15-7 王国の武力組織 ~王宮戦士団12~ 酒場にて
「あれ? この道って……」
三兄弟が案内する道に、親子は覚えがありました。
世間は狭いものです。辿り着いてみれば、酒場は"雪ん子亭"の隣でした。
その名も"雪ん子酒場"。系列感溢れる、いかにもな店名ですね。
この"雪ん子酒場"。元々は"雪ん子亭"のライバル店で名前も違いました。しかし"帝国"侵攻の際、経営者は真っ先に逃亡してしまいます。
ところが数年後、"ルリルリ"の思わぬ好景気で、飲食店の需要が高まってきました。区長は空き家のままの酒場を勿体なく思い、"雪ん子亭"主人に酒場の再開を依頼します。
主人はかつてのライバル店を乗っ取るような真似はしたくなかったのですが、区長の頼みを断り切れず、ライバル店の経営者が戻るまでの間ならと引き受けたのだそうです。
"雪ん子酒場"に入ると、給仕をしている若い娘が「いらっしゃいませ〜! 5名様ですか?」と元気に迎え、席に案内してくれます。
親子は彼女に覚えがありました。"雪ん子亭"で部屋に向かう時、案内してくれた子です。どうやら"雪ん子亭"主人の娘さんのようでした。年はカワミドリと同じか、少し若いくらいでしょうか。
そして奧の厨房で料理に奔走している女将さんは、主人の奥さんでした。まだ客の少ないこの時間は、親子だけで切り盛りしているようです。
客は5人だけのようでしたが、店内をよくよく見回すと、奧の隅の席で酒をあおる独りの男を見つけます。
「あいつですよ。あれが噂の勇者ロズワルドです」とイチローが囁きます。
なるほど確かに、やさぐれた30代の男には、勇者像の面影がありました。
「で、どうするんですか、老師?」とジローは猿丸に尋ねます。
「うむ。ロズワルド殿に動きがないなら、しばし様子見じゃな。まずは腹ごしらえといこう」
ご当地ならではの美味しい酒や料理をいただくのは、旅人の特権と言えますが、何より親子は腹ぺこでした。壁外の街に来て早々捕まり、まともな食事にありつけなかったのです。
「あれ? お嬢、何処に行くんです? お便所なら向こうですよ」
意を決して立ち上がったカワミドリに、サブローは声をかけますが、カワミドリはかまわず反対の方角へと歩いて行きます。
その先には、勇者ロズワルドがいました。
「あ、あの、老師。お嬢、行っちまいましたよ」
「どうしましょう? 速攻は、老師のお考えとは違いますけど」
「止めた方がいいですか? でしたらすぐにでも…」
「いや、いい。いつもの事じゃ。ワシらはこのまま様子見じゃぞ」
実際、カワミドリの『女神の直観』による勝手な行動は、今に始まった訳ではありません。旅の初めこそ問題視していた猿丸でしたが、大抵は良い方向へと転がっていくため、今では何も言わず、万が一に備えて見守るようになりました。
4人が固唾を呑んで見守っていると、カワミドリはついに勇者の席まで辿り着き、話しかけます。
勇者ロズワルドはカワミドリを見ると、いくつか言葉を返していました。
三兄弟では取り付く島もありませんでしたが、カワミドリ相手なら、少なくとも会話は成立するようです。
しかし、突然机をドン!と叩いて言葉を荒げると、カワミドリにぷいと背を向けてしまいました。
どうやら独り酒を邪魔されたくないようです。それっきり黙り込んでしまいました。
やがてカワミドリがトボトボと戻ってくると、力無く座席に座ります。
顔を見ると瞳は潤み、大粒の涙が今にもこぼれ落ちそうでした。
「ど、どうしたんじゃ? 何があったんじゃ!?」
動揺する4人の前で、カワミドリは必死に涙をこらえ、こう言います。
「ブスって言われた…」
女神の美貌を受け継いで生まれたカワミドリにとり、それは予想し得ない罵倒だったのです。
「ねえお父さん、私って不器量なのかなぁ」
「そんな事はないぞ! お前は母さんや姉妹達に負けずとも劣らない器量好しじゃ! そして何より、姉妹の中で一番可愛い! それはこの父が保証する! ロズワルドは見る目が無いだけじゃ! 気にする事はないぞ!」
「そ、そうですよ! カワイらしさでは俺達の妹の方が上ですが、美しさではお嬢が上回ります! ロズワルドは目が腐ってるんですよ!」
「う、うん。みんなありがとう…」
猿丸と三兄弟の必死な励ましで、カワミドリは何とか自分を取り戻しますが、完全に立ち直るには一晩かかってしまうのでした。