出られる。だからそれまで、我慢してるんだ。いいね?」

 少なくとも新米は、ウソは言ってません。奴隷商人に買われれば、この牢獄からは間違い無く出られます。その後に自由が得られるとは到底思えませんが、一瞬くらいなら、お天道様も拝めるでしょう。

 娘達の未来を思えば、新米の心も痛みます。ですが全ては今更でした。人狩りの仲間になった時、全てを覚悟したはずです。家族も家も、財産も仕事も、何もかもを失った時、悪に堕ちると決意したはずです。良心を取り戻したところで、どうにもならない。娘達を助けようにも、地下牢の出口では人狩り達が酒盛りをしています。ただちにばれ、裏切り者として処刑されるだけです。

 ほんの少し芽生えた義侠心を押さえ込み、新米は地下牢獄から出ようとします。

 その時でした。


「待ってください、お兄さん」


 牢獄の娘が、新米に声をかけてきます。

 振り返ってランタンで照らすと、檻の中には美しくも幼い少女が立っていました。どうやら声の主のようです。

「お兄さんはまだやり直せます。だからお願いです。娘達を助けてください。正義の心を取り戻してください」

 なるほど。どうやら情に訴えて新米を言いくるめ、味方に付けようと目論んでいるようです。囚われの娘に出来ることと言ったら、それくらいしかないでしょう。残念ながら、そのもくろみには乗れませんが。

 それにしても、妙な事を言う少女でした。「私達」ではなく「娘達」と言うのです。まるで他人事のように……。

 いや待て。ちょっと待て? 新米は今日の仕事を振り返ります。

 今回捕まえたのは10人の生娘で、みんな年頃でした。一人一人の顔までは一々覚えていませんが、ガキのようにちっこくて胸の育ちの悪い小娘なんて、一人もいなかったはずです。

 心がざわざわします。嫌な予感と言うやつでしょうか? 不安になった新米は娘達を数え始めます。

「え? なんでだ? 11人……いる?」

 何度数え直しても、檻には娘が11人いました。新米はまだ酒を一滴も飲んでおりません。酔ってはいないのです。得体の知れぬ事態に混乱した新米は、慌てて一階へと駆け上り、ボスに報告しました。


「はぁ? 娘が11人いる? 結構な事じゃねぇか。実入りが増えて万々歳よ」

「ですけどボス! 地下牢に入れる前に何度も数えたじゃないですか! 間違い無くちょうど10人だッたんスよ! 増えるわけが無いんっす!!」

「新米、お前酔ってるか?」

「酔ってないっスよ〜〜〜!!!」

「しょうがね〜〜な〜〜。じゃあ、オレ様が見てきてやるよ。もし本当に11人いるなら、1人はオレ達で味見したっていいだろうぉ? なあボス♪」

 歪み顔の先輩が、ニヤニヤしながら立ち上がります。

「本当に11人いるってんならな。だからちゃんと数えろ。もし10人ピッタリなのに傷物にしやがったら、今度はぶっ殺すからな」

「ヘイヘイ。分かっておりますよ〜〜」

 そう言いながら隠し扉に近づいた、ちょうどその時です。

 激しい音と共に隠し扉が外れ、歪み顔の先輩を巻き添えにしながら、反対の壁まで吹き飛んでいきました。扉が蹴破られたのです。

 埃が舞う中、むき出しになった地下への通路口に、誰かが立っています。

 それは、スカート丈の短い白いワンピースの上に、黄金の軽装鎧を装着した美少女戦士でした。髪はロングヘアのツインテールで、ヘアバンドのように鉢巻をしています。そして鎧の背中には、小さな翼がありました。

