19-8 王国の武力組織 ~王宮戦士団27~ サフランを探せ!
「あのっ… あのっ… 娘が… 娘が…」
あの元気いっぱいなおかみさんが、すっかり狼狽していました。
「落ち着いてくだされ奥方様。娘さんは一体何処に行きましたのじゃ?」
「祭壇です。"リトル・ヘルヘイム"へお供え物を届けに行って……。それっきり戻ってこないんです」
そう言うと、おかみさんは泣き崩れてしまいます。カワミドリが慌てて駆け寄り、介抱します。
「一体何故そんな所に!?」
困惑する猿丸に、女将さんに代わりカワミドリが説明します。
「祭壇に毎日お供え物を届けるのは女性の仕事で、以前はおかみさんが、今はサフランさんがお届けしているの。昨日話したでしょう?」
「おお、そうか? ……そう言えば、そんな話をしとったな」
おかみさんは涙しながら話を続けます。
「出かけたのは8時頃です。いつもなら、早くて9時には、道草するにしても11時には帰ってくるんです」
時刻はすでに12時を過ぎていました。
「主人が今、心当たりを探しに回っています。でも一ヶ所だけ、主人には行けない場所があるんです」
「……もしや、祭壇ですか」
「ええ、ええ、その通りです」
「確か、男子禁制と聞きましたぞ? それではワシらでも不味いのではありませぬか?」
「そうなのですけど、その通りなのですけど、そうじゃないんです!」
おかみさんの説明が要領を得ず、猿丸は困惑するばかりでした。
「そこからは俺が代わりに説明してやるよ」
思わぬ助け船が出ます。
頭を痛そうに押さえながらやって来たのは、ロズワルドでした。
「あそこは厳密な意味では男子禁制じゃねぇんだよ。オレ達冒険者が、討伐ミッションで何度も潜ってるからな」
「ほう、興味深いの。それではどんな由縁があるんじゃ?」
「どんなカラクリがあるのか分からねぇが、あそこの潜るとな、男のマナだけが少しずつ吸われるのさ」
マナとはRPGで言うところのMPです。魔法を使う時に消費され、保有するマナが0になると気を失います。本来はしっかり睡眠をとれば全回復します。しかし"リトル・ヘルヘイム"で気を失えば、そのままマナを吸われ続け、いずれ死を迎えることになるでしょう。それが男子禁制となった原因でした。
「だから祭壇への供え物は女の仕事なのさ。しかし困ったことに、"リトル・ヘルヘイム"からはゴースト系のモンスターが無限湧きする。女の冒険者は少ないだろ? だからオレ達男の冒険者が、討伐ミッションで食い扶持にありつけていられるのさ」
普段なら、おかみさんが一人で様子を見に行くところです。しかし"ルリルリ"は、空の色が変わるほどの異常事態です。それが原因でサフランに何かあったのならば、おかみさんの手には負える状況ではありません。だからこそ、強者のオーラを放つ猿丸に助けを求めたのでした。
「なるほど、分かりもうした。祭壇にはこの猿丸が行きましょう。しかし、祭壇以外の可能性もまだ捨てきれませぬ。留守番も入り用ですし。はてさて、どのように人員を振り分けるべきか…」
「オレも行く!」といきり立つロズワルドの額を、猿丸はちょんと指でつつきます。その拍子にロズワルドは尻餅をついてしまいました。
「な、何をしやがる!」
怒るロズワルドに猿丸は冷たく言い放ちます。
「酔っぱらいなど使い物になるか! お前は留守番じゃ! とっとと二日酔いを治せ!」
ロズワルドは悔しそうに猿丸を睨み付けますが、正論には勝てず、大人しく宿屋へと引き返します。
「三兄弟! お前達はここに来て長い。当然土地勘はあるよな?」
「ガッテンです!」「心当たりもありやす!」「地上はお任せあれ!」
そう言うと、3人は三方向に分かれて駆け出しました。
「グスタフ殿は………とりあえず留守番で」
「承知しました」
クールなイケメンは、ロズワルドに続いて食堂に引き上げます。
「奥方殿、祭壇への案内を頼んでよろしいですかの?」
「も、もちろんです。よろしくお願い致します!」
おかみさんは猿丸の力強い言葉に励まされたようで、元気を取り戻しました。
そして最後のカワミドリは……
「お父さん! 私は? 私は?」
「お前は……う〜む、何処が適所かのう? よし、決めた。お前が自分で選びなさい」
「じゃあ、私も祭壇に行きます! お父さんとおかみさんだけじゃ心配だし♪」
「そうか。分かった。じゃあ、もしもの時は、カワミドリに守ってもらうとしようかの♪」
猿丸は、心なしか嬉しそうに笑うのでした。