表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
157/190

19-14 王国の武力組織 ~王宮戦士団33~ 勇者の帰還

 あの壁の向こうで今、誰かが巨人と戦っています。一体誰が戦っているのでしょう?

 ですが、カワミドリには確かめる術がありませんでした。

 "大自由通り"に続く道は防御扉によって固く閉ざされ、覗き窓もありません。

 直接見るには、どこかの屋上まで登るしかありませんが、裏道側に付けられた直通ハシゴは安全性が考慮されておらず、駆け登っていく冒険者を眺めるしかありません。

 得られる情報源は、戦いの行く末を固唾を飲んで見守る冒険者達の実況と、時折鳴り響く地響きのみ。

 例えが平和的ですが、観客でごった返す花火大会のようです。爆発音は響くのに、肝心の花火がちっとも見えない。そんな状況でした。


「すげぇな! また避けたぞ!」

「なんて逃げ足の速い爺さんだ」

「良くやるぜ。あんなパンチ喰らったらひとたまりもないってのによ」


 冒険者達の会話から伝わる謎の戦士像は、いずれも父・猿丸を連想させました。

 父であるなら問題はありません。勝算無き戦いなどしませんし、一見無謀だとしても考えあっての行動だからです。

 ですが……。

 カワミドリは今、例えようの無い不安に襲われていました。

 このままではいけない。

 このままでは不幸で満たされる。

 このままでは破滅に街が支配されてしまう。

 このままでは…

 このままでは……

 このままでは………っ!!

 しかし……。

 不安と焦りで一杯のカワミドリとは裏腹に、冒険者達はお気楽なものでした。


「あの爺さんが、あと何分生き残れるか、賭けようぜ♪」

「俺は、10分に500ラズリ賭ける!」

「だったらオレは20分に500賭ける!」

「じゃあ15分で800ラズリだ!」

「ヒャハハハハ♪ なんだよ! だれも勝てると思ってないのかよ! オレは30分だな!」


 聞こえて来る戯れ言に我慢できず、カワミドリは怒りにまかせて叫びました。


「貴方たちは何なのですか! 冒険者ではないのですか!? 戦士ではないのですか!? どうして誰も助けに行こうとしないのですっ! どうして必死に戦っている人を茶化すことが出来るのですっ! 貴方たちはっ!! 貴方たちはっ!!!」


 誰もが口をつぐみ、気まずい沈黙が訪れました。聞こえるのは壁の向こうから伝わる地響きのみです。

 ある者は辛そうに目を逸らし、ある者は悔しそうにうつむき、またある者は無表情のまま戦いを眺めていました。


「そりゃ、無茶振りって奴だ。冒険者に幻想を抱きすぎだぜ、お嬢さん」

 聞き覚えのある男の声が、沈黙を破ります。ロズワルドでした。二日酔いはまだ治っていないようで、頭を押さえています。

「冒険者って言えば聞こえは良いけどな、要するに何でも屋だ。何をやらせても中途半端で、何者にもなれない、はみ出し者の集まりさ。だから、人がやりたがらない仕事にありついて、細々と生きてるんだ。生きるのに精一杯で、人のことなんか構っちゃいられない。戦士の誇りなんぞ持てるわけないだろ。もっともそのおかげで、オレみたいな落伍者でも、酒に溺れていられたんだけどな。……あ〜、痛てて」

「偉そうに! 誰かと思えば酔いどれ勇者じゃねぇか!」冒険者の一人が、屋根から吐き捨てるように叫びます。

「ヘヘッ、ご静聴ありがとな〜♪」ロズワルドは笑いながら、屋根に向けて手を振りました。

「それにな、お嬢さん。素人だから分からんだろうが、デカブツ相手に人海戦術は悪手なんだよ。仮に勝利できたとしても、ハンパ無い数の犠牲者が出ちまう。10や20じゃねえぞ。下手すりゃここにいる冒険者が束になってかかっても、返り討ちに遭うかもしれねぇ」

「じゃ、じゃあ、どうするんです? このまま手をこまぬいているだけですか? 今、巨人と戦っている方を見殺しにするんですか?」

「ああ、そうだ。そうするしかないんだ。それが現実さ。だからと言って、あいつらを責めないでやってくれ。なんだかんだ言っても、気の良い奴らなんだ。頼むよ。べっぴんのお嬢さん」

 そう言い残し、ロズワルドは近くの店へと入っていきました。

「それが……現実……」

 カワミドリはやっと気付きました。冒険者達だって本当は悔しいのです。己の無力さに嘆いていたのです。カワミドリと一緒だったのです。

 でも… しかし… だけれど… 

 それが現実でも、このままで良いはずありません。そんなはずないんです。

 カワミドリの瞳からは、涙が溢れて止まりませんでした。

「大丈夫。大丈夫よ、ミドリちゃん」

 カワミドリの頭を撫でながら、おかみさんが優しく囁きます。


「ロズワルド様が、何とかしてくれるわ。だからきっと大丈夫」


 え? ロズワルド様が?