 狼狽えたボスは、幼い人影に向かって吠えます。

「き、貴様、何者だ!! 名を、名を名乗れ!!!」

「我の名はアストライア! 天に煌めく星乙女なり!」

「んなっ!? バカなっ!? 伝説の正義の女神……だとっ!?」

「そなた達の悪行、見逃す訳にはまいりません。神王ゼウスに成り代わり、神罰を下します!」

「ええい! 伝説の女神が今更蘇るものか! 構わん斬れ! 斬って捨ててしまえ〜〜〜っ!!」


 ◆


 星乙女を意味する名前アストライア。

 オトギワルドには地上でアストライアを名乗った女神が三柱おります。


 初代にしてオリジナルのアストライア。

 星空の神アストライオスと、暁の女神エーオースの娘として生まれた女神です。

 彼女は人類が誕生して間もない頃(恐らくは類人猿の頃)から地上で共に暮らし、人類を見守っていたそうです。

 ですが、プロメテウスから天界の火を与えられて以降、人類は知恵を付け、進化し、欲望に囚われ、悪行に走るようになりました。

 文明や経済を発展させると共に、止めどない欲望は争いを産み、武器の進歩は殺し合いを、戦争へと発展させていきます。

 主だった神々は地上を見限り、オリュンポスへと去って行きます。そんな中、アストライアだけは最後の最後まで地上に留まり、正義を訴え続けていました。

 しかし、どれだけ必死に訴えても、人々は聞く耳を持とうとはしません。それどころか、正義を見下しあざ笑ったのです。

 やがて限界を迎えたアストライアは、ついに……

 キレてしまいました。

 我慢に我慢を重ねてきた反動で、怒りが激しく爆発してしまい、天変地異を起こしかけたのです。

 幸いにもキレたのは一瞬で、すぐに我に返り、事なきを得たのですが、気がつけば人々の態度が一変しておりました。

 誰もがアストライアに跪き、正義を尊ぶと誓い、命乞いを始めたのです。

「力を示さなければ、人は誰も正義の言葉に耳を傾けてはくれないんだね…」

 そんな現実に打ちのめされ、人前でキレてしまったことを恥じたアストライアは、遂に地上から去ってしまうのでした。


 二代目アストライアは、ディケーの母、掟と法の女神テミスです。

 多くの神々が去った事で、地上は混沌と化しておりました。そんな地上の秩序を、掟や法によって取り戻したいと考えたのが、若かりし日のテミスです。しかし悔しいことに、女神テミスとして地上に降りたところで、テミスの名に大した影響力はありません。

 そこで傷心のアストライアにお願いして、名前を借りる事にしたのです。心が折れてしまったものの、未練の残るアストライアは、「少しでも人々が良き存在へと変わってくれるなら」と、快く承諾します。こうしてテミスは、二代目アストライアを襲名したのでした。

 アストライアの人々への影響力は凄まじいものでした。

 実は、彼女が起こしかけた天変地異は、"正義の怒り"と呼ばれ、人類DNAに刻み込むほどのトラウマを植え付けていたのです。

 そのおかげで、テミスでは無視を決めていた者も、アストライアの名で語れば、耳を傾けずにはいられませんでした。掟や法に基づく正義、掟や法による秩序回復は、徐々に浸透していき、テミスの計画は一応の成功を収めたようです。

 ただし、テミスの正義は順法精神に基づきます。法廷の正義なのです。法で裁けぬ悪や、悪法による犠牲と言った抜け穴がありました。


 そして三代目アストライアを、ディケーが襲名する事となります。

 テミスはディケーが地上に旅立つ際、神器を託しました。しかし三種の神器のうち、敢えて渡さなかった神器があります。

 "公平なる目隠し"です。

 これは情に流されたり、賄賂で目を曇らせないよう、余計なノイズを消去して、公平に裁くために使われる神器です。

 しかし公平さにこだわりすぎて目隠しをしては、法廷の正義の模倣で終わってしまいます。それでは意味がありません。

 ディケーには、地上の旅や人々との交流を通して、様々なものを見て、新たな正義の形を模索して欲しい。それが母の想いだったのです。

 ところが、想定外の事態が起きてしまいました。

 ディケーは悪人を見つけ次第、片っ端から神罰を与えていきました。身バレを臆することもなく、しかも本名を名乗った上でです。

 "チクリ女神"と呼ばれた事のトラウマが、呪いのように作用してしまったのです。

 確かに神々は人々に比べれば、強くて丈夫です。しかし、この世に神殺しの技が無いわけではありません。

「おのれディケ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」と悪が結託して、組織的に狙われれば、寝首をかかれるかもしれないのです。

