2-2 あり?
ぶっちゃけ、巨大アリなんて珍しくもなんともない。映画やゲームで散々使い古されたネタだからな。
古くは1954年に制作されたハリウッド映画『放射能X』に登場した。この作品は『エイリアン2』など、数々のモンスターパニックものに多大なる影響を与えた傑作らしい。残念ながら未見なので、無事帰れたら観てみたい。
最近だとマーベル映画の『アントマン』が有名だな。あれを観ると蟻が大好きになること請け合いだ。アントニ〜〜〜!!!
ゲームでは、2003年に発売されたプレイステーション2用のゲームソフト、SIMPLE2000シリーズ『THE地球防衛軍』がある。
インベーダーの先兵として現れ、群れをなして人類に襲いかかる巨大生物として登場した。私も地球防衛軍の隊員となり、様々な武器を駆使して何百何千とぶっ殺してきたものだ。シリーズ化されている。個人的には実質リメイクである『地球防衛軍3』以降をお薦めしたい。
リアルの話だとアリではないが、恐竜が繁栄する前に、体長2〜3メートルにも及ぶムカデに似た巨大節足動物がいた。名前はアースロプレウラ。ムカデは肉食だが、こいつは草食だったらしいな。
わざわざうんちくを披露して何が言いたいかっていうと…・アリなんか怖かねぇっ!!!(byベネット)
ようするにただの動揺隠しだ。
「おいおいおっちゃん。しゃがみ込んでどうしたの?」
「腰が……抜けました」
ゼンゼン隠せていないのはさておき、ひとしきり笑ったハナナさんは、衝撃の事実を思い出させてくれた。
「大丈夫大丈夫。怖くない怖くない♪ だってただの御馳走だから。オッちゃんだって昨日食べただろう?」
昨夜の謎肉の正体がこの巨大アリだった! クトゥルフ神話TRPGなら、その事実を知った所でSAN値チェックが入るところだ。
ポーカーフェイスが出来ない私は、多分引きつった顔で固まっていたのだろう。
それを気遣ってか、ハナナさんがSAN値チェックを回避する魔法の言葉をかけてくる。
「でも美味かっただろ?」
そう。美味かったのだ。朝から何も食べていなかったせいで空腹ブーストもかかっていたが、それを差し引いても美味かった。
目を閉じて昨夜の乾し肉を思い起こせば、ヨダレが出てきそうな程だ。目を開けて現物を見ると引きつってしまうが。
それでもまあ、世界にある数々のゲテモノ料理に比べればかわいいものだろうな。切り身にすれば分からなくなるし。
「こいつはね、貴重なタンパク源なのさ。この森の中に沢山いるし繁殖も早いから、いくら獲ってもヘッチャラなんだぜ。食べ放題さ♪」
「森に? こいつが? いや……でも……」
こんな巨大アリが現代日本にいるなんて聞いたことがない。戦国日本にだっていないだろう。と言うことは、ここはやはり異世界なのか?
だけど私が森を彷徨っていた時、一度も遭遇なんてしていない。森が深くて気付かなかったのだろうか。それとも、ハナナさんに騙されている?
このアリも実は映画撮影用に作られた精巧な人形だったりとか? でもラテックス製とは思えないし……
「この足も身がぎっしり詰まってて美味いんだぜ♪」
そう言いながら、ハナナさんは巨大アリの足の関節を曲げる。するとギチギチッと音がした。
それはオモチャのロボットの関節を動かした時に鳴る、カチッカチッというクリック音を彷彿とさせた。
この巨大アリ、関節を曲げる度にギチギチ鳴らしているのか? オモチャのロボットのクリック音は心地良いが、こいつの音は最悪だな。
いや、待てよ? ギチギチというこの音………
思い……出した!
不意に右手を怪我したあの時! 血の臭いに反応したかのように森がざわめいた時! これに似た音が私に迫っていた!!
もしかしてもしかすると……アレの正体が、コレだったとしたら?
そこのところ、どーなんですか! ハナナさん!!
「え? あー、なるほどね。確かにそうかも……」
「いや、一人で納得してないで教えてくださいよ!」
「ゴメンゴメン。こいつは雑食でさ、普段は葉っぱと柿の実とか食べてるんだけど、動物の死体も食べるんだよ。“掃除屋”と呼ばれる由縁ってやつだね。
だから、オッちゃんが怪我した時に、血の臭いから死の臭いを感じ取ったんじゃないかな」
つまりあの時、もし私がギチギチ音から逃げなかったら、もし私がギチギチ音に追いつかれていたら、夕食になっていたのは私だった。
そう言うことなのか……。
そう思った瞬間、背筋がゾワっとした。そして直感した。ここは異世界なのだと。
攻殻機動隊風に言うならば、“ゴーストが囁く”のだ。私は異世界に迷い込んでしまったのだと。
「ハナナさん、ちょっと真面目な話、いいですか?」
私は腰を抜かしたままで姿勢は正せなかったが、可能な限り深刻な顔で話す。
すると察してくれたのか、ハナナさんも神妙な面持ちで返事をした。
「実はアタシも、真面目な話があるんだよ」
……ん? ハナナさんも? なんだろう。「どっきり大成功〜〜♪」とかだったりするのかな?
「じゃあ、ハナナさんからどうぞ」
「あ、うん」
しかし、ハナナさんはなかなか切り出さない。他所を向いたり頭をかいたりと、落ち着かない様子だ。
「えっとさ、オッちゃんの名前って、オトジーロだよね?」
「いえ、大黒雄斗次郎です」
「オオグロウ……うん。なんか言いにくいんだ。凄く言いにくいの」
「はあ、そうですか。すみません」
「いやいや! 謝る必要なんかゼンゼン無いんだよ? 無いんだけどさ」
踏ん切りがつかないのか、ハナナさんのキレが悪い。一体何が言いたいのかな。
「だから、なんて呼べばいいか、昨日からずっと考えてたのだよです……」
何だか語尾がおかしいし、明らかにこれまでのハナナさんと違う。何か変なものでも食べたのだろうか。毒キノコとか。
「それで決めたんだけど!」
意を決したか、ハナナさんは私を見てこう言った。
「“オトっつぁん”って呼んでいいかな!」
ハナナさんの顔はリンゴのように真っ赤であった。