14-1 誰ともしれぬ貴方へ
ここまで読んでくれて、本当にありがとうございます。
己の状況を整理するため、そして、いつか来るかもしれない"探索者"のため、思いつくまま考えつくままに書き殴っていた手記ですが、まさか『読者』が出来ていたとは思いもよりませんでした。
ですが申し訳ありません。手記はここまでなのです。
高級ホテルの屋根裏部屋の一室で手記を書いていたあの夜、私のモチベーションは異様に高まっておりました。もしかしたらこれを書き上げたら、私は死ぬのではないか? そんな予感がよぎるほどに凄まじい勢いで、ペンが止まりませんでした。実際、これほどの文量をたった一晩で書くなんて、私の実力では到底あり得ない事でしたから。
しかし夜が明けようとした頃、事態は一変します。気がつくと、私は机に突っ伏しており、部屋の照明は消え、窓には青空が広がっております。
メイドさんに時間を聞くと、とっくに昼を過ぎていました。
なんと言う事でしょう! 寝落ち……いや、時間消失現象が起きてしまったのですっ!
その日は私の住居を得るため、不動産屋へ向かわねばなず、もはや手記どころではありません。なによりも、私の中からモチベーションがすっかり失われておりました。中途半端なままなのも、そのせいなのです。
それからも引っ越しのゴタゴタやら、仕事探しやら、様々な事件やトラブルの連続で、一週間が過ぎました。
ドッタンバッタン大騒ぎな毎日にもようやく慣れ、過去を振り返る余裕が出来た私は、ふと手記を思い出します。久々に手に取ってパラパラとページをめくっていたのですが、途中で妙な痕跡に気がつきました。
それは1センチほどの、小さな紅葉のような、あるいは可愛らしい手のようでした。
執筆当時はまっさらな白い紙で、こんな痕は無かったと断言できます。つまり、この一週間の間に、見知らぬ誰かが手記をめくり、痕跡を残したという事になります。
すなわち貴方です。
貴方は誰でしょう?
私がこの世界で得た知識で、そんな可愛らしい手をした生き物は一種だけ。ベル妖精です。
ベル妖精の知り合いには、心当たりが二人います。
一人は、オトギワルドに召喚されたばかりの私を助けてくれたエコー・ベルちゃん。
もう一人は、仕事の斡旋所で事務をしていたモモカさんの使い魔です。名前は確かリンゴ……いや、リンゴン・ベルでしょうか。
しかし、この手の痕が二人とは限りません。貴方が私の知らぬ、3人目のベル妖精の可能性は十分にあります。
野性のベル妖精が町中に来るとは思えませんから、きっと貴方は誰かの使い魔なのでしょう。
ガングビトの私に興味を抱いた貴方は、純粋な好奇心から私の外出中に荷物を探り、手記に辿り着いたのでしょうか。
それともご主人様の目となり手足となり、命じられるまま探りを入れに来たのでしょうか。
まあ、この際どうでもいい事です。貴方のご主人が何者でも構いません。
王国の公安だろうとも。国外のスパイであろうとも。邪神や悪魔の類であろうとも。
私は見聞きしたことをうろ覚えでまとめているだけで、大したことは書いていませんからね。
私にとって大切なのは、識字率の低いこの世界で、貴方という『読者』がいるという現実です。
ありがとうございます。
本当にありがとうございます。
貴方のおかげで、失ったモチベーションを取り戻す事が出来たように思います。
これなら近々、執筆を再開できるかもしれません。
同人誌レベルの稚拙な作品作りしか経験はありませんが、それでも表現者としての自負はあります。
『読者』がいるなら、可能な限り応えたく思います。
大したものは書けませんし、更新にも時間がかかるでしょうが……
ベル妖精の貴方も、貴方が仕えているご主人様も、これからも読んでいただけましたら、幸いです。
大黒雄斗次郎
というわけで、はじめてのオトギ生活第2章、2年ぶりとなってしまいましたが再開いたします!
何処まで続けられるかは分かりませんが、中途半端で止まっていた『王宮戦士団』設立の経緯だけは、最低でも形にするつもりです。