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19-3 王国の武力組織 ~王宮戦士団22~ 叶えられぬ願い

 タレイア妃が、王室と全ての民を引き連れ、"深キ深キ森"へ落ち延びたあの時……。

 新生"野薔薇ノ王国"が歴史の表舞台から姿を消してから、約50年が経過していました。

 森での生活は、"野薔薇ノ民"に安全や安心を提供しましたが、同時に不便や不自由を課する事になりました。限られた衣食住と、圧倒的男不足。それでも民は耐えました。苦楽を共にし、力を合わせました。全てはみんなで生き残るために……。

 しかし、それから半世紀が経過し、引きこもり王国は節々にきしみが生じておりました。

 限界が迫っているのは誰の目にも明らかでした。


 まず衣服ですが、森の中では布の材料が手に入れにくく、新たに仕立てるのは困難でした。そこで古着を仕立て直し、継ぎ当てをして、すり切れるまで大切に着ました。それでも足りなくなったため、儀式用、公用のドレスはギリギリまで残す事にしましたが、普段着の布面積は徹底的に見直すこととなります。

 最初に犠牲となったのはロングスカートでした。時が経つにつれ、スカート丈はどんどん短くなっていきます。半世紀たった今ではそれでも足りず、ビキニのようなツーピースや、胸を長い髪で隠したトップレスが普段着の主流となっておりました。もはや原始人……というより、アマゾネスですね。とは言っても、戦士としての凶暴なアマゾネスではなく、紳士が妄想するエッチなアマゾネスですが。


 次に食物ですが、贅沢さえ言わなければ、森で手に入る動植物でも何とかなりました。しかし生態系を乱せば手痛いしっぺ返しが帰ってくるため、乱獲にならないよう狩りは最小限に留められました。故に"野薔薇ノ民"は常にお腹を空かしておりました。

 唯一安定的に狩ることが出来たのが、森の"掃除屋"たる巨大アリでした。"野薔薇ノ王国"でアリ料理が確立し、郷土料理にまで発展したのは、50年もの苦労があったためなのです。


 慢性的な男不足を除けば、最も悩まされたのは住居の問題です。…いえ、住まいにかかわらず土地全般の全てが問題でした。民が快適に暮らすには、利用できる土地があまりにも少なすぎたのです。

 一番の理想は森を出て、街や畑や牧畜のできる平野に居を構える事ですが、人狩りに民が狙われており、防衛力の無い王国には選べない選択でした。

 次の選択肢は森の開墾ですが、2つの問題が発生するため断念しました。1つ目の問題は人狩りに見つけられやすくなる事です。森に隠れ住む意味が無くなってしまうのです。2つ目の問題は"森の主"の存在です。開拓とはすなわち森の破壊です。多少のことであれば見逃してくれますが、やり過ぎれば怒りを買い、皆殺しにされるでしょう。

 そこで第三の選択として、森の中に小さな集落を多数作り(その数は百とも二百とも言われていますが、正確な数は不明です)、家族単位で住まわせる事にしました。家族単位と言いましても、"王国"は一夫多妻制ですから、かなりの人数になります。

 それらも50年が経過し、人が多すぎるという意味での"限界集落"へと変貌しておりました。民は個室など持てるはずも無く、難民キャンプのような生活を余儀なくされていたようです。


 そんな中でカワミドリは生まれ、育ちました。



 60代半ばの猿丸は、すでに隠居が迫っておりましたが、仲間内から泣き付かれ、病気がちな娘を最後の妻として迎えます。

 そして生まれたのが末娘のカワミドリでした。

 しかし最後の妻は産後の肥立ちが悪く、カワミドリが物心付く前に冥府へと旅立ちます。

 家族はカワミドリを憐れに思い、せめて寂しい思いはさせまいと、みんなで育てることとにしました。

 多くの義母が、多数の腹違いの姉達が、少数の腹違いの兄達が、カワミドリを可愛がりました。唯一無二の父親である猿丸は、多忙故に集落に留まる事は出来ませんでしたが、それでも我が家に帰る度に気にかけていました。

 貧しくも賑やかな大家族の中で、カワミドリは健やかに成長していきます。幸せな幼少期でした。

 心境に変化が訪れたのは12歳。思春期を迎えて間もなくの頃でした。

 カワミドリは気付いてしまいます。

 自分には、自分だけのものが、何も無いのだと。


 幼少期は裸同然で暮らしていたカワミドリですが、その身体の一部を隠すだけの布きれすらも、"王国"の共有財産でした。想い出の品として手元に残す事など許されません。

 食事をお腹いっぱい食べられるのは、年に一度の建国記念日くらいでした。いつも空腹でした。幼い頃、森で見つけた木莓の実を1人でコッソリ食べた事があります。でもその夜は、お腹を空かした姉達を見ているうちに罪悪感に苛まれ、寝込んでしまいました。

 住まいは小さく、子供部屋など存在せず、屋内はいつも姉達がすし詰め状態です。眠る時はいつも息苦しく、外で眠れる兄達が羨ましくてしょうがありませんでした。

 だけど全ては仕方ない事。森に隠れて生きていかねばならぬ以上、耐えるしかありません。苦労しているのはみんなだって同じなのですから。みんなだって同じ。みんな同じ。みんな……同じ……?

 カワミドリは気付いてしまいます。

 姉達には1人1人いるのに、自分には、自分にだけは、自分だけのお母さんがいないのだと。


 物心付く前に亡くなったため、カワミドリには母の想い出がありません。

 あらゆるものが不足しているため、形見の品もありません。

 そして海の女神を祖先に持つが故に、伝統的に水葬を続けているため、お墓すらもありません。

 カワミドリの手元には、母が実在したという証拠が何も無いのです。父や義母達が思い出話をしてくれても、自分の母として結びつける事がどうしても出来ませんでした。


 アイデンティティーと言うのでしょうか?

 それ以降のカワミドリは、自分だけの"何か"を渇望するようになります。しかし、それは決して叶わぬ望みでした。"野薔薇ノ民"として生まれた以上、あらゆるものを共有しなければ、生き残ることは出来ないのですから。

 衣装、食物、住居。そして何より、旦那様を共有せねば、種族として生き残れないのですから……。


 カワミドリはある時、姉の1人から、ある種の思考実験のような問いかけをされました。

「何でも一つ願いが叶うなら、どんな願いをする?」

 願いなんてしても無駄。どうせ何も叶わない。どうせ叶わぬ願いなら、無茶苦茶な願いでも同じこと。だったら、決して叶わぬ思いを願おう。

 姉の問いに、カワミドリはこう答えたそうです。


「私だけを愛してくれる、私だけの旦那様が欲しいっ!」




 幼き頃、決して叶わぬ願いだと思っていた「私だけの旦那様」。

 一年もの旅を通して、それが叶わぬ夢ではないと知ります。

 思いのほか身近な願いである事に気付きます。

 勇気を出して一歩踏み出せば、望み通りに叶う夢なのだと確信します。

 そう! "野薔薇ノ王国"を見捨てさえすれば!!


 カワミドリは大きなため息をつくと、残ったパンを食べ、スープを飲み干します。

 ええ! ええ! そんな事が出来るなら、とっくの昔にやっていましたとも! そんな事が出来るならね!!

 ですけど、あんなに優しくて愛おしい家族を見捨てるなんて、無理なんです! 叶えられても、叶えちゃいけない願いなんですよっ!


 雑念を振り払ったカワミドリは、カウンター席から立ち上がり、忍び達の会話に混じろうと振り返ります。

 食堂スペースの隅っこには、誰もいませんでした。

 宿屋の受付前を見ますが、そこで掃除をしていた旦那さんもいません。

「あの、ごちそうさまでした〜〜。朝ごはん、美味しかったです〜」

 厨房の奧に声をかけますが、女将さんの反応もありませんでした。

 みんな、何処へ行ってしまったのでしょうか?

 不安に駆られたカワミドリは、宿の受付から外へと出ます。すると玄関側に猿丸と宿屋の旦那が立っていました。

 ホッと胸をなで下ろし、カワミドリは側へと歩み寄ります。

「ねえ、お父さん…」

 しかし返事はありません。猿丸と宿屋の旦那は、黙って空を見つめるばかりです。

 何事だろうと、カワミドリも空を見ます。

 空は快晴で、先ほどまでは眩しいほどの青空でした。しかし今、"ルリルリ"の空は……



 それは明らかに不自然な、紫色でした。

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