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20-4 せいぎのめがみさま ~放浪編4~ ディケーの大激怒(後)

「お待ちください! 王様!」

「……おやぁ? これはこれは。意外なゲストが来るじゃないか。ふふふ、面白くなってきた。いいぞいいぞ小娘。飛び入りは大歓迎だよ。して? 君は何者だね?」

 いやらしくニヤニヤ笑いながら、若き王はディケーに問います。

「私はディケーと申します。正義を愛し、正義を信じる者です。この国が正義の国だと聞き、旅をしてまいりました」

「ほう、正義の信奉者とは……。そのような娘さんがいるとは驚きだ。実に面白い。ディケー……だったかな? 君は我に何用かね? このタイミングで来たという事は、もしかして……ここにいる死刑囚の知り合いかい? 命乞いでもするのかな?」

「いいえ。違います! その方達とは会った事もありませんし、命乞いをする気もございません!」

「ふむ?」

「パン泥棒で処刑なんて、量刑が厳しすぎると思います。でも、それぞれお国の事情がありますから、外国人の私が口を挟める問題ではないと思います」

「ふむ」

「それと側近のお方は王様の暗殺を目論んだのですから、処刑されても文句は言えないと思います」

「ふ〜む」

 予想外の答えだったのか、若き王は不思議そうな顔をしながら、裏切り者の側近をポイッと投げ捨てます。側近は一言うめき声を上げると動かなくなりました。どうやら気を失ったようです。

 ディケーも予想以上に話が通じそうな人物で驚きました。もしかしたら説得に応じてくれるかもしれない。そんな希望がも芽生えていました。

「それでは何用だね? 何故こんなタイミングで現れたんだい?」

「実は昨夜もお屋敷に行きました。でも警備の方に門前払いされまして、このタイミングでしかお話しできないと思いまして」

「なるほど、確かに君のみすぼらしい古着では、門前払いも致し方ないだろうね」

 思わずディケーはふくれっ面になります。そのドレスは、古い友人が買ってくれた大切な服で、10年間大切に着ていたのです。

「あ〜、失敬失敬。今のは不適切だったね。謹んで謝罪しよう」

「い、いえ……」

「ではディケー嬢、改めて問おう。我に何用なんだい?」

 若き王の興味は、すっかりディケーに移っておりました。

「はい。では、お伺いします。この国の民には、他の国よりも10倍近い重税を課していると聞きました。その税金は、何のために使われているのですか?」

「そんな事かね。国民にも話しているのだが、村人から聞いてなかったかね?」

「正義のためだと聞きしました。本当にそうなのですか?」

「なんだ、ちゃんと聞いているじゃないか。その通りだ。追加した税は全て正義のために使っている」

「本当に……そうなんですね? 正義のために使ってるんですね?」

「ああ! もちろんだ!」

 ディケーはうつむいて考えます。確かに人が正義を貫くのは大変な事です。資金援助も必要かもしれません。

 だけど、その為に民を苦しめては本末転倒ではないでしょうか? そうまでして貫かなければならない事情とは一体……

「あの、王様、教えてくださいまし。正義のためとは、具体的にどのようなことですか? 悪と戦う正義の組織に、資金援助しているのでしょうか?」

「は? 正義の組織? 資金援助?」

 そう言ったかと思うと、若き王は腕を組んで考え込みます。予想外の反応に、ディケーは困惑しました。

 え? どゆこと? ここって悩むところだっけ?

