2-4 特訓!
囲炉裏の側から見る泉の景色は格別だ。幻想的で美しく、夢心地になれる。嫌な現実を忘れるには最高の場所だろう。おかげでなんとか吐き気も収まってきた。
ハナナちゃんは目下、昼食の準備中である。“掃除屋”と呼ばれる巨大アリを解体している真っ最中なわけだ。
巨大アリが作り物ではなく、本物の生物だと確証を得たくて、ハナナちゃんに頼んで解体作業を見学していたのだが……。
やはり『宇宙人解剖ビデオ』すらまともに観れないようなチキン野郎には、難易度が高すぎた。
解体時の生々しい臭いや音、それにグロテスクな内蔵を見ているうちに、たちまち気分が悪くなり、口を押さえながら退散することに。
見ていられたのは僅かな時間だったが、確信を持って言える。間違いなくあれは生物だ。少なくともゴム人形などではない。それだけ分かれば十分だろう。
ハナナちゃんの手際の良さも見事だった。
完全にプロの手口だ。相当数の巨大アリを解体してきたのだと、素人目にも分かる。
しかしその解体技術は、15~6歳の女の子が一人で完成させた独自の技術だろうか? そんなわけねーよな。
巨大アリの解体方法はすでに確立されていて、それを先人から学んだからこそ、若いハナナさんでも解体できたのだと思う。
例えば、日本のアニメ漫画文化を思い起こして欲しい。
日本独特の二次元表現は何時生まれたのだろうか? 戦後間もなくか? 違うね。
江戸時代には“浮世絵”があった。平安・鎌倉時代にまで溯れば“鳥獣戯画”がある。
それら熟成された独自文化が土台にあり、引き継がれてきたからこそ、その進化形として現在のアニメや漫画があるのだ。
ハナナちゃんの熟練の技も、何世代にも渡る先人達の知識や経験が、引き継がれて来たからこそなのだろう。
突如、関ヶ原近辺に巨大アリが発生! …という展開なら、現代日本が舞台でもあり得る話だ。
だけど、巨大アリを食べる食文化が確立しており、生活の一部として溶け込んでいるとなると、現代日本も、過去の日本もあり得ない。
改めて思う。間違いなく、ここは異世界なのだ。
で? どうするよ?
……………分からない。
なにしろ判断材料が圧倒的に足りてないからな。
例えば私の立ち位置だ。
私にしてみれば、ここは異世界であり、ハナナちゃんは異世界人だ。だけど、ハナナちゃん達この世界の住人にしてみれば、私こそが異世界人だ。
異世界人たる私は、この世界でどう扱われる? 歓迎されるか? 迷惑がられるか? 駆逐対象で殺処分…なんてのもあり得る。
異世界の概念が無いかもしれない。その場合は遠い世界から来た外国人か、頭のおかしい人として扱われるだろうな。あながち間違いではないが。
私に判断材料を提供してくれる、またとない存在。それがハナナちゃんなのだが……。どうしよう。
ハナナちゃんには助けられた恩もある。正直に正体を明かすべきだと思うけど、明かしても大丈夫だろうか。
……………
ははっ♪ これじゃまるでプロポーズに迷ってる若者だな。
「ごめんなさい」されたら何もかも壊れてしまうから、告りたいけど怖くて出来ない! …みたいな。
でもこっちの「ごめんなさい」は失恋どころか命を失いかねないんだよな。「異世界人殺すべし。慈悲は無い」って意味だから。
ハイクを読む間もなく「サヨナラ!」と爆発四散しちゃったりするかも? 怖いなぁ。
なんであれ、秘密を明かす時は腹をくくるしかないだろう。
ところでハナナちゃんの“大事な話”だが、実はまだ決着していない。「慣れるまで特訓したい」のだそうだ。
なので私の“大事な話”は後回しだ。考えをまとめる時間が出来たと思えばいい。それまでは情報収集に勤めよう。
無理して世界情勢を探る必要なんて無い。身近な生活風景からだって、得られることは沢山あるものな。
ちなみにハナナちゃんの言う特訓とは……
第一に私を“オトっつぁん”と呼び慣れることであり、
第二に私に“ハナナちゃん”と呼ばれ慣れることである。
………いや。いやいや。
私だっておかしいとは思っているよ? そんな事のために特訓が必要なのかと思ってるよ? 実際、頭の中が“?”で溢れかえったくらいだ。
だけどハナナちゃんが私を「オトっつぁん」と呼ぶとき、子供のように無邪気で無防備な笑顔になる。ハナナちゃんにとっての“オトっつぁん”が、いかに特別かが伝わって来る。
そして私が「ハナナちゃん」と呼ぶと、顔を赤らめ困った顔になる。呼ばれ慣れていないのだと一目でわかるほどに、ほっぺたが赤い。そして凄くかわいい♪
私にとっては大満足だが、ハナナちゃんにとっては都合の悪い事なのかもしれない。腹筋割れ系女子としての立場上、“オトコ女”と呼ばれ続けないと都合が悪いとか? もしかしたら異世界特有の儀式みたいなものとか? まあ知らんけど。
なんであれ、本人が強く望んでいるのだ。どんな思惑があるにせよ、尊重するべきだろう。
「オトっつぁん、おまたせ~♪ さあ、飯にしようぜ♪」
解体した巨大アリを載せた大皿を持って、ハナナちゃんが戻ってきた。長椅子にドンと置かれた大皿には、色こそ紫だが、美味しそうな肉の切り身が山のように盛られている。
吐きそうになっていた私を気遣ってくれたのだろう。原形を留めているものはほとんど無い。
唯一、足は原形を留めていたが、見た目がタラバガニの足に似ていたため、正気度が減少する心配はなかった。
「これは……どうやって食べるんですか?」
「新鮮だから生でもいけるけど、煮ても焼いても美味いんだぜ♪ せっかくだから色々試してみようか♪」
そう言うと、ハナナちゃんは調理道具を取りに駆け出した。元気だなぁ。
ハナナちゃんが戻ってくるまで、私はイメージ変換に努めることにする
目の前の肉の山はグロテスクな巨大アリの成れの果てだ。しかし昨夜食べた乾し肉は美味かった。美味いけどグロい。グロいけど美味い。グロい…。グロい…。確かにグロい…。だけど……美味い!!!
よし! ヨダレが出てきたぞ! これならいける!
すると「持ってきたぜ、オトっつぁん♪」と、ハナナちゃんは鍋と調理用の鉄板を持って戻って来た。
囲炉裏は二つ並んで設置されているので同時に使える。つまり、二つの調理法を同時に楽しめるわけだ! 最高か!
問題は山積みだけど、今はとにかく生き延びよう。そのためにも腹ごしらえだ!
更新遅れてごめんなさい。
書かなきゃならないことがいろいろありすぎて、まとめるのに手こずってしまいました。
そして答え合わせはまだ始まらないという……(><)