19-10 王国の武力組織 ~王宮戦士団29~ 狼煙
おかみさんを追い掛けて走るカワミドリは、近づくにつれてどんどん大きくなってくる巨大城門に圧倒され、思わず立ちすくんでしまいました。
第一、第二城門と比べると、一回りか二回り小さい第三城門ですが、それでもその圧倒的威圧感では、決して引けを取りません。強固な造りは、凶悪犯を決して逃さないという強い意思の表れを感じました。
「……いけない! おかみさんは?」
見ると、途中まで巨大城門に向かっていたおかみさんでしたが、辿り着くと右へと方向転換し、巨大城門から数メートル横に行ったところで止まりました。そして城壁を叩き始めます。
おかみさんの謎めいた行動に、訝しみながら駆け寄っていくカワミドリでしたが、やがてその壁に長方形の筋が入っていることに気付きます。
それは正に、人一人が出入りできそうなドアのサイズでした。どうやら、城壁と同じ色に塗って、目立たなくしているようです。しかし、ドアノブや鍵穴といった類のものは、どこにも見あたりません。一体どうやって開けるのでしょう? 呪文でも唱えるのでしょうか?
追いついたカワミドリに、おかみさんが説明します。
「ここは看守用の出入り口なんです。私達はここから入れてもらうんですよ」
なるほど。たしかに一人で運べる程度のお供え物を運び込むために、いちいち巨大城門を開け閉めしていては非効率です。
「ここでノックして待っていれば、中の看守さんが、この覗き窓から私達をチェックして、問題無ければ通してくれるんですよ」
よくよく見ますと、人の目線あたりに長方形のくぼみがありました。きっとここが開いて、顔を見せてくれるのでしょう。
……………
「あ、あれ? おかしいねぇ。いつもならこんなに待たされは…」
待てども待てども、覗き窓は開きません。不安になったおかみさんが再びノックしますが、反応はゼロでした。
「先に行かれては困りますぞ奥方様! ん? 何かありましたかな?」
そこで猿丸が追いつきました。いつの間にか助手さんが合流していて気になりましたが、カワミドリは黙って一礼。今はそれどころではありません。
「いくらノックしても、看守さんが出てきてくれないんです」
「看守が出ない?」
猿丸は城壁や城門を見回すと、「グスタフ殿」と助手さんを呼び、耳元で何か囁きました。
何だろうと思い、カワミドリは耳を澄ましますが、よく聞こえません。
「う〜〜む、そうですなぁ!」
猿丸は大きくつぶやきながら、"大自由通り"を振り返ります。
「ご覧くだされ奥方様。今はご覧の通りのお昼時ですじゃ。受付の看守も、食事休憩ではありませぬか?」
「そう……なんでしょうか。確かに、この時間に訪れたことはありませんけれど」
「鬼の看守とて一人の人間。休息は必要ですじゃ。ささ、一旦宿屋に戻って、13時か14時頃にまた来ましょうぞ」
「え? ええ… はい…」
おかみさんは戸惑いながらも同意し、トボトボと来た道を引き返していきます。すっかり気を落としているようでした。
何とか励まさなくちゃと思った矢先、カワミドリの裾を父が引っ張ります。
背の低い父に合わせて腰を落とすと、父は耳元にこう囁きました。
「手を引っ張るでも、背中を押すでも良いから、奥方様を急いで宿屋に連れ帰ってくれ。ワシら男がやってはご主人に叱られてしまうでな」
カワミドリには猿丸の意図が分かりませんでした。確かに父が既婚女性にお触りするのは大問題ですが、そうまでしておかみさんを急かす事にどんな意味があるのでしょう?
ふと、父の先ほどの視線が気になり、カワミドリは"大自由通り"を見ます。ほのぼのとした日常が広がっていました。
その前にお父さんが見ていたのは……
カワミドリは城壁や城門を見回します。素人目には特に問題は無いように思えました。なので事情を聞こうと視線を猿丸に戻しかけ、思わず二度見します。
あれは……なに?
城壁のてっぺんから、煙が出ていました。風が無いせいで、煙は真っ直ぐ天井へと向かっています。
白煙であれば「なんだ、お昼の炊事かぁ」とつぶやいたでしょう。黒煙なら「大変、火事だわっ!」と叫んでいたかもしれません。しかしその煙は、どちらでもありませんでした。不自然に着色された赤だったのです。
カワミドリは昔、似たような煙を見たことがありました。森に逃げ延びた野薔薇ノ民が、遠い集落との連絡用に使った色つきの煙……。
それは紛れもなく狼煙でした。
一体誰に向けての狼煙なのか、そこまでは考えが至りませんでしたが、カワミドリは父が急かす理由を理解しました。赤は危険を表す色と言われています。赤い狼煙は、言わば危険信号。つまり、第二監獄で良からぬ事が起きている!?
もちろん違うかもしれません。思い過ごしかもしれません。だけど、それを確かめていては手遅れになる。だから父は急かしているのです。
カワミドリは、努めて明るい声を出しながら、おかみさんの背中を押します。
「おかみさん! 急いで戻りましょ♪ もしかしたらサフランちゃん、戻ってるかもしれませんよ♪」
「えっ? ええ、そうですね。そうかもしれませんけれど……。そんなに押さないで。転んでしまいますからっ」
とりあえず一行は最寄りの通りに、"冒険者通り"に急ぎます。たった50メートル程度の距離なのに、おかみさんを押しながらでは思うように進めず、いつまで経ってもたどり着けません。そのような錯覚を覚え始めた時でした。
背後から、鋼鉄が引き裂かれるような、凄まじい破壊音が響いたのです!!
「走れ!! 走るんじゃ!!」
猿丸が叫び声に呼応したのか、おかみさんは全速力で駆け出していました。カワミドリも慌てて後に続きます。
必死に走って"冒険者通り"に飛び込み、息を切らしながら見回すと……
周囲には冒険者と思わしき人々が、何事かと集まってきていました。
右隣を見ると、カワミドリ以上に息を切らしたおかみさんが、地べたにしゃがみ込んでいました。ですが無事なようです。よかった。
左隣を見ると、片膝を付いた助手さんが、息も切らす事もなく、冷静に"大自由通り"を見つめています。
そして最後に背後を見ると……
そこにいたはずの父は、猿丸は、消えていました。