19-14 王国の武力組織 ~王宮戦士団33~ 勇者の帰還
あの壁の向こうで今、誰かが巨人と戦っています。一体誰が戦っているのでしょう?
ですが、カワミドリには確かめる術がありませんでした。
"大自由通り"に続く道は防御扉によって固く閉ざされ、覗き窓もありません。
直接見るには、どこかの屋上まで登るしかありませんが、裏道側に付けられた直通ハシゴは安全性が考慮されておらず、駆け登っていく冒険者を眺めるしかありません。
得られる情報源は、戦いの行く末を固唾を飲んで見守る冒険者達の実況と、時折鳴り響く地響きのみ。
例えが平和的ですが、観客でごった返す花火大会のようです。爆発音は響くのに、肝心の花火がちっとも見えない。そんな状況でした。
「すげぇな! また避けたぞ!」
「なんて逃げ足の速い爺さんだ」
「良くやるぜ。あんなパンチ喰らったらひとたまりもないってのによ」
冒険者達の会話から伝わる謎の戦士像は、いずれも父・猿丸を連想させました。
父であるなら問題はありません。勝算無き戦いなどしませんし、一見無謀だとしても考えあっての行動だからです。
ですが……。
カワミドリは今、例えようの無い不安に襲われていました。
このままではいけない。
このままでは不幸で満たされる。
このままでは破滅に街が支配されてしまう。
このままでは…
このままでは……
このままでは………っ!!
しかし……。
不安と焦りで一杯のカワミドリとは裏腹に、冒険者達はお気楽なものでした。
「あの爺さんが、あと何分生き残れるか、賭けようぜ♪」
「俺は、10分に500ラズリ賭ける!」
「だったらオレは20分に500賭ける!」
「じゃあ15分で800ラズリだ!」
「ヒャハハハハ♪ なんだよ! だれも勝てると思ってないのかよ! オレは30分だな!」
聞こえて来る戯れ言に我慢できず、カワミドリは怒りにまかせて叫びました。
「貴方たちは何なのですか! 冒険者ではないのですか!? 戦士ではないのですか!? どうして誰も助けに行こうとしないのですっ! どうして必死に戦っている人を茶化すことが出来るのですっ! 貴方たちはっ!! 貴方たちはっ!!!」
誰もが口をつぐみ、気まずい沈黙が訪れました。聞こえるのは壁の向こうから伝わる地響きのみです。
ある者は辛そうに目を逸らし、ある者は悔しそうにうつむき、またある者は無表情のまま戦いを眺めていました。
「そりゃ、無茶振りって奴だ。冒険者に幻想を抱きすぎだぜ、お嬢さん」
聞き覚えのある男の声が、沈黙を破ります。ロズワルドでした。二日酔いはまだ治っていないようで、頭を押さえています。
「冒険者って言えば聞こえは良いけどな、要するに何でも屋だ。何をやらせても中途半端で、何者にもなれない、はみ出し者の集まりさ。だから、人がやりたがらない仕事にありついて、細々と生きてるんだ。生きるのに精一杯で、人のことなんか構っちゃいられない。戦士の誇りなんぞ持てるわけないだろ。もっともそのおかげで、オレみたいな落伍者でも、酒に溺れていられたんだけどな。……あ〜、痛てて」
「偉そうに! 誰かと思えば酔いどれ勇者じゃねぇか!」冒険者の一人が、屋根から吐き捨てるように叫びます。
「ヘヘッ、ご静聴ありがとな〜♪」ロズワルドは笑いながら、屋根に向けて手を振りました。
「それにな、お嬢さん。素人だから分からんだろうが、デカブツ相手に人海戦術は悪手なんだよ。仮に勝利できたとしても、ハンパ無い数の犠牲者が出ちまう。10や20じゃねえぞ。下手すりゃここにいる冒険者が束になってかかっても、返り討ちに遭うかもしれねぇ」
「じゃ、じゃあ、どうするんです? このまま手をこまぬいているだけですか? 今、巨人と戦っている方を見殺しにするんですか?」
「ああ、そうだ。そうするしかないんだ。それが現実さ。だからと言って、あいつらを責めないでやってくれ。なんだかんだ言っても、気の良い奴らなんだ。頼むよ。べっぴんのお嬢さん」
そう言い残し、ロズワルドは近くの店へと入っていきました。
「それが……現実……」
カワミドリはやっと気付きました。冒険者達だって本当は悔しいのです。己の無力さに嘆いていたのです。カワミドリと一緒だったのです。
でも… しかし… だけれど…
それが現実でも、このままで良いはずありません。そんなはずないんです。
カワミドリの瞳からは、涙が溢れて止まりませんでした。
「大丈夫。大丈夫よ、ミドリちゃん」
カワミドリの頭を撫でながら、おかみさんが優しく囁きます。
「ロズワルド様が、何とかしてくれるわ。だからきっと大丈夫」
え? ロズワルド様が?
