7-18 王国の武力組織 ~野薔薇ノ憲兵団 後編~
・シノビの憲兵団
隠れ里"コーガイガ"へと向かう途中の獣道。突然、「まりしてんさま~!」と叫びながら、何かがメリッペの前に飛び降りてきた。
小猿のように俊敏で、一見12~3歳の少年のようだ。右手は無く、代わりに鉄の爪が付けられていた。
彼はメニッペに「お帰りなさい!」と満面の笑み。しかし、末の王子にに気付くと笑顔が固まる。
「え、えと……。い、いらっしゃい。若…様?」
メニッペが同伴者を連れて隠れ里に来るのは初めてだった。しかも美しい顔立ちの青年と来れば、困惑するのも当然だろう。
「猿丸や。悪いんだけど、里の者を集めておいてくれるかい? 良い酒が入ったんだ。今夜はみんなで飲み明かそう♪」
猿丸と呼ばれた若者は、メニッペと末の王子の顔を交互に見ていたが、そこで何かを察したようにハッとする。
無邪気な少年のようだった顔が、決意と覚悟を固めた男の表情に変わる。
「へいっ! お待ちしておりやす!」と返事をした猿丸は、木の枝へと跳び上がり、枝から枝へと飛び移りながら森の奧へと消えた。
メニッペは歩きながら王子に話す。
「ガングビトの猿丸が"異界の門"から落ちてきたのは、昨年だったかね。
赤子の頃、口減らしで親に捨てられてね、拾ったのが"シノビ"と呼ばれる諜報組織さ。
成長期にろくなものを食べさせてもらわなかったから……。子供みたいに見えるだろ? あれでも二十歳前なんだよ。
幼い頃から殺人術を必死に学んで、今じゃ立派な暗殺者。だけどどんなに頑張っても。下忍は下忍。使い捨てのコマでしかなかった。
必死に頑張ったのに、作戦リーダーの判断ミスで任務は失敗。おまけに失敗の責任を全部なすり付けられてね。見せしめに右手を切り落とされ、地獄穴に投げ捨てられたんだってさ。
雷蔵が"コーガイガ"の里を作ってなきゃ、"掃除屋"にバラバラにされていただろうね」
「酷い……ですね……」
「だからって、不必要に同情するんじゃないよ。あの子達の誇りを傷つけるからね。
それに、アタシら"野薔薇ノ民"が背負ってるろくでもない運命に比べたら、ずっとましってもんさ」
「確かに……そうかもしれません……」
「さあ就いたよ、王子様。ここが"コーガイガ"だ!」
あれから10年。"掃除屋"のエサ場だった広場は、すっかり様変わりしていた。
広場は開墾され、広げられ、畑や掘っ立て小屋が出来ていた。まるで寂れた集落だ。
「あの……メニッペ……。誰もいませんが……。留守なのかな?」
「…って思うだろう?」
メニッペがニヤリと笑った瞬間、二人の周囲に人の気配が現れた。
末の王子は驚き、慌てて周囲を見渡す。すると、木々や、畑や、集落のあちこちから、小さな人影がワラワラと現れるではないか!
人影は頭上の空間が揺らぐ中央広場に集結すると、綺麗に隊列を組んでゆく。
貧しい集落のような外観は、実は訪問者を騙すための偽装だった。"コーガイガ"の本拠地は地下にあったのだ。
雷蔵は近所の"掃除屋"を駆逐して、空き家となったコロニーを10年かけて大改造し、秘密の砦にしていた。
最後に、どこからともなく現れた頭領らしき大男がメニッペの前に着地し、跪くと、隊列を組んだ人影も一斉に跪いた。
「魔利支天様。コーガイガ一同、総勢60名! 揃いましてございまする!」
猿丸は、落とされた地獄の穴の先で、生まれて初めて幸せを見つけた。
猿丸だけじゃない。"コーガイガ"で暮らす下忍達はみんなそうだ。
公平で頼もしい頭領の下、信頼できる仲間もできた。おまけに飯もたらふく食える。まるで極楽だ。
里の外には地上じゃ見た事も無い化け物がいるけど、みんながいるから怖くなかった。
それに、たまにやってくる魔利支天様は、綺麗でお優しくて…。おっかあみたいなお方だ。
頭領はいつも「何もかも魔利支天様のおかげだ。いつかみんなで恩返ししよう」と言っている。
その通りだと猿丸も思う。だけど、どうやって恩返しする? そもそも何が出来る?
