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20-1 せいぎのめがみさま 〜旅立ち編〜

 それは、ガングワルドに伝わる神話に似て非なる、健気な女神さまの物語。


 遠い遠い遙かな昔……

 神王ゼウスは、二番目の妻ととして法の女神テミスをめとります。

 そしてホーライ三姉妹の一柱として生まれたのが、正義の女神ディケーでした。


 正義を司る彼女は、使命に燃える真面目な子でした。物心ついた頃から人類を見守り、不正を働いた時には、ただちに父ゼウスに報告し、罰してもらっていました。

 一生懸命がんばるディケーに、ゼウスはたいそう喜びます。報告した日はご褒美に、膝に乗せて頭を撫でてくれました。それが嬉しくて、ディケーはますます張り切ります。

 そして、張り切りすぎてしまいました。

 ディケーは人類だけでなく、神々の不正にまで目を光らせ始めたのです。

 一見するとそれはディケーの暴走でした。しかし、考えてみてください。人類の不正に目を光らせながら、神々の不正に目をつぶる。それが正義と呼べるでしょうか? 否! 呼べません! 正義を司る女神として生を受けてしまった以上、ディケーの行動は必然だったのです。

 そんなディケーを、ゼウスは更に喜び褒めちぎりました。

 神々を統べる王としては、神々の不正は見逃せません。反逆の芽は早いうちに摘み取らねば世が乱れますし、神々の弱みに繋がる情報を握れば、もしもの時に交渉材料になります。張り切りすぎるディケーは、嬉しい誤算だったのです。


 そんなディケーに転機が訪れます。


 些細な不正も逐一ゼウスに報告し、買収にも応じないディケーを、オリュンポスの神々は憎々しく思っていました。ですが、ディケーはゼウスの娘です。迂闊な事をすれば、ゼウスからどんな目に遭わされるか分かったものではありません。誰もがディケーを腫れ物に触るように扱い、距離を置くようになりました。

 やがて神々はディケーの陰口を叩くようになります。本名では角が立つため、付けられた仇名は"チクリ女神"。それをディケーが聞くのは、姉妹の口からでした。

 ディケーはホーライ三姉妹ですから、他に姉妹が二人います。秩序の女神エウノミアーと、平和の女神エイレーネー。残念ながら彼女達が姉なのか、妹なのか、三つ子なのかは分かりません。そのホーライの二柱が、突然ディケーの元に怒鳴り込んできたのです。

「あんたのせいで、アタシ達まで仲間はずれなのよ! どうしてくれるのよ! このチクリ女神!」

 二柱の女神が怒りを爆発させたのは、神々から仲間はずれにされたからではありません。激しい嫉妬心でどうにかなりそうだったのです。

 姉妹は涙ながらに訴えます。

「どうしてあんただけ、お父様に愛されるの!? 私達だってお父様の膝に乗せてもらいたいの! 私達だってお父様に頭を撫でてもらいたいの! なのにどうしてあんただけっ! あんただけっ!!」

 ディケーはただ、己の責務を果たしているだけでした。ところがそのせいで、知らぬうちに姉妹を傷つけていたのです。ショックでした。

 私は何を間違えたの? 何が正解だったの? 苦悩するディケーはオリュンポスを独り彷徨います。その時、知ってしまいます。不正を働いていた神々が、ゼウスに報告した神々が、罰せられていないことを。


「どうして? どうしてなの? お父様!!」

 ディケーは王座に座る父に問います。

 罰とは? 罰するとは何でしょう? 罪を帳消しにする唯一の方法……ではないでしょうか?

 つまり罰を与えなければ、いつまでも罪を背負い続けなければなりません。罪を、ケガレを、神々は背負ったままなのです。そのままでいいはずありません。

 憤る幼い女神を、ゼウスは優しく諭します。

「そのほうが都合が良いのだ。支配するためには必要な事なのだよ。世界を維持するためにはな。さあディケーや♪ 膝に座りなさい♪ 頭を撫でてやろう♪」

「そんなの、そんなの、もういらないもん!」

 ディケーは泣きながら神殿を飛び出します。

 結局、父ゼウスは、ディケーを利用していただけでした。神々の支配を維持するため、己の保身のため、ディケーは利用されていただけでした。

 その為にディケーは姉妹を傷つけてしまいました。神々には嫌われ、友達もいません。オリュンポスにディケーの居場所はありませんでした。

 留まったところで、父に利用されるだけです。そう思ったディケーは、人間のいる下界への家出を決意します。


「ディケーや、お待ち」

 オリュンポスから離れる直前、ディケーは女性から声をかけられます。振り返ると、それはテミスお母様でした。

 しかし母は、ディケーの家出を止めるどころか「昔を思い出す」と喜び、餞別として二つの神器を託してくれます。

 一つは罪の重さを量る"審判の釣り天秤"。もう一つは有罪の者に罰を与える"断罪の剣"。それは法の女神の三種の神器のうちの二つでした。

 ディケーが旅に出る時に備えて、鍛冶の神ヘパイストスに、レプリカを造ってもらっていたのです。

「貴方は何処にいようと正義の女神です。下界に下ったところで、不正を見て見ぬ振りなんて出来ないでしょう。お父様を頼らずに正したいなら、お使いなさい。そしてディケーや。罰するだけではいけません。罪を赦すことも学ぶのですよ」


 こうしてディケーの、下界の旅が始まります。長い長い旅が……



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 というわけで今宵は、真面目で健気なぼっち女神、ディケーたんの物語を駆け足で綴っていきましょう。

 多分、三部作の予定です。

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