 カワミドリは、慌てて彼の入った店を確認します。よくよく見て見れば、そこは武器屋でした。それって、つまり……

 程なくして出てきたロズワルドは、身の丈と同じ長さのロングソードを担いでいました。

 その大剣は、ロズワルドのかつての相棒でした。再び"ルリルリ"に舞い戻った時、酒代に替えるために売り払ったのです。しかし、ゴースト系モンスターばかり出てくる"ルリルリ"では、欲しがる者は誰もおらず、ずっと武器屋で埃を被っていたのでした。緊急事態宣言が発令されなければ、彼の元に戻ることはなかったでしょう。

 ロズワルドはロングソードを背中に背負うと、冒険者達に向けて叫びます。

「聞いてくれ、酒飲み仲間の諸君!!! オレはこれから巨人を説得しに行ってくる!!」

 一瞬の沈黙のあと、冒険者達は騒ぎ始めます。驚く者、呆れる者、笑い出す者、反応は様々です。

「何言ってるんだ酔いどれ勇者!! 気でも狂ったか!?」

「説得って何だ! 話し合いでもする気かよ!!」

「やめとけやめとけ、無駄死にするだけだぞ!」

 おおよその意見や罵倒が出尽くしてから、ロズワルドは話を続けます。

「ああ、分かってる。無駄だって分かってるさ。だけどしょうがねーんだよ。オレが信仰してる女神さまは、色々と面倒くせぇからな。段取りを踏まないと、力を貸してくれないのさ。でだ。案の定交渉が決裂してから戦いに移行するわけだが、ここでお前らに頼みがある」

 冒険者達はざわつきながらも、ロズワルドに耳を傾けています。

「オレを全力で応援してくれ!」 

 その瞬間、全ての冒険者が一斉に「はぁ?」という顔になります

「ああ、分かるさ! 分かるよ! 『お前は何を言い出すんだ』って思ってるんだろ? だけどこれ、冗談じゃねぇんだ! みんなが真剣に応援してくれればくれるほど、俺は強くなれるんだよ! これがオレの信仰する女神さまの加護なんだ! だから頼む! 応援してくれ!」

 冒険者達は困惑しますが、真剣に頼むロズワルドに気圧されて、「お、おう」と、請け合いました。


 そしてロズワルドは、再びカワミドリの前へと歩み寄ります。

「もしかしたら、これで最後かもしれないからな。忘れないうちに言っておくぜ、お嬢さん。すまなかった!」

 そう言ってロズワルドは、カワミドリの前で頭を下げました。

「美人には酷い目に合わされてばかりでな、関わりたくなくて無礼を働いちまった。不快にさせちまって悪かったよ。あんたは身も心も美人さんさ」

「さ、最後だなんて言わないでください。必ず生きて帰ってください。そうでなくちゃ、許しませんからね!!」

 カワミドリなりの精一杯のエールでした。

「ははは、そりゃ怖い。心に留めておきますよ。それからおかみさん」

 苦笑いをしていたロズワルドが真面目な顔になる。

「な、なんだい?」

「サフランは無事です。"リトル・ヘルヘイム"にいますが、安全な場所に隠れているようです」

「ほ、本当かい!? 本当なんだね!?」

「おかみさんなら知ってるでしょ。オレの能力。聞こえるんですよ、サフランの声が。オレに助けを求める声が」

「よかった。よかった。本当に良かったよぉ」

 そう言いながら泣き崩れるおかみさんを、カワミドリは慌てて支えます。

「その為にも、猿丸の旦那には死んでもらっちゃ困るんだよ。だから、何が何でも助けてみせる。それまでは、おかみさんを頼むぜ、お嬢さん」

 そこでようやく、巨人と戦う戦士の正体が、父・猿丸だったのだと、カワミドリは確信できました。

 そして今朝までやさぐれていた男の目は、輝きを取り戻していました。

 もしかしたら……と、カワミドリは思います。

 もしかしたら、これが父の狙いだったのかもしれません。

 彼が自分を取り戻すまでの時間稼ぎ。だからこそ、父は無謀な戦いに身を投じていたのかも……と。


「どうかご無事で………いえ、違いますね。ここで貴方を応援します。一生懸命応援いたします。ですから必ず、必ずみんなで生還してくださいまし。勇者ロズワルド様」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