 そこでテミスは閃きました。"公平なる目隠し"の能力を反転させ、ディケーの正体を周囲に隠せるようにすれば良いのではないかと。

 テミスは早速、鍛冶の神ヘパイストスに製作を依頼します。鍛冶の神はテミスの提案をたいそう気に入り、新たな神器を開発します。

 その名も"秘匿の鉢巻"。

 頭に巻くことで能力が発動し、姿が変わってディケーと認識できなくなるだけでなく、服装はパワーアシスト付きの戦闘強化服へと変わり、

 更に二つの神器、"審判の釣り天秤"と"断罪の剣"までもが戦闘特化の武具と防具へ変わるというのです。

 とどめに初代から名前の使用の許可をいただき、スーパーバトルヒロイン、三代目アストライアが爆誕したのでした。


 ◆


「くそっ! くそっ!! くそぉ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」

 気がつけば、人狩り達はボスを残して全滅していました。もはや真っ暗闇の森を逃げるしかありません。

 しかし、美少女戦士アストライアからは逃げられませんでした。どんなに逃げても先回りされるのです。

 どうする? 土下座して詫び入れりゃ見逃してもらえるか? は? オレはなに言ってんだ! あんな乳臭いガキに詫びを入れるだと?

 ガキはガキでも、"アストライア"を名乗るようなヤバイガキだぞ! 殺される! オレみたいな悪党は"正義の怒り"で殺されるに決まってる!!

「野郎、ぶっ殺してやる〜〜!!」

 べネットと化したボスは、ショートソード片手に突撃します。しかし、無謀に突撃したところで事態は何も変わらず、断罪ブレイドの一振りで沈みました。

 しかしボスは死んではいません。傷もありません。神罰を喰らい、生きたまま地獄に落とされたのです。身体を一切動かせぬまま、罪を償いきるまで、罰を受け続けるのです。はたして罪を償いきるのはいつでしょう? 一日でしょうか? 一週間でしょうか? それとも一年? 十年? 百年?

 それを知るのは三代目アストライアだけです。


 ◆


 新米が意識を取り戻すと、一軒家は地獄と化しておりました。先輩達がみんな死んでいるのです。

 ……いや、よく見てみますと、かすかに息はしていました。しかし、いくら揺り動かしても目を覚ますことはありません。みんなあの小娘に、アストライアと名乗った小娘に倒されてしまったのです。

「よかった♪ 目を覚ましたんだね、お兄ちゃん♪」

 新米は思わず「ヒェッ!?」と悲鳴を上げます。振り返ると、軽装鎧を着た可愛らしい少女が笑顔で立っていました。

「ななななななにするだっー!! おおおおオレも、ここここ殺すのかっ!?」

 新米はその場にしゃがみ込んでしまいます。どうやら腰を抜かしたようです。

「やだなぁ。アストライアは人殺しなんてしないよ♪ 罪を犯した分、生き地獄を味あわせてるだけだよ。でも、絶対死なないから安心していいよ♪」

 余計悪いわ! と突っ込みたくなりましたが、新米は恐怖で震えて上手く言葉に出来ません。

「実はね、お兄ちゃんにお願いがあるの。アストライアのお願い、聞いてくれないかな」

「な、な、な、なに?」

「地下のお姉ちゃん達を村に帰してあげたいの。でも、森は深いし、村は遠いでしょ? だからお兄ちゃんに、お姉ちゃん達をエスコートしてあげて欲しいんだよ」

「え? な、な、な、なんで? なんでオレに任せるの?」

「お兄ちゃんならまだ引き返せるよ。ここの人達と違ってまだ引き返せるの。だから、チャンスをあげることにしたの。お姉ちゃん達を無事に送り届けてくれたら、お礼に見逃してあげるよ。どうかな?」

「で、でも、君が送り届ければいいんじゃないの?」

「それは無理だよ〜♪ だって、これからこのおうちに商人さんが来るでしょ? アストライアは、一生懸命おもてなししなくちゃいけないもの」

「は、はは、おもてなしね…… なるほど……」

「どうかな、お兄ちゃん。多分これが最後のチャンスだと思うんだけど……」

「やります! やります! 是非やらせてください!!」

「やったぁ♪ ありがとう♪ アストライアすごく嬉しい♪ ………あ、あと、ひとつだけ」

「な、なんですか?」

「裏切ったら、絶対に、許さないんだからね♪」

「ハ、ハイ」


 その笑顔はとても可愛らしく、とても恐ろしいものだったに違いありません。

予定してなかったエピソードですが、うっかり閃いてしまったので書いてしまいました。

ここに来てギリシャ神話ネタを色々ぶっ込めて、苦しみつつも楽しみながら書けております。

おのれディケ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!

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