15-10 王国の武力組織 ~王宮戦士団15~ 呪ノ支配者
「何も無いですけど、くつろいでいってくださいね」
案内されたサフランの部屋は、小さくて質素でした。しかしそれでも、カワミドリは羨まずにはいられません。何しろ物心ついた時から十数人もの姉や兄に囲まれていましたし、女王陛下の侍女になってからも、寝室は共同部屋でした。1人部屋はサフランの憧れでした。
一方で、そんな愚痴をこぼすカワミドリが、サフランは羨ましくてしょうがありません。一人っ子のサフランには、兄弟姉妹が憧れでした。
「ですけどね、ほんの少しの間だけでしたけど、お兄ちゃんはいっぱい出来たんですよ。それも100人も!」
そう言って、サフランは懐かしそうに微笑みました。
主人は一度奧に引き下がると、お盆に酒瓶とグラスと皿一杯のつまみを乗せて戻ってきました。
「今宵は付き合っていただけますかな。いつも手酌で寂しい思いをしているのですよ」
「おお、地酒ですか。それは是非ともいただきます」
主人はちびりちびりと飲みながら、当時を語ります。
「"鉄騎団"は"雪ん子亭"を拠点にして、街の警備に当たりました。おかげでこの辺は、街一番の安全地帯でしたよ。メンバーは団長のロズワルド様を初めとして、多くが血気盛んな若者でしたが、気の良い奴らでしてな。娘も『おにいちゃんがいっぱいできたよ』って喜んでいましたわ」
「なるほど。娘さんがロズワルド殿を慕うわけですな」
「"鉄騎団"による警備任務は1ヶ月ほど続けられ、新たに設立された"ルリルリ"警備隊に引き継がれます。ですが、"鉄騎団"は引き続き"雪ん子亭"に留まりました。新たな任務が与えられたからです。ですが……」
「ですが?」
「この時からなんでしょうな。順風満帆だった"鉄騎団"に、ケチが付き始めたのは……」
「まあ、ステキなお兄ちゃん達でしたのね。ところでサフランさん、ミカさんについてなんですけれど……?」
「あっ! そ、そうでしたね。ごめんなさい。すっかり忘れてました!」
それまでずっと笑顔だったサフランは、真面目な顔になります。
「え~っと……。実はあまり知らないんですよね。ミカさんの事」
「えええ~~~~!! それはないですよ~~~~~!!」
「ま、まあ、話を聞いてください。"鉄騎団"はみんなワタシのお兄ちゃんでしたけど、2人だけ違ったんです。
1人はロズワルド様。眩しくて、憧れで、気安く『お兄ちゃん』なんて呼べませんでした。
もう1人がミカさん。無口で、暗くて、いつも1人でいて…。怖い、というのとは違うのですけど、幼いワタシには近寄りがたい雰囲気がありました。だから一度もお話しした事が無くて。あまり知らないってのは、そう言う事です」
「ああ、なるほど。ミカさんはロズワルド様の影のような存在だったのですね」
「そう! それです! ロズワルド様が光なら、ミカさんは影。そんな感じでした。2人で一緒にいる時は、お互いいつも楽しそうで、普段見せないような笑顔をして、もしかしたらワタシ、ちょっぴりミカさんに嫉妬していたのかもしれません」
嫉妬。嫉妬…。カワミドリはふと思います。「もしかしたら私、サフランさんの事を嫉妬してるのかもしれない」と。何年もの間、一人の殿方を思い続けていられるなんて…。そんな贅沢は"野薔薇ノ王国"にいる限り、永遠に不可能でしたから。
「それより、ミカさんとはどのような人物だったのですじゃ?」
「ミカさん……? ああ、ミカゲル殿の事ですな。ロズワルド様の右腕ですよ。なんでも"鉄騎団"創設時からのメンバーだったとか」
「ロズワルド殿の右腕ですか。となりますと、ミカゲル殿は相当にお強かったのでしょうな」
「いやいや、それがですな、戦士としてはむしろ弱かったようなのです。団内の模擬試合では、いつも負けてばかりだったようで」
「それは一体……。もしやご主人、ミカゲル殿は、何か特別な能力をお持ちだったと?」
「ご明察の通りです。模擬試合では安全性を考慮して訓練用の木製武具を使いますから。本当の力なぞ出せるはずがありません」
「して? ミカゲル殿の特別な力とは?」
「はっはっはっ、気になりますか猿丸さん。どうしてどうして、まだまだお若いですな♪」
「何を申しますか。男として生まれたからには、強き者に焦がれるは必然。そうではありませぬか、ご主人?」
「いやいやまったくです。ですが、女房や娘には判ってもらえません。肩身の狭い毎日ですわ」
「して? ミカゲル殿の特別な力とは?」
「おおっ! そうでしたそうでした。すっかり忘れておりましたわい。実はですな、ミカゲル殿は"呪ノ支配者"なのです」
「"カースルーラー"? 初めて聞く職業ですが、それは一体……」
「そうでしょう、そうでしょう。何しろ"鉄騎団"の仲間内で勝手に付けた名前ですからな。職業と言うよりスキル名と言った方が正確かもしれません」
「なるほど、スキル名ですか。つまりミカゲル殿の能力は、新たに名付けねばならぬほど特殊だったのですね」
「然り。正に然りです。猿丸さんは"呪い装備"をご存じですよね?」
「昔一度、見た事がありますじゃ」
「世の中には希ですが、"呪い装備"に耐性を持ち、軽いリスクで使える者がおります。ところがミカゲル殿は、"呪い装備"を全くのノーリスクで装着でき、かつ能力を限界以上まで引き出してしまうのです。まさに『呪い装備の支配者』とでも言うべきスキルではありませんか」
「それはまた…驚きですな」
装着者に恐るべき力を授けると共に、とんでもないリスクまで押しつけ、かつ自力では決して外せなくなる。そんな武具やアーティファクトの数々は、"呪い装備"と呼ばれています。
猿丸も"呪い装備"を使いこなす剣士を1人知っていました。彼女の得物は、使用者に勝利を約束する代償に、心臓を破裂させる呪いの剣"ハートブレイカー"。
彼女は不老不死の呪いをかけられていたからこそ、死と再生を繰り返し、心の痛みに耐えながらも、扱う事が出来ました。だからこそ、リスク無しに"呪い装備"を扱えるミカゲルのスキルには、能力を限界以上に引き出す"呪ノ支配者"には、感嘆せずにはいられませんでした。
「ですが猿丸さん。それほどの男でも、呪われた地下迷宮には勝てませんでした」
「なんと! "呪ノ支配者"が、呪いに負けたのですか?」
「ええ、そうです。"リトル・ヘルヘイム"の呪いはハンパじゃありません。そして何より、あそこは男子禁制です。ですので猿丸さん。くれぐれも、くれぐれも、興味本位で近寄らないでくださいね。とり殺されますよ」