19-20 王国の武力組織 ~王宮戦士団38~ 悲しい記憶
やっとの思いで予定までの展開を書き上げてみれば、5千文字越えてるぅ(^^;
猿丸が雑魚敵を少しでも減らそうと奮闘し…
グスタフが"成り済まし"の判別方法を確立し…
カワミドリやおかみさんが宿屋で勝利を祈願していた頃…
ロズワルドは、旧友との思い出話に花を咲かせておりました。
いえ、決して遊んでいるわけではありません。
事件の真相に近づくため、少しでも多くの情報を引き出したい。そして、疲弊した猿丸が回復するまでの時間を稼ぎたい。
それがロズワルドの思惑でした。
…………え~っと、
はい。もちろんそれは建前です。
記録によりますと、ロズワルドは熱く、情け深く、どこまでも未練がましい男だったそうです。
計算高く、クールに生きるなんて無理でした。
必要だとしても、かつての友を利用するなんて嫌でした。
決して避けられぬと分かっていても、殺し合いなんてしたくありませんでした。
だから"その時"を、少しでも長く先延ばしたかった。故に彼は、積極的にダラダラと、花を咲かせていたのです。
ですが、オケアノスとの交流期間は僅か数日。必死に必死に引き延ばしても、思い出話だけでは長く続きませんでした。
ロズワルドはやむを得ず、次の話題を振ることにします。それは知りたくもあり、聞きたくもない、辛い話題でした。
「なあオケア…、なんでお前、刑務所なんかに入っちまったんだ?」
昔を懐かしみ、満面の笑顔でいたオケアノスに、陰りが出ます。
「……いや! 悪かった。今のは聞かなかった事にしてくれ。誰だって話したくない事の一つや二つ、あるもんな」
「うんにゃ、ロジィには聞いて欲しいド…。オラ、オラ、オラ……。人を殺してしまったんだド」
その瞬間、背後で雑魚を始末していた猿丸が、「お前は何を言っとるんじゃ」と呆れ顔になりましたが、ロズワルドは構わず話を続けます。
「それはもしかして…大切な人だったのか?」
オケアノスはうなずきます。
死相の現れた顔を悲しみで歪ませ、白く濁った瞳からは大粒の涙が溢れます。土気色の肌は正に屍体そのものでしたが、その表情は生者そのものでした。
「ふもと村のベラドナを……あの子を……、オラは、オラは、押し潰してしまったんだド」
ベラドナ? ベラドナ…。ベラドナ…。ロズワルドは15年前の記憶を探り、思い出します。
ロズワルド達が初めてふもと村に行った時、世話になった農家の娘がそんな名前でした。当時は6歳。人見知りしない元気な女の子で、手伝いを怠けて1人で森の近くまで遊びに行くと、旦那さんが嘆いていた事を思い出しました。
森に隠れ住むオケアノスとは、遅かれ早かれ、出会う運命にあったのかもしれません。
「押し潰したって……。何でそんな事になっちまったんだ?」
「わかんねぇ。わかんねぇんダ。あの時は、ベラドナを手に乗せて、ふもと村に送る途中だったんダ。だけド突然、後ろから何かがぶつかってきて、足を取られてオラ、転んじまったんダ。気がついたらベラドナは下敷きになってテ、動かなくなって…、オラ、オラ、急いでふもと村まで連れ帰ったけど…。ベラドナはもう……」
オケアノスは声を詰まらせ、むせび泣きます。その姿は巨大な赤子のようでした。
ロズワルドもかける言葉が見つかりません。それは事故だ……と言ったところで、何の慰めにもならないでしょう。
それにしても……。オケアノス程の巨体を転ばせるとは、一体何だったのか?
自然現象だったのでしょうか? それとも……何者かに事故を仕組まれた?
その後、オケアノスは討伐隊に無抵抗で投降します。誰かに罰して欲しかったのです。誰かに殺して欲しかったのです。
ですが、様々な思惑により、オケアノスは帝都へ連れて行かれました。プロパガンダに利用され、裁判という名の見せ物に"出演"させられました。そして、極刑を望んだオケアノスに待ち受けていたのは、無期懲役という更なる絶望でした。
監獄都市"ルリルリ"に収容されてからの約5年間…。オケアノスの為に用意された巨人用の檻から一度も出ず、ただただ、ベラドナの冥福を祈り続け、己の寿命が尽きるのを静かに待っていたのでした。
少なくともここまでは、ロズワルドが知っているオケアノスです。心優しき巨人です。
事故とはいえ、大切な人を殺めてしまったとなれば、生きる気力を失うのも理解出来ます。
しかし、現在のオケアノスとはまるで繋がりません。
一体何があったのでしょう? 一体何が彼を変えたのでしょう?
