19-5 王国の武力組織 ~王宮戦士団24~ 忍び装束 死に装束
「お嬢、ただいまです〜」
そこに猫車を押したサブローが戻って来ました。猫車には宝箱のような形をしたトランクが乗せられています。
「サブローくん、それ、なぁに?」
「オレ達三兄弟が持ち込んだ全財産っす。老師が万一に備えてフル装備で待機しろって言うもんで、ニンジャ装束だけ持ってくるのも面倒なので、丸ごと持ってきたんです」
そういえば、カワミドリも猿丸も、持ち物検査も没収もされていません。と言うことは、下忍三兄弟も同じなのでしょう。好都合でしたので深く追求はしませんでしたが、よくよく考えてみればおかしな話です。監獄であるはずのこの街に、武器や私物を持ち込んでも良いなんて…。何か秘密があるように思えてなりませんが、答えに辿り着くには情報が足りません。
「お兄さん達はどうしたの?」
「兄貴達はロズワルドを呼びに行きました」
「それもお父さんの指示なの?」
「はい! 今はとにかく、少しでも戦力と情報を集めておきたいんだそうですよ」
「そう…」
「じゃあ俺、ささっと着替えてきますんで、老師の部屋お借りしますね」
そう言うとサブローは、トランクを抱え、宿屋の二階へと登っていきました。
サブローを見送りながら、カワミドリはふとつぶやきます。
「どうしてロズワルド様1人を呼びに行くのに、大の男が2人もいるのかしら?」
その答えはすぐに分かりました。
「あれ? お嬢、出迎えてくれたんですか? わざわざありがとうございます」
「でも、宿に入ってた方がいいですよ。何が降ってくるか分かりやしないんですから」
程なくして、イチローとジローも戻って来ました。2人の間に挟まるように、ロズワルドもいます。しかし彼は意識が無いようで、両肩は2人に抱えられ、足も引きずられている有様です。
「え!? え!? ロズワルド様どうしたの!? 一体何があったの!? っていうか、すごくお酒臭い!!」
「あ〜大丈夫ですよ、お嬢。オレ達と別れた後も飲んだくれていただけですから。この大将にとっちゃ、いつものことですよ」
「夜通し飲んで、夜明けと共にぶっ倒れて、夕方に目覚めてからまた飲む。討伐ミッションの無い時はいつもこうなんですよ」
尋常ではない溺れ方でした。このままではお酒で溺死しかねません。彼に酷く侮辱されたカワミドリでも、流石に心配になるレベルでした。
………ならばサフランの心配は、カワミドリの比ではないはずです。なのに、彼を止められない……。
かけがえのない友や仲間を失ったのですから、深い悲しみに囚われるのも分かります。ですが、もう10年です。10年も経っているのですから、乗り越えるべきです。立ち直るべきです。そうでないと、サフランが可哀想です。
だけど、どうすれば立ち直ってくれるのでしょう? それが正解だと分かっていても、そこに辿り着くまでの方法までは分かりません。カワミドリは、己の無力を嘆かずにはいられませんでした。
2人は目を覚まさないロズワルドを下ろすと、宿屋の壁を背に座らせます。
「おかみさん、悪いんだけどバケツ貸してくれない? あと、毒消し草も分けて欲しいんだけど」
「ええ。ええ。いいですよ。使ってください」
おかみさんは2人を厨房へ案内します。程なくしてイチローがバケツを、ジローが数枚の毒消し草を持って戻って来ました。
そしてイチローは躊躇無く、ロズワルドの頭からバケツ一杯の水をぶっかけます。
濡れ鼠になってようやく目を覚ましたロズワルドでしたが、まだ意識がぼやけているようでした。
「ホラ大将、毒消し草ですぜ。しっかり噛んでくださいよ」
そう言ってジローは毒消し草を、ロズワルドの口にねじ込みました。
毒消し草と言えば、あらゆる毒を無効化する万能薬として、RPGでもおなじみですね。
で、どうやらこの毒消し草、二日酔いにも効き目があるようなのです。居酒屋の定番メニューにも"毒消し草のテンプラ"がありまして、あらかじめ食べることで、酔い止め効果があるようです。試しに食べてみたところ、かなり苦かったですね。お酒が苦手な人にはお勧めしますが、私は遠慮致します。
「お帰り兄貴達〜」
二階から下りてきたサブローの姿は、『The忍び装束』と呼びたくなるくらい、あからさまにニンジャでした。
「サブロー、お前!! 先に袖を通しやがって! ずるいぞ!」
「えへへへ♪ ごめ〜ん♪」
「しょうがねぇな。じゃあ、オレ達も着替えてくるから、大将の世話は任せるぜ」
「ガッテン! 承知!」
サブローと入れ替わりで、2人の兄が二階へ登っていきます。するとサブローは、カワミドリに見せびらかしに来ました。
「どうっすかお嬢、オレの一張羅っす♪」
「あ、うん。かっこいいと思うよ」
サブローは無邪気に笑うと、次はロズワルドの側まで行って、やはり見せびらかせていました。
「どうっすか大将、オレの一張羅っす♪」
「お、おう。かっこいいじゃねーか」
コーガイガにとって忍び装束は、戦場での一張羅であると同時に死に装束でもあると、父、猿丸から聞いていました。ですがカワミドリは、猿丸の忍び装束姿を見たことがありません。
ですからサブローの本格的な忍び装束は、とても新鮮でした。同時に、不安な気持ちもかき立てます。
この漠然とした不安が、杞憂で終わりますように。
祈らずにはいられない、カワミドリでした。