19-9 王国の武力組織 ~王宮戦士団28~ "大自由通り"
猿丸とカワミドリは、おかみさんに案内され、第二監獄の城門へと向かっておりました。
「クネクネとごめんなさいね。真っ直ぐ進んだ方が分かりやすいんですけど、いつも使う道を進んだ方が良いと思いまして」
「全然大丈夫ですよおかみさん。サフランさんも使っている道なんでしょう? 途中でひょっこり会えるかもしれませんし、むしろこの道が正解ですよ!」
「ところで奥方様。見たところ、近道というわけでも無さそうですが、どのような基準でこの道を使うようになったのですかな?」
「お供え物は、出前用の手押し車に乗せて運んでいるんです。車自体はそんなに重くはないのですが、車輪が溝にはまってしまうと、女手ではどうにもならなくて…。その度に通りすがりの力自慢に助けを求めるのも気まずいですから、悪路は極力避け、舗装された中から近道を選んでいるんです」
やがて一行は、巨大な道へ辿り着きます。
横幅100メートル、長さ5000メートル。南北に真っ直ぐ延びる、2つの城門を繋ぐ道。天国と地獄を結ぶ、煉獄の道。
一体誰が名付けたか、その道は"大自由通り"と呼ばれておりました。
「ねえお父さん、私達が馬車から下ろされたのって、ここら辺じゃなかった?」
「そうじゃったかの? もう少し城門が大きく見えていたように思うが」
猿丸とカワミドリにしてみれば、昨日、護送馬車に乗せられて通った道でした。南を見れば、遠くに外へと続く第二城門が、北を見れば、間近に重犯罪者の監獄へと続く第三城門があります。どちらも固く閉ざされ、人の行く手を頑なに阻んでいました。
ただし、"大自由通り"が道路として機能するのは、城門が開いている時だけです。それ以外の時は、やたら巨大で細長い広場でした。
安息日である日曜日は、城門を決して開けないと取り決められているため、その巨大空間を利用して様々なイベントが執り行われていました。
中でも1月に行われる"ルリルリ雪祭り"は、"監獄都市"最大のイベントなのだそうです。
今日は平日で、(直前に鐘で知らせるものの)いつ城門が開かれるか分かりません。なので、いつでも撤去可能な移動式の出店や、大道芸人をチラチラと見かける程度でした。それでも今はお昼時。昼食を求めて行列に並んだり、憩いのひとときを過ごしていたり、奇抜なパフォーマンスに拍手喝采したりと、多数の一般人が日常を満喫しておりました。それは「紫の空なんかに屈しない」という、人々の強い意思表示だったのかもしれません。
一行が第三城門に向かって歩き出す中、猿丸は、ふとつぶやきます。
「むう? 屋根がない……のか?」
「え?」
カワミドリも見回します。この通りの建物は大小様々で、大体二階建てから五階建てなのですが、いずれも屋根がありません。代わりにあるのは城壁のような壁でした。
いえ、"大自由通り"側から見えないだけで、きっと屋根はあるのでしょう。屋根の前に城壁のような壁が付けられているだけなのです。そのおかげで"大自由通り"の建物はデザインが統一されており、広い空間のはずなのに、妙な閉塞感を覚えました。
よくよく見て見れば、"大自由通り"に続く小さな路地には、何処にも巨大な扉が開いた状態で設置してありました。
「おかみさん、あれって何のための扉なのかな?」
「区長さんがなにやらやっていたようですけど、私にはサッパリです」
「お父さんは分かる?」
「うむ、そうじゃの。開きっぱなしの扉が何故あるかと言えば、それはもしもの時に閉じる必要があるからじゃな」
「何を言ってるのかサッパリ分からないよ。ナゾナゾ?」
「ふふふ、そうじゃな。ナゾナゾかもしれぬ」
猿丸は笑ってはぐらかしました。愛娘やおかみさんを、不要に怖がらせたくなかったからです。
やたらと広く真っ直ぐで、何も無くて見晴らしの良い、狙撃向きの道。
"大自由通り"に面する全ての建物の最上階に、恐らくは人が潜むことの出来る城壁。
そしてもしもの時には閉じられる、小さな路地の大きな扉。
どう考えても、城攻めに来た軍勢を一網打尽にするためのトラップ(名称なんだっけ?(><))ですが、軍勢を相手にするには、いささか強度に問題があるようです。
なので猿丸は、これが外向きではなく、内向きのトラップではないかと考えました。
つまり、城攻めに来た軍勢ではなく、脱獄した囚人対策に違いないと。
仮に"第二監獄"で暴動が起き、第三城門が破られたとします。外に出るためには第二城門に向かわねばなりませんが、かなり距離があり、向かう途中で狙撃される危険もあります。
「ならば、無理に突破はしないで、第一監獄に身を潜ませてから、次の機会を狙えばいい」
そう考え、第一監獄の人達に危害を加えるかもしれません。
きっと、想定される危険を回避するために歴代の区長達が用意したのが、"城壁"と"扉"だったのでしょう。もしかしたら、猿丸が気付いていないだけで、他にもあるかもしれません。
一行が第三城門に辿り着くつくまで、100メートルを切りました。
猿丸は看板に"冒険者通り"と書かれた小さな通りを見かけます。武器屋、防具屋、道具屋、アイテム屋などなど、冒険者御用達のお店が並んでいるようでした。通りの前には屈強で強面の大男が2人立っていました。用心棒でしょうか?
