20-3 せいぎのめがみさま ~放浪編3~ ディケーの大激怒(前)
ディケーがその村に訪れたのは、小国ながらも、正義を愛する国があるという噂を聞いたからでした。
一体どんな国なんだろう。期待と不安に胸を膨らませた少女を待ち受けていたのは……
公開処刑の告知でした。
罪状はパンの窃盗。実行犯は年端もいかぬ少年。共犯として家族全員が断頭台で首切りの刑に処されるとの事です。期日は明日の正午。村人はもちろん、旅人に至るまで、全員の参観が義務づけられておりました。
悪事に対して罰は当然と考えるディケーでしたが、さすがに疑問でした。いくらなんでも量刑が重すぎます。何か理由があるのでしょうか?
例えば砂漠の民にとって、水は命にかかわる貴重品です。粗末に扱ったり、盗むような輩は、厳罰に処す必要もあるでしょう。場合によっては死刑もやむを得ずです。この村もそうなのでしょうか?
「いいや、ここは豊かな土地だからね。作物も育ってるし、牛や山羊も良い乳を出す。悪いのは重税さ」と、死んだ目をした村人は話します。
「重税? 税金が高いって事ですか?」
「ああ。何もかもが相場の十倍でね。貧乏人は何も買えないのさ。あの一家も昔は牧場を持ってたんだが、可哀想に奥さんが病気がちになっちまって、薬代を払うのに蓄えだけじゃ足りなくて、とうとう大切な牧場を売り払っちまった。子供達はいつもお腹を空かしててな、弟や妹のためにお兄ちゃんが……っとまあ、よくある話だよ」
「そ、そんな事が、まかり通っているのですか!? 何度も続いているのですか!? 何故? どうして? 一体何のための重税なんです?」
「詳しくは知らないが……なんでも、正義のためなんだってよ」
「なっ!?」
ディケーは青ざめました。
私のために重税で苦しんでいる? 私のために不幸な家族が公開処刑されるの?
そんな…… そんな……
ディケーは前回の『大失敗』でのトラウマが影響し、知らぬうちに何かやってしまったのかと激しく動揺しますが、すぐに我に返ります。
世の中には正義を愛する者は多数おります。が、女神ディケーを信仰する信者は一人もおりません。当然、村人が重税で苦しむほどの巨額なお布施なんて、もらえるはずもないのです。
一体何が起きているのでしょう? そして巨額な税金の行方は?
「あの……すみません。この国の王様ってどんな方なんですか?」
「なんでも、ゼウスの息子だって話だ」
「……は?」
「いや、だからな。天に御座しますスケベ神のゼウスが、この国のお姫様とえっちっちして生まれたのが、今の王様って話だ」
「はぁぁぁっ!?」
「お嬢ちゃんが驚くのも無理ないけどな、本当らしいんだこれが。何しろ人知を越えた力を持っていて、逆らえばすぐに殺されちまう。だからといって国から逃げ出そうものなら、ただちに捕まってやっぱり殺されちまう。オレ達は、逆らう事も逃げる事もできず、ただ震えているしかないんだよ」
そう話した村人は、死んだ目を更にどんよりとさせながら、立ち去りました。
ディケーは激しく動揺します。
お父様の子供? と言う事は、私の異母兄弟って事? そんな! そんなバカな事、あり得ない!
………いえ、あり得ちゃうのかも?
父ゼウスの三番目の妻、神々の女王へーラーは、常にゼウスの浮気を監視し、浮気相手や生まれた子供を見つけ次第、情け容赦ない罰を与える嫉妬の権化のような女神です。しかしゼウスは筋金入りの浮気者。監視を巧みにかいくぐるなど朝飯前なのでしょう。へーラーの報復は常に後手に回っていました。この国の王が監視から漏れていたとしても、何ら不思議ではありません。
………違う。違う! 違う!