カワミドリは、慌てて彼の入った店を確認します。よくよく見て見れば、そこは武器屋でした。それって、つまり……
程なくして出てきたロズワルドは、身の丈と同じ長さのロングソードを担いでいました。
その大剣は、ロズワルドのかつての相棒でした。再び"ルリルリ"に舞い戻った時、酒代に替えるために売り払ったのです。しかし、ゴースト系モンスターばかり出てくる"ルリルリ"では、欲しがる者は誰もおらず、ずっと武器屋で埃を被っていたのでした。緊急事態宣言が発令されなければ、彼の元に戻ることはなかったでしょう。
ロズワルドはロングソードを背中に背負うと、冒険者達に向けて叫びます。
「聞いてくれ、酒飲み仲間の諸君!!! オレはこれから巨人を説得しに行ってくる!!」
一瞬の沈黙のあと、冒険者達は騒ぎ始めます。驚く者、呆れる者、笑い出す者、反応は様々です。
「何言ってるんだ酔いどれ勇者!! 気でも狂ったか!?」
「説得って何だ! 話し合いでもする気かよ!!」
「やめとけやめとけ、無駄死にするだけだぞ!」
おおよその意見や罵倒が出尽くしてから、ロズワルドは話を続けます。
「ああ、分かってる。無駄だって分かってるさ。だけどしょうがねーんだよ。オレが信仰してる女神さまは、色々と面倒くせぇからな。段取りを踏まないと、力を貸してくれないのさ。でだ。案の定交渉が決裂してから戦いに移行するわけだが、ここでお前らに頼みがある」
冒険者達はざわつきながらも、ロズワルドに耳を傾けています。
「オレを全力で応援してくれ!」
その瞬間、全ての冒険者が一斉に「はぁ?」という顔になります
「ああ、分かるさ! 分かるよ! 『お前は何を言い出すんだ』って思ってるんだろ? だけどこれ、冗談じゃねぇんだ! みんなが真剣に応援してくれればくれるほど、俺は強くなれるんだよ! これがオレの信仰する女神さまの加護なんだ! だから頼む! 応援してくれ!」
冒険者達は困惑しますが、真剣に頼むロズワルドに気圧されて、「お、おう」と、請け合いました。
そしてロズワルドは、再びカワミドリの前へと歩み寄ります。
「もしかしたら、これで最後かもしれないからな。忘れないうちに言っておくぜ、お嬢さん。すまなかった!」
そう言ってロズワルドは、カワミドリの前で頭を下げました。
「美人には酷い目に合わされてばかりでな、関わりたくなくて無礼を働いちまった。不快にさせちまって悪かったよ。あんたは身も心も美人さんさ」
「さ、最後だなんて言わないでください。必ず生きて帰ってください。そうでなくちゃ、許しませんからね!!」
カワミドリなりの精一杯のエールでした。
「ははは、そりゃ怖い。心に留めておきますよ。それからおかみさん」
苦笑いをしていたロズワルドが真面目な顔になる。
「な、なんだい?」
「サフランは無事です。"リトル・ヘルヘイム"にいますが、安全な場所に隠れているようです」
「ほ、本当かい!? 本当なんだね!?」
「おかみさんなら知ってるでしょ。オレの能力。聞こえるんですよ、サフランの声が。オレに助けを求める声が」
「よかった。よかった。本当に良かったよぉ」
そう言いながら泣き崩れるおかみさんを、カワミドリは慌てて支えます。
「その為にも、猿丸の旦那には死んでもらっちゃ困るんだよ。だから、何が何でも助けてみせる。それまでは、おかみさんを頼むぜ、お嬢さん」
そこでようやく、巨人と戦う戦士の正体が、父・猿丸だったのだと、カワミドリは確信できました。
そして今朝までやさぐれていた男の目は、輝きを取り戻していました。
もしかしたら……と、カワミドリは思います。
もしかしたら、これが父の狙いだったのかもしれません。
彼が自分を取り戻すまでの時間稼ぎ。だからこそ、父は無謀な戦いに身を投じていたのかも……と。
「どうかご無事で………いえ、違いますね。ここで貴方を応援します。一生懸命応援いたします。ですから必ず、必ずみんなで生還してくださいまし。勇者ロズワルド様」