物心ついた時から地獄の特訓を受け、下忍として生きてきた猿丸達には、シノビの技しかない。
得意なのは暗殺だが、戦力が必要なら兵として戦おう。生け贄が必要なら人柱にだってなろう。
その時が来たら、魔利支天様のために、この命を使おう。
そして"その時"が来た。
魔利支天様が連れてきた若者は、スラリと背が高く、美しい顔立ちで、高貴な家の出だと一目でわかる。
きっと、どこぞの国の若様に違いない。きっと魔利支天様を頼り、戦力を求めてこんな森の奧の隠れ里に来たのだ。
魔利支天様の顔に泥を塗るわけにはいかない。期待以上に働いて見せねば!
気負う猿丸達に心を打たれつつも、メニッペは呆れたように笑ってみせる。
「何やってるんだい? お前達! 今からみんなでカチコミにでも行く気かい?」
予想外の反応に困惑する"コーガイガ"の面々。
「猿丸や」
「へ、へい!」
「アタシは良い酒が入ったから、みんなで酒を飲み明かそうって言ったはずだよ? もしかして水杯と勘違いしたのかい?」
「え!? いや、でも………」
そう言いながら、猿丸は頭領を見る。
「ら・い・ぞ・う〜! 早とちりはあんただったかい!」
「あ、あれ? 違いましたか? てっきりそう言う事かと……。あー、お前ら、スマンかったスマンかった。楽にしていいぞ〜」
張り詰めた空気が一気に緩み、広場はざわつき始めた。
メニッペの側に寄ってきた雷蔵が、ヒソヒソ声で話しかけてくる。
「そうなりますと、一体どのような用向きで?」
「戦力が必要なのは確かさ。ただし、攻め込むためじゃなくて、護るためのね」
「ああ、なるほど。つまりあっちの方ですか……。うちのもんには、荷が重すぎでは……」
「そりゃ大変なのは目に見えてるけどね。アタシや雷蔵で助け船を出せば、きっと大丈夫。それにね、王国には後がないんだ。この子達が最後の希望なのさ」
「やるしかないと……。ならば拙者も、全力で支援いたしまする」
「恩に着るよ。雷蔵」
「よ〜し、お前ら黙れ! 今から魔利支天様から大事な話があるからな。心して聞くように!」
下忍達は、一斉にメニッペと末の王子を見る。
「紹介するよ。この子はアタシが世話になってる"野薔薇ノ王国"の王子様だ」末の王子は軽く頭を下げる。
「今、王国は、虎の子の騎士団を失ってね、国の護りすらままならないでいるんだ。今は"深キ深キ森"に避難しているけど、もし"帝国"の奴らに見つかったらお終いだ。だから王国には、どうしても即戦力が必要なのさ。そこでだ、みんなに頼みたい事がある」
ここでメニッペは一呼吸置き、みんなの様子を見回す。
下忍達は「なんでも言ってくれ」と言わんばかりに、食い入るようにメニッペの話を聞いていた。
彼らの決意と覚悟を信じ、メニッペは口を開く。
「お前達みんな、王国に婿入りしておくれ!」
長い沈黙の後、下忍達は困惑する。メニッペの言葉が想定外過ぎて、伝わってないのだ。
そこで雷蔵が補足説明をする。
「喜べお前ら! 魔利支天様がお前達に、べっびんな嫁っ子を紹介してくださるぞ!」
ようやく意味を理解した下忍達は、目を丸くして驚いた。
そしてメニッペの話を、それまで以上に食い入りながら、真剣に話を傾けるのだった。
"コーガイガ"のシノビ達を雇うのではなく、家族の一員として迎える。それがタレイア王妃の考えだった。
ただ、広場の頭上で揺らぐ"異界の門"からは、尚も身体の一部を無くしたガングビトが落ちてくる。"コーガイガ"を空き家には出来ない。
そこで精鋭20名の婿入りを決め、残りは雷蔵と共に留まる事となった。
王国側はもしもの時のリスク分散を考え、約30名の娘を募り、"コーガイガ"へ嫁入りさせる。
シノビの婿殿達は憲兵団を結成し、それこそ期待以上の働きをした。嫁を、家族を、王国を護った。
メニッペは団長の座に就き、シノビ達と野薔薇ノ民の仲介に奔走。百歳まで生きたという。
王国と"コーガイガ"は、もはや家族も同然だったが、あくまで別の組織、別の里、別の国として振る舞い続けた。
実は今も他人のフリをしているが、影では友好的な関係を続けている。
彼らが引き受けた"ガングビト横取り作戦"の一切合切の情報も、コッソリ王国に渡していたらしい。
「知らぬはワシリーサちゃんのみにけり」とは、ちょっとかわいそうだよな。
この後、"王宮戦士"が結成されると、シノビの憲兵団も役割が変わって行き、分裂して新たな組織が生まれたりもするのだが、それはまた後のお話……という事にして、憲兵団の話は一旦終了させよう。