討伐ミッションは主に"リトル・ヘルヘイム"で行われるため、利便性を追求した結果、こんな近くにお店が並んでいるのでしょう。しかし、それは同時に、第二監獄の囚人が脱走した際に占拠され、武具を奪われる危険も孕んでいます。対策はしているのでしょうが、本当に大丈夫なのでしょうか。猿丸に不安が過ぎります。
「すみません! 先に行ってます!」
突然そう言い残すと、おかみさんは第三城門に向かって駆け出しました。そこまで冷静を装っていましたが、居ても立ってもいられなくなったようです。慌ててカワミドリも付いて行きます。
しかし猿丸は躊躇しました。実は、ゴースト用の対策がまだだったのです。だから"ルリルリ"の武器屋で調達する気でいたのですが…
猿丸の持つ武器でも、ある程度のダメージは与えられますが、決定打に欠けます。やはり対策はしたい。
ですが買い物を急いだところで10分はかかりそうです。それまでの間、カワミドリにおかみさんの暴走を阻止できるとも思えません。
どうするワシ!?
準備不足のまま、"リトル・ヘルヘイム"に向かうか?
おかみとカワミドリを危険にさらしてでも、準備を整えるべきか?
どうする!? どうする!? どうする!?
「猿丸様」
突然の声に、猿丸の心臓は止まりかけました。ワシの背後を取ったじゃと!? 何者じゃ一体!?
そこにいたのは、クールなイケメン助手でした。
「ぐ、グスタフ殿、何用ですかの?」
「はい。もしやと思い、これをお持ちしました」
そう言うと、青年は老人に液体がたっぷり入った水筒を手渡します。
「"聖水"です。きっとお役に立つと思います」
「"聖水"? "聖水"と言いますと、"一神教団"で儀式に用いられる水の事でしたな。確か司祭が祝別するのだとか」
「ああ、そう言えばそうでしたね。訂正致します。これは"聖水"のまがい物。"聖水"と同等の効果を付与しておりますが、正体はただの井戸水です」
グスタフの今の訂正に何の意味があるのか、猿丸は計りかねましたが、疑念は後回しです。
「………して、この水にはどのような効果があるのです?」
「ただの井戸水ですので飲んでも害はありませんが、ゴースト系のモンスターにはそれなりの効果がございます。周囲に振りまけば嫌がって近づかなくなりますし、直接かければダメージを与えられます。刃にかけて攻撃すれば、更に斬撃の追加ダメージが与えられるようになります。是非、活用してください」
まるで猿丸の心を読んだかのような、的確なサポートでした。大人しい顔をしていますが、ただ者ではありません。
「それでは失礼いたします」
一礼して去ろうとするグスタフを、猿丸は慌てて引き留めます。
「待たれよグスタフ殿! お主、戦闘の心得は?」
「私は如何なる理由があっても、暴力に訴えることが出来ないのです。間接的な支援でしたら出来るかもしれませんが」
「いや、十分ですじゃ。もしもの時には戦いに巻き込ませぬよう、女性陣を避難させて欲しい。頼めますかの?」
「そう言うことでしたら、お任せください。命に代えましてもお二人はお守りいたします」
「助かりますじゃ。では、ついて来て下され!」
猿丸は駆け出しながら、区長に感謝します。
あの男、とんでもない助手を貸してくれたわい。グスタフ殿は恐らく"一神教団"の元聖職者。この"聖水"も彼自身が祝別したに違いない。20そこらで司祭まで上り詰めたとなると、かなりの才人のはずなのに、それを放逐するとはの…。
まあ今は、醜い権力争いをしてくれた"一神教団"に、心からの感謝をするとしようぞ。
日曜日の落雷のせいで、自宅のネットが使えなくなってしまい、3日経ちましたが、いまだ復旧せず。やむおえず、近所のネットカフェから投稿しております。まったく、いつになったら復旧するのやら。