7-17 王国の武力組織 ~野薔薇ノ憲兵団 中編~
・雷蔵 約460年前
時代は10年ほど溯る。
この頃のメニッペは引退こそしてなかったが、休日にはいつも結界の泉に篭もり、狩猟生活を楽しんでいた。
ある日、木の実を求めて森を散策していると、メニッペの前に白いケルベロスが現れる。
ケルベロスは"森の番犬"。メニッペを遠目に監視していても不思議は無い。
しかし、その珍しい白い"番犬"は、メニッペに近寄ると「ついて来てほしいケル!」と言わんばかりにクゥ〜ンと鳴いた。
メニッペに助けを求めている? しかし荒事の助太刀ならば、"番犬"を集めれば事足りるはずだ。
訝しみながらもメニッペは白い"番犬"に付いていく。
すると……
獣道の先に、森の中とは思えぬ不自然に広い広場が現れた。
半径10メートルほどの円形の広場には草木がほとんど生えていない。
頭上を見ると、空間に歪みが生じている。"異界の門"が開いているのだ。
そして広場には、陰惨な光景が広がっていた。
数え切れない数の"掃除屋"が屍体となって、辺り一面に転がっていたのだ。
そして屍体の中心には、"掃除屋"の返り血を浴び、青く染まった男が立っていた。
何より驚いたのが右手だった。"掃除屋"の頭をグローブのようにはめていたのだ。
にわかには信じがたいが、男は"掃除屋"の首をねじ切り、切断面から頭に右手を突っ込み、"掃除屋"のアゴをナイフのように使って、襲いかかる"掃除屋"達を次々と血祭りに上げていたようだ。
男はメニッペの気配に気付き、振り返る。殺意に満ちた鬼の形相。しかし、メリッぺを見た途端、一瞬で緩んだ。
「おおっ……地獄に仏とは…正にこのこと!」
男はメニッペに駆け寄ると、その前で跪こうとし、そのまま倒れた。
白い"番犬"は男の側に座ると、メニッペをじっと見つめる。
男は見た事のない服を着ていた。恐らくは頭上の"異界の門"から落ちてきた異世界人だろう。
しかし体中傷だらけで虫の息。このままでは死ぬ。
メニッペは森に来る際、もしもに備えて、一族秘伝の傷薬を持ち歩いていた。
つまりは、そういうことだ。
それにしても、襲いかかる"掃除屋"をことごとく返り討ちとは、かなりの