「おお! そうか!」

 若き王は両手をポンと叩き、満面の笑顔でこう言います。

「なるほど、正義の組織か! 良いアイデアだぞディケー♪ 確かに、我の手足となる組織を作るのも悪くない! これは更なる増税が必要だのう♪」

「え? え? え? 更なる増税って………。じゃ、じゃあ、これまでの税金は一体……、何に、何に使っているのですか…」

「なんだ。ディケーは見て分からぬのか?」

「見るって……何を……?」

 途方に暮れるディケーの目に入ったのは、若き王様でした。

 その身に纏う装束は、実に煌びやかでした。

 身体のあちこちを飾る宝石の数々は、実に豪華で、成金のように下品でした。

 乗ってきた馬車は金色で、贅沢な意匠が施された特注品でした。

「『形から入る』と言うであろう? ディケーは聞いたことはないのか?」

「じゃあ……、まさか……、そんな……、そんなもののために、税金が? 人の命が?」

「失敬なことを言うでない。我は正義を貫くだけではないぞ。ゼウスの子なのだぞ。貧相な服を着て舐められては、父上にも申し訳が立たないではないか」

 貧相な服……。確かに今、ディケーは実感しておりました。目の前の男に舐められていると。

「それでは…、それでは…、王様にとって正義とは…… 正義とは何なのですか?」

「語るまでも無かろう。我はゼウスの子なのだぞ。つまりだ。我こそが正義なのだ!」

「は」

「我の行いは全て正だしく、我に仇なすものは全てが悪なのだ」

「はは…」

「我はなディケー。ゼウスの名の元に、正義の名の元に、我は何をやっても許される。そんな特別な存在なのだよ」

「あは…あははは……」

「ん? どうしたディケー? 何がおかしい?」

 その言葉に応えるように、ディケーは笑い出しました。激しく、けたたましく、狂ったように笑いました。

 そしてその笑いが潰えた途端……


「ふ・ざ・け・る・なっ!!!」


 ディケーの瞳からは、燃え上がるように怒りが溢れ出しました。

 幼い少女の身体から覇気が発せられ、村人や護衛兵は放射状に転倒します。少女の覇気に耐えられたのは、若き王だけでした。


「よくも……よくも……よくもお父様を愚弄したなっ!!! よくも我が名を汚したなっ!!! 許さない……絶対に許さない!!」

「なっ、この覇気は一体っ… 貴様、何者だっ!!」

「忘れたならもう一度言いましょう! 我が名はディケー!! 正義を司る女神です!!」

「せ、正義の女神だとっ!? こんな小汚い小娘が、女神のわけがっ!?」

「…………………………」

「あ、いや、その……」

「うん。わかった。もう、いいや」

「ひっ!?」

 狼狽えた若き王の前で、マジギレしたディケーが右手を高々とかざします。

「出でなさい! "審判の釣り天秤"!!」

 ディケーの召喚に応じて、お皿に人が座れるほどの巨大な釣り天秤が現れます。

 続いてかざしていた右手を若き王に向け、指差しながら指差しながら唱えます。

「ジャッジメント!!」

 すると釣り天秤の片方のお皿が一気に下がり、もう片方のお皿が跳ね上がりました。それと同時に若き王の身体が痺れて動けなくなります。

「出でなさい! "断罪の剣"!!」

 再び召喚すると、今度は少女の身の丈には合わない剣が現れます。剣を構える少女はへっぴり腰でしたが、身動きの取れない王にしてみれば、十分に脅威でした。

「くそぉ!! やられてなるものかっ!?」

 若き王は必死に抵抗します。本来なら抵抗なんて出来ないはずなのに、やはり彼はゼウスの子でした。

 殺意に溢れていたディケーでしたが、空からのゴロゴロという音に、ハッと我に返ります。

 空を見ると雲は更に濃くなり、今にも雷が落ちそうでした。若き王最後の悪あがきです。恐らく一度落ちれば霧散します。しかし、どこに落るかがわかりません。多くの人々は建物に避難していましたが、まだ何人か逃げ遅れた村人が残っていました。

 怖い! 怖い! 怖いけど、やるしかない。やらないと、誰かが死んじゃう!