この国の王が異母兄弟であろうと、どうだっていいのです。一々気にしてもしょうがない事なのですから。
ディケーにとって無視できない問題は、彼が正義の名の元に重税を課して、国民を苦しめている事なのです。
正義の女神として放置できない事態でした。
会わなければなりません。若き王に。確かめなければなりません。その真意を。
王との謁見は、思いのほか早く叶います。公開処刑を楽しもうと、わざわざ村までやって来たのです。
乗ってきた馬車は金色で、贅沢な意匠が施された特注品でした。現れた王は、美しく、逞しく、そして何より傲慢でした。その身に纏う装束は、実に煌びやかでした。身体のあちこちを飾る宝石の数々は、実に豪華で、成金のように下品でした。
そして何より、ディケーが嫌悪する腐った目をしておりました。
若き王は、王座として臨時に用意された特等席に座ると、今か今かと死刑ショーを待ち焦がれているようでした。
その頃ディケーは、死んだ目をした村人達のいる、いわゆる立ち見席の中に紛れていました。
出来るだけ穏便に、何とか内密に会えないかと骨を折ったのですが、警備が厳しくい上に、小娘と侮られ、守備隊から門前払いを喰らわされていたのです。
若き王に聞く耳を持たせるには、ディケーも正体を明かすしかありません。しかし、なるべく人前では明かしたくありませんでした。そんな迷いがディケーを躊躇させていたのです。
やがて処刑場に、家族を乗せた護送馬車がやって来ます。タイムリミットが迫っていました。
処刑方法は実におぞましいものでした。断頭台は一つだけですから、順番に処刑する事になるのですが、最初に殺されるのは一番幼い末っ子でした。年の順に殺していき、子供の後に妻を殺し、老人を殺し、一番最後に夫を殺すのです。
若き王は、大切な家族が死にゆく様を夫にじっくり見せ、絶望して心が壊れていく様を見るのが、三度の食事よりも大好きでした。
若き王に如何なる正当性があったとしても、それだけは阻止しなければなりません。
ディケーがそう思った矢先、思いがけない事が起きます。
「我が王よ、覚悟!」
側近の一人が臨時の王座に迫ったかと思うと、若き王に短刀を突き立てたのです。
突然の事に、ディケーも村人も、護衛の兵士達も呆気にとられる中、若き王は嬉しそうに笑い出します。
「ヒュドラの猛毒とはな。ふふふ、怖い怖い♪ だがな、当たらなければどうという事は無いのだよ♪」
側近の腕は若き王に掴まれ、猛毒を塗られた切っ先は、すんでの所で届いていませんでした。
「たれ込みがあったのだよ。側近の誰かが暗殺を目論んでいると。だから罠を張っていたのだが、よもや貴様が裏切り者だったとはな♪ 実に面白いじゃないか♪」
王が掴んだ腕をちょいとひねると、簡単に折れてしまいます。側近は悲鳴を上げると短刀を落としてしまいました。
若き王は側近を片腕で高々と持ち上げると、村人達に
「我が王国の民達よ!! こやつは我が王家に仕えていた側近中の側近よ。だがその正体は獅子身中の虫であった! 裏切り者は誰だろうと、我が正義が許さぬ! 今からこやつに正義の怒りを喰らわせてくれようぞ! 民よ、刮目するがよいっ!!」
先程まで晴れていたはずの空は、どんどん雲行きが怪しくなって来ました。そして遠くからゴロゴロと雷の音が聞こえてきます。ディケーは青ざめました。若き王は雷を呼んでいるのです。
雷と言えばゼウスの技です。もちろん、宇宙すら破壊すると言われるゼウスの雷には遠く及ばない劣化番ですが、若き王がゼウスの息子である有力な証拠と言えました。
そしてゼウスの雷は無関係な人を避け、特定の人物を一人だけ、ピンポイントに狙えます。正に神罰を体現した技ですが、若き王の劣化番は、雷雲を呼ぶところから始まっています。練度も足りず、精度も期待は出来ないでしょう。裏切った側近のみを狙うつもりでしょうが、このままでは村人達も巻き添えになるかもしれません。
迷いを捨てたディケーは、無我夢中で処刑場へと飛び出すのでした。
駆け足で書いていたはずなのですが、完成してみれば7500文字を越えておりました。
さすがに長すぎると思い、前後編に分けました。
後編も今日中に投降する予定です。