「ク、くく、くふふふふふ♪」
さっきまで泣いていたオケアノスが、突然笑い始めます。嬉しそうに、楽しそうに、狂気を孕みながら笑い出します。
「だけどもう、平気なんだド♪」
頬に涙の筋を残しながらも、オケアノスは満面の笑顔を見せました。
「平気ってお前……いや、立ち直れたのなら、それは……良いことだとは思うが」
「そうだド! オラはもう、立ち直ったんだド!!」
少なくとも、先ほどまでの昔を懐かしむ姿は、昔のままのオケアノスでした。
ですが今のオケアノスは、邪悪な何かに変貌してしまっているかのようです。
「お前がポジティブになったのは… ポジティブに人を殺せるようになったのは… 女王様のおかげって事か? そうなのか?」
もしかしたら、ロズワルドは泣いていたのかもしれません。しかし怪物は気にも止めず、嬉しそうに答えます。
「そうだド♪ 全ては雪ノ女王様のおかげなんだド♪」
「さっきは……さっきは思い出話に花が咲いちまって聞きそびれたが、どんなお方なんだい。雪ノ女王様ってのはよ」
「とってもキレイなお方だド。若くて、キレイで、スゴくやさしくて、オラを苦しみから解放してくれたんだド。おまけに居場所までくれたんだド」
「そうか……。そうか……。そのお方が……」
そのクソ女王が、お前を殺したんだな!!
ロズワルドの中で、激しい怒りが燃え上がっていました。ですがまだです! まだ怒りを爆発させるべき時ではありません。必死に怒りを押さえ込み、ロズワルドは話を続けます。
「そ、それでオケア、お前の居場所って……何処なんだ?」
「もちろん"リトル・ヘルヘイム"だド」
「え? あの地下迷宮がか? いや、でも……。どうやって入るんだ? その体格じゃ、通路は通れないぞ?」
ロズワルドは酒代を稼ぐため、討伐ミッションに何度も参加しています。おかげで第一階層までの構造は、マップが必要無いくらいに把握しておりました。
「くふふふふ♪ それが全然平気なんだド♪ な〜ぜだ? クイズだド♪」
「いや、クイズって……。ああ分かったよ! 答えてやるよ! ………もしかして、どこかにでかい搬入口でもあるのか?」
「ぶ〜〜〜〜〜〜〜〜〜! 違うド♪ そもそも、そんなものがあるかなんてオラ、聞いたこと無いド」
「じゃああれか、"リトル・ヘルヘイム"って昔からあるって言うから、超古代の謎文明の力で、身体を小さくできる……とか?」
「ぶ~~~~~~~~~! ぜんぜん違うド♪ いい年した大人が子供みたいな事言ってるんじゃないド♪」
「ダメだ。さっぱり分からねぇ。まいった。降参だ。シャッポを脱ぐぜ。答えを教えてくれ」
「くふふふふ♪ そもそも地下に潜る必要なんて一切無いんだド♪」
「そりゃ一体、どういう……」
「なぜなら〜〜〜♪」
「何故なら……?」
巨人は両手を広げます。
「監獄都市"ルリルリ"が、これからぜ〜〜んぶ、"リトル・ヘルヘイム"になるんだド♪」
日々の暮らしで精一杯で、これまで考えた事も無かった…… いえ、誰もが考えないようにしていた疑問がありました。
遙か昔から、瘴気とゴーストで溢れるダンジョン。生者は生きられず、亡者が支配する地下迷宮。小さな死者の国。故にその名は"リトル・ヘルヘイム"。
そこでで生まれたゴースト系モンスターは、一定数に達すると地上へと湧き出てます。それを回避するため、"ルリルリ"の冒険者ギルドで定期的に討伐ミッションが組まれ、地下の第一階層でゴーストの間引きを繰り返しておりました。
もしも……もしもです。
討伐ミッションが行われなわれず、ゴーストを放置し続ければ? ゴーストの湧き出すペースが早まって、討伐しきれなくなったら?
一体"ルリルリ"はどうなってしまうのでしょう? その答えを今、オケアが突き付けてきたのです。
「全部"リトル・ヘルヘイム"…… それはつまり、これから"ルリルリ"が、ゴーストと瘴気で溢れる街になるって事か!?」
「そうだド♪ その通りだド♪」
「もしかしてお前、ゴーストの斥候だったのか?」
「むつかしい言葉はわかんないド」
「ああスマン。……つまり、他のゴーストを出し抜いて、先に地上にやって来たのか?」
「よくわからんけんド、多分そうだド。オラ、女王様に頼まれて、真っ先に出てきたんだド」
「その女王様から……一体何を頼まれたんだ?」
「人を見かけたら"解放"してあげてって、みんなを"幸せ"にしてあげてって、"ワタシの民"にしてあげてって、そう頼まれたんだド」
ここに来て新たなキーワードです。
死ねば"解放"される。死ねば"幸せ"になれる。そして死ねば"ワタシ"の……"女王の民"になれる。つまり生者は"女王の民"ではない?
"解放"のため、"幸せ"のため、"女王の民"にするため、オケアノスは囚人達を殺した。だから躊躇せず虐殺できたのだとしたら……。
次に狙われるのは"ルリルリ"の住人で間違い無いでしょう。
「なあロジィ」と、優しげな声で巨人は話しかけてきます。
「ロジィ……生きてて辛くないカ? 苦しくないカ? 死ねば楽になれるド。すべてから"解放"されるド。女王様の側にいられて安心できるド」
それはとても魅惑的に聞こえました。かつての友となら、一緒に地獄に堕ちるのも一興。昨日までの酒に溺れたロズワルドであれば、誘いに乗っていたかもしれません。
「済まねぇ、オケアノス十三世。せっかくのお誘いなんだけどよ、オレは乗れねぇんだ」
「何でダ? 何で来てくれないんダ?」
「サフランからのご指名なんだよ。オレを名指しで呼んでるんだよ。オレの助けを待ってるんだよ。オレを信じてくれてるんだよ。ここで応えなきゃ、ヒーローじゃねぇだろ?」
「サフランて、だレ?」
「この街の宿屋の、ただの娘さ。だけど、オレにとっちゃ特別なんだ。お前にとってのベラドナと同じようにな」
「ベラ……ドナ……」
その名を聞いた途端、オケアの顔は再び悲しみで歪みます。
「ベラドナ………ベラドナ………ああああ!!! ベラドナぁぁ!!!!」
正気を取り戻したのでしょうか? 涙を見せたくなかったのか、オケアは両手で顔を隠し、そして叫びました。
「精神攻撃とは卑怯ぞっ!!」
とても………。とても違和感のある言葉でした。
言い回しはもちろんですが、巨人にしては声が甲高く、まるで女性のようでした。
ロズワルドは直感的に気付きます。
「てめぇ……オケアじゃねぇな!! オレの大切なダチを操ってる、貴様は何者だ!!」
気付かれて居直ったのか、スピーカーと化したオケアノスの口から、はっきり女性と分かる声が語りかけてきます。
「ロジィ……、ロジィ……、こちらに来るのじゃロジィ……。こちらでミカ様が待っておる…」
「んなっ、ミカ? ミカだと? ミカゲルのことかっ!!」
「そうじゃロジィ……。そなたの親友。そなたの右腕。愛しの愛しのミカゲル様ぞ……。わらわの旦那様になるお方。そなた達の新たな王となるお方ぞ……」
「お前は誰だ!? 一体誰なんだ!?」
「わらわは……雪ノ女王……」
「ウソをつくなっ!! 雪ノ女王なら女王国にいるっ!! こんな所にいるものかっ!!」
「黙れ…。黙れ! 黙れ!! 王座に居座る小娘は偽物じゃ!! わらわこそが本物の雪ノ女王ぞっ!!」
「は? え? な、何を言ってんだ?」
愛しのミカゲル様? わらわの旦那様? 新たな王? 本物の雪ノ女王?
予想を遙かに超える状況に困惑し、動揺し、ロズワルドは棒立ちになってしまいます。
「もうよい! わらわは不愉快じゃ! ミカゲル様の御親友と聞いておったから、礼を持って迎えようと思うたが、ここまで無礼とは思わなんだ。オケア……後はお主に任せるぞよ」
巨人の顔を隠していた両手は、その隙を逃さず、凄まじいスピードでロズワルドをキャッチします。
「し、しまっ……グアァ!?」
露わになった顔に、もはや人間性は残ってはいません。もはやオケアは完全に怪物でした。
かつて友だった怪物が、ニチャァと笑いながら話しかけてきます。
「ロジィ、ロジィ、いけない子だド。あのお優しい女王様をいじめるなんて、許せないド。だからちょっぴりお仕置きするド」
少しずつ、少しずつ、握力が増していき、体中の肉が、骨が、ロズワルド自身が、悲鳴を上げます。
「グアアアアアア!? やめろ! やめてくれオケア!!」
「大丈夫♪ 大丈夫だド♪ 痛いのは今だけ♪ "解放"されればすぐに楽になるド♪」
巨人は一気に力を入れます。
そこには一片の迷いもありませんでした。
次回、オケアノスとの戦いに決着予定。
君は、生き延びることが出来るのか?