15-11 王国の武力組織 ~王宮戦士団16~ "鉄騎団"壊滅す
「事件が起きたのは、それからしばらくしてでした。6人のお兄ちゃんが、帰ってこなかったんです」
サフランは悲痛な面持ちで話を続けます。
「心配になって他のお兄ちゃんに聞いたら、『6人は迷子になっちゃったんだ』と言われました。そして次の日、迷子の6人を探すために、今度は大勢で出かけていったんです。でも、今度はもっと多くの人が迷子になってしまって……。その中にはミカさんも含まれていました。
いつも頼もしいロズワルド様が憔悴しきっていて、幼いワタシにも良くない事が起きているのが分かりました。でも、疲れ果てているお兄ちゃん達を見ていたら何も聞けなくて……。
それから間もなく、ロズワルド様や残ったお兄ちゃん達は、街を去る事になったんです。幼いワタシはお別れするのが嫌で嫌で……。だからワタシ、荷物に隠れて付いていこうとしたんです。すぐに見つかってしまいましたけど。置いていこうとするお兄ちゃん達に、ワタシは必死に抵抗しました。ベソをかいたり、駄々をこねたり、いっぱいいっぱい困らせて。そのせいでお兄ちゃん達は、ワタシが嫌いになったのね。それっきりになってしまったから……。
ちょっと……、ごめんなさい」
サフランはハンカチを取り出し、瞳に溢れた涙を拭うと、笑顔を取り戻します。
「でもね! ロズワルド様だけは違うの! ちゃんと戻って来てくれたから!
あの時ロズワルド様は、ワタシと約束したの。『必ず戻ってくる。だからそれまでお留守番していてくれ』って。そう言って指切りしてくれたの。ワタシ、ロズワルド様を信じて、ずっと待っていたんだよ。何年も。何年も。気がつけば9年経ってしまったけれど、ロズワルド様だけは戻ってきてくれた。ロズワルド様だけが、ワタシとの約束を守ってくれたの!」
「娘は、サフランは、そりゃもう大喜びでしたよ。『ロズワルド様がワタシ達の元に帰ってきた』ってね。ですが、本当のところはどうだなんでしょうね。単に、他に行く場所が無くなってしまっただけではないかと」
「と、言いますと?」
「"リトル・ヘルヘイム"の攻略に失敗した"鉄騎団"は、別の任務を与えられ、"ルリルリ"を去りました。それから間もなくして、風の噂で聞いたのです。"鉄騎団"が全滅したと」
「全滅……ですとな?」
「"鉄騎団"は目立ちすぎましたから。その活躍を妬む者、疎ましく思う者も沢山いたそうです。ところが破竹の勢いだった"鉄騎団"も、"リトル・ヘルヘイム"でケチが付き始めてからは落ちぶれる一方で、ついには"帝国"上層部からも見放され、罠にはめられて……。ですから私共はすっかり諦めていたのですが、娘は、サフランだけは、約束を信じて何年も待ち続けていたのです」
「もしかすると、娘さんの想いが天に通じたのやもしれませぬな」
「しかし、肝心のロズワルド様の目に映っていたのは、かつての親友だけだったのかもしれません」
「それは……もしかして、ミカゲル殿?」
「はい。ロズワルド様は"鉄騎団"も仲間も何もかも失って、何年も世界中を彷徨っていました。それでも"ルリルリ"に戻って来たのは、親友であり右腕であるミカゲル殿が、ここにいるからだと思うのです。"リトル・ヘルヘイム"からゴーストが湧き出て、討伐ミッションが発生した際、ロズワルド様は必ず参加します。きっとミカゲル殿を失った無念。置き去りにして逃げ出した後悔、そして取り戻したいという未練が、突き動かしているのでしょう。もうミカゲル殿は二度と帰ってく事は無いというのに」
「せめて骨だけでも拾って、弔いたいと…」
「はい。今のロズワルド様にとっては、それだけが生きる理由なのでしょう」
「深酒に溺れるのも、それが理由ですか」
「このままでは命にかかわりますが、無理に止めたところで他の酒場に行くだけですしね。何とか立ち直って欲しいのですが、心配するサフランの気持も届いていないようです」
「困りましたな」
「ええ。ほとほと困っております」
もっとも、猿丸が困っていたのは、この街にも"野薔薇ノ王国"を救う勇者がいないという、非常な現実でした。もちろんロズワルドの事も気にはなります。可能であれば立ち直らせてやりたい。しかしもう"王国"には時間がありません。ただちに"ルイルリ"を脱出して、向かうべきは第1番都市"ザクロイシ"。今のところ"ザクロイシ"に勇者の情報は皆無でしたが、可能性がゼロという訳ではありません。少なくとも、"ルリルリ"に留まるよりはマシなはずです。
「ところでご主人。監獄都市の城壁についてお聞きしたいのじゃが」
「はっはっはっ♪ 脱獄でもお考えですかな? 別に止めはしませんが、大変な目に遭うやもしれませぬぞ〜」
サフランの話は大変貴重でしたが、カワミドリは聞いていてあまり楽しくありませんでした。どういうわけか、のろけ話を聞かされているような気分にさせられるからです。肝心なミカゲルの情報も、これ以上得られないようです。夜も遅いですし、切り上げ時かもしれません。
「今夜はありがとうございました、サフランさん。とっても参考になりました」
「本当ですか! それなら良かったです♪」
「ミカゲル様には是非、私の国を救っていただきたかったです。でも、お亡くなりになったのが10年も前では、どうにもなりませんね。残念です」
「あ……」
気まずくなったのか、サフランは笑顔をやめ、申し訳なさそうに黙り込みました。
「もう遅いですし、部屋に戻りますね。お休みなさい」
カワミドリは一礼し、サフランの部屋を出たその時……、突然サフランが呼び止めました。
「あ、あの! カワミドリさん!」
「はい? なんですか?」
「あのですね……。確証がある訳じゃないんです! 偶然や勘違いかもしれません! もしかしたら、もしかしたらなんですけど!」
「……はい。なんでしょう」
「ミカさんは、まだ生きていらっしゃるかもしれません!!」