 ディケーは自ら避雷針となるべく、"断罪の剣"を高く掲げました。

 その瞬間、一筋の光がディケーに………

 

 凄まじい音と光が目の前で炸裂し、若き王の意識は一瞬遠のきます。再び意識を取り戻すと、目の前に半裸の少女が涙目で立っていました。剣を構えていて、その姿はアマゾネスです。少女は、あちこちがはだけて柔肌がむき出しになったことよりも、焼け焦げてボロボロになったドレスを嘆いているようでした。若き王は、もはや命乞いは無駄だと悟ります。

「グスッ 自分のエゴを正当化するために、グスッ 正義を利用するなんて、許さないんだから……ねっ!」

 "断罪の剣"の切っ先は、若き王の身体にズブズブと刺さっていきました。

「ぐあああああああああああああああああ!!!!」

 激しい痛みと苦しみに、若き王は悲鳴を上げます。しかし引き抜くと、その身体に差し傷はありませんでした。

 "断罪の剣"は命を奪う剣ではなく、力を奪う剣。"審判の釣り天秤"による判決に合わせて力を奪います。

 若き王は判決により、ゼウスの子としての力は全て失い、ただの人間の王として生きていくことでしょう。

 もしかしたら暗殺されるかもしれませんが、知った事ではありません。

 若き王の敗因は、一つだけ。

 たった一つのシンプルな理由……でしたとさ。


 


「あらあらあらあら、なんて貧相な格好なのかしら。人間のフリをするにしても、それはないんじゃなくて? ディケー、貴方って本当に女神なの?」

 森をトボトボと歩く傷心のディケーに声をかけてきたのは、鮮やかな七色のドレスに身を包んだ美しい女神です。

 対するディケーは、大切なドレスが焼け焦げてボロボロになってしまったため、村でもらった古着を着ていました。

「ごきげんようイーリス様。わざわざイヤミを言いに来たのですか?」

「あらあら、ごめんなさい。もちろん違うわ。へーラー様のお使いで来たの♪」

 虹の女神イーリス。へーラーの忠実な部下の一柱で、伝令役を務めておりました。

「貴方が"若き王"を倒してくれて、へーラー様が大層お喜びなの。何かご褒美をあげたいって仰るのよ。良かったわね」

「………別に、へーラー様の為に倒したわけではありませんが」

「まあまあ、そう言わず、希望するご褒美を教えてちょうだい♪ へーラー様の権限で自由に出来るものなら何でもいいって仰ってるんだから、貰わない手はないわよ♪」

「そうは言いましても……」

 ディケーにしてみれば、へーラーは母テミスから父を奪った泥棒猫です。好きになれるわけがありません。

 ですからへーラー派の神々とは、基本的に関わり合わないことにしていたのですが……。まさかへーラー自ら伝令を寄こすとは思いもよりませんでした。一体何を企んでいるのやら。

「………そうですね。イーリス様、一つ思いつきました」

「あらあらあら、一体何かしら? 教えて教えて♪」

「情報を下さい」

「情報?」

「へーラー様と言えば、オリュンポス一の情報収集能力を誇る"へーラー機関"が有名じゃないですか」

「ええ、確かに有名よね。ゼウス様の浮気調査ばかりしているような気がするけれど、確かに有名よ。それで……ディケーはどんな情報を知りたいのかしら?」

「神でも人でもかまいません。正義を名乗るお方、語るお方がいらっしゃったら教えて欲しいんです」

「そりゃ構わないけれど、どうして?」

「そのお方の正義を見極めます」

「見極めてどうするの?」

「私もまだ未熟ですので、"本物"の正義でしたら勉強させていただきます。"共感"できる正義でしたらお友達になりたいです。でも"偽り"の正義でしたら徹底的に潰します。それが正義の女神としての責務だと思うんです」

「あら、ディケーったら怖〜〜い♪」

「それは、褒め言葉として受け止めさせていただきますね♪」

「よく分からないけれど、それが貴方にとって大切なのね。だったらへーラー様にはそのようにお伝えするわ。では、ごきげんよう♪」

 そう言い残し、イーリスは飛び去ります。

 飛び去った後には美しい虹が架かっておりました。

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