19-13 王国の武力組織 ~王宮戦士団32~ 足掻く
「まいったの。一撃で決めるつもりじゃったが、ただの挨拶になってしもうたか」
猿丸は、付け根から折れた仕込み杖を構えながら、そそり立つ闇を見上げます。
辺り一面は赤く染まり、"大自由通り"は"大地獄通り"へと姿を変えておりました。血に飢えた巨人は、逃げ遅れた囚人を次々に血祭りに上げていきます。深傷を負い、動けなくなった囚人も容赦無しです。どうやら巨人の目的は、命を奪う事そのもののようでした。
重罪を犯した囚人が何人死んだところで、猿丸の心は痛みませんが、放置していれば、いずれは防御扉を破壊し、多くの一般民が犠牲になるでしょう。
一般民の犠牲は、さすがの猿丸でも心が痛みます。しかしニンジャの磨き上げた技は、人助けに使うものではありません。全ては任務達成のためなのです。
猿丸は今一度、己の任務を問います。
第一の任務はなんじゃ? 我が娘カワミドリを護り、無事に"王国"に連れ帰る事じゃ!
第二の任務はなんじゃ? 我が娘カワミドリの使命『勇者捜し』を、力の限り支援する事じゃ!
現状、"ルリルリ"からの脱出方法は見つかっていません。『勇者捜し』も始まってすらいません。どちらの使命を果たすにしても、協力者が必要でした。
ならば、ここで"ルリルリ"の民に名を売り、貸しを作る事は、任務達成の大きな助けになるのでは? いや、なるに違いない!
そう己に言い聞かせ、猿丸は駆け出しました。巨人の背後に回り、うなじに向けて渾身の一撃を放ったのです。
背後からの奇襲は成功でした。ですが、仕込み杖の刃はうなじに深く突き刺さり、同時に付け根から折れてしまいました。無理な奇襲で猿丸は、長年連れ添ってきた相棒、仕込み杖を失いました。
しかし、巨人はものともしませんでした。刃は間違い無く、急所まで届いてるはずなのです。人間と巨人では急所の位置が違うのでしょうか? 大切なメインウェポンを失いながら、何の成果も出せなかった……。大誤算でした。
巨人は猿丸をターゲットに定めると、拳や蹴りを繰り出してきました。それらの破壊力は恐るべきものでしたが、幸いにもスピードは遅く、避けるのは簡単でした。しかし、老いた猿丸にスタミナはありません。いつまでも避け続けることはできないでしょう。
困ったことに、"大自由通り"はだだっ広い空間で、遮蔽物がありません。シノビなのに忍べず、休憩も取れません。
もちろん、逃げ出すのは簡単です。防御扉の向こうにさえ逃げ込めば、いくらでも遮蔽物はありますし、肉楯も無数にいるのですから。ですが、それをやってしまえば、猿丸の信用は失墜しますし、何より大惨事は免れません。ニンジャとしての選択が、猿丸には出来ませんでした。
囮としてこの場に踏み留まる決意をした猿丸は、恐ろしい攻撃を避けながら、巨人の討伐方法を考えます。
猿丸の懐に残された武器は、投擲可能なクナイのみ。
クナイであの巨体にダメージを与えるとすれば、刃に毒を塗るか、目つぶし攻撃に使うかでしょう。生憎、毒は持ち合わせがありません。あったとしても、あの巨体では毒が回るのに時間がかかるでしょう。
かと言って、目つぶし攻撃で視界を奪えば、巨人がパニックを起こして暴走させる危険もあります。巨人の体当たりだけでも、防御壁は簡単に壊れてしまうでしょう。結局は、足下をちくちく刺して、注意をこちらに向ける以外に使い道は無さそうです。
ならば、うなじに深く突き刺さった、仕込み杖の刃はどうでしょう?
深く突き刺さったままなので、避雷針代わりになります。そこに電撃を喰らわせれば、巨人を内部から焼き尽くせるかもしれません。しかし猿丸には、電撃魔法を使いこなす勇者や魔道士の心当たりはありませんし、空には紫色の青空が広がっていて、落雷も期待できそうにありません。
他にあるものと言えば、煙玉とグスタフから渡された聖水のみです。煙玉はまだ時間稼ぎに使えそうですが、聖水はゴースト系のモンスターにしか通用しません。
となると、いよいよ腹をくくるしか無さそうです。
可能な限り時間稼ぎをして、応援が来るなら良し。その前にスタミナが切れるようなら………
「どうやら、ここが年貢の納め時のようじゃな」
愛娘との二人旅で、猿丸は欲が出ました。
孫の顔を、カワミドリの子を見るまでは死ねない。そんな夢を抱くようになりました。
もしかしたら猿丸は、欲をかきすぎたのかもしれません。
ですが…… ですが……
「ワシの最後の夢、簡単に諦めてなるものかよ! 最後の最後まで足掻いて見せようぞ!」