19-1 王国の武力組織 ~王宮戦士団20~ 最後の日常1
誰ともしれぬ貴方へ
お待たせ致しました。もはや前置きは無用ですね。
早速、始めると致しましょう。
カワミドリが目を覚ますと、すでに9時を過ぎておりました。完全に寝坊です。旅の疲れが出たのでしょうか。部屋に父はいません。どうやら先に下りていったようです。
慌てて身支度を調えて一階に下りると、食堂スペースの隅っこにコーガイガの男達が4人たむろしていました。
「みんなおはよう♪」カワミドリが挨拶すると、下忍三兄弟は明後日を向いたまま、ローテンションで応えます。
「おはようございます、お嬢」
「お嬢、おはよう」
「おはようッス」
何故か分かりませんが、三兄弟は機嫌が悪そうです。3人揃って低血圧? それとも二日酔い? そう言えば昨日、猿丸の命令でロズワルドの後を付けたようですが、その時に何かあったのかもしれません。
「おはようカワミドリ。よく眠れたかの?」
父の猿丸はいつものようにぶっきらぼうです。しかし、何故か目を合わせようとしません。
「なぁに? 4人とも、何だか変だよ?」
妙な空気にカワミドリが困惑していますと、笑いをこらえながら猿丸が返答します。
「うむ、実はな、三兄弟がお前に見せたものがあると言うんじゃ……ク、ククククッ。いいぞ、見せてやれ」
すると三兄弟は「せ〜のっ」とかけ声に合わせて、一斉にふり向きました。
目前に現れたのは、三兄弟のきれいな顔に刻まれた打撲痕でした。
猿丸はこらえきれず、大笑いを始めます。三兄弟も嬉しそうです。
しかしカワミドリには、何がおかしいのか、何が嬉しいのか、さっぱり分かりませんでした。
「ど、どうしたの!? 兄弟ゲンカでもしたの!?」
「ははは♪ 違います違います。これは名誉の負傷ですぜ♪」
「実は3人揃ってロズワルドに喧嘩を売ったんですよ♪」
「で、ご覧の有様というわけです♪」
そう言うと、三兄弟は照れ臭そうに笑います。
「どうして、どうしてそんな意味のない事をしたの! しかも3人がかりで!」
「意味が無いとは心外ですぜ、お嬢。オレ達には戦う理由がある」
「ロズワルドはお嬢を侮辱した。許せるわけがない」
「あいつの発言を撤回させなきゃ、気が済まなかったんです」
つまり三兄弟は、カワミドリの名誉のために喧嘩したと言うのです。それは嬉しくて、なんだか気まずくて、なんとも気恥ずかしい、そんな感情をカワミドリに芽生えさせました。
「それは、そうだけれど……。でも、喧嘩はいけないよ」
そこで猿丸が冷や水のような言葉をかけて、カワミドリの火照った顔を冷めさせます。
「あ〜、カワミドリや。別に気に病む事はないぞ〜。それは建前じゃ」
「へ? 建前?」唖然とするカワミドリ。
「いやいやいや! 酷いッスよ老師!」
「それじゃお嬢の名誉回復がついでみたいじゃないスかっ!!」
「逆ですよ逆っ!!」
慌てて訂正しようとする三兄弟を制して、猿丸は話を続けます。
「ロズワルド殿の戦士としての力量を計るには、戦いを挑むのが一番じゃ。しかし闇討ちでは死傷者が出るやもしれぬ。言いがかりを付けては心証を悪くする。つまり、お前の名誉回復と言う動機は、格好の大義名分だった訳じゃ♪」
照れ臭そうに顔を赤らめていたカワミドリが、みるみるうちにふくれっ面へと変わっていきます。もしかするとゴミを見るような冷たい視線を投げかけていたかもしれません。
「ふ〜〜ん。それで成果は? まさか3人揃って、やられっぱなしだったのかしら?」
「いやいやまさか。そんなそんな」
「ちゃんとお嬢に謝るって、約束させましたぜ♪」
「しっかり言質を取りましたからね。約束を守らなかったら手段を選ばずにコテンパンにしてやりますぜ」
「じゃあ良し。でもそれだけじゃないんでしょう? 分かった事を教えてちょうだい」
まず最初に、喧嘩の顛末。
最初三兄弟は、正々堂々と一対一の拳勝負を挑みました。しかし3人揃ってあっさりやられてしまったとの事。そこで三兄弟は、卑怯にも三人がかりで挑みます。しかしロズワルドは刃物を出す事もなく、あくまで拳で対抗。そのおかげでなんとか引き分けに持ち込みました。
喧嘩は完全敗北でしたが、謝罪を約束させたので、勝負には勝ったと言えるでしょう。
次に、カワミドリをブス扱いした件。
すっかり打ち解けたようで、ロズワルドは暴言を吐いた理由を話してくれました。
どうやら彼が若い頃、美人に騙され、酷い目に合わされた事が起因しているようです。そのせいですっかりトラウマになったらしく、近寄ってくる美人は絶対何かを企んでいるに違いないと思い、遠ざけるようになったのだそうです。
そして、ロズワルドの力量の件。
酔っぱらいのくせに、一対一の拳勝負では3勝0敗の負け知らず。(三兄弟がコーガイガにしては弱すぎるだけかも?)
三対一になっても腰の得物を使わなかったのは、三兄弟にカワミドリの名誉回復という、真っ当な大義があったからのようです。
その後も三兄弟はロズワルドと、夜が更けるまで語らい続けました。その結果…
「落ちぶれたとはいえ、流石は"鉄騎団"の団長だと納得しました」
「惹きつける魅力というか、カリスマのある、リーダーに相応しい男でしたよ」
「剣の腕については分かりませんが、魂の部分で勇者らしい気質を感じましたね」
三兄弟のロズワルドへの評価はすっかり変わっておりました。「拳で語り合えば分かる事もあるものよ」と猿丸は語りますが、カワミドリには理解出来ない価値観でした。
ところでカワミドリは、初歩的ながら回復魔法の心得がありました。三兄弟の顔に刻まれた痣が痛々しかったので、早速治そうとしたのですが、三兄弟から全力で拒絶されてしまいます。
「これは名誉の負傷! そして男の友情の証です! 勝手に治さないでください!」
「傷は男の勲章って言うでしょ。放っておいてください」
「せっかく男らしい顔になったんです。大した怪我じゃないんですから、しばらくは味あわせてくださいよ」
野薔薇ノ乙女から生まれた男児は、一代きりながら母の美貌を受け継ぎます。男として生まれながら女性的な美しさを授けられてしまう。それが我慢ならない野薔薇ノ男子は、現在の"王国"にも多数おり、故に男らしさを追求せずにはいられないようです。
親からもらった顔を自ら傷つけるような真似(整形や入れ墨も含む)は、恥ずべき行為なので決してしません。が、なにがしかの結果として傷付くなら大歓迎で、神の祝福として受け入れるのだそうです。
そこで三兄弟の生傷に触発されたのか、猿丸が古傷自慢を始めました。三兄弟は羨望の眼差しで老師の武勇伝に聞き入ります。
「うおおおおおおお!!」
「すげ〜〜〜〜〜〜!!」
「こんな怪我してなんで生きてるんスか〜〜〜〜!!!」
カワミドリにはサッパリ理解出来ない世界でした。そんな事より空腹です。朝ごはんは出るのでしょうか。
カワミドリは独り、カウンター席へと向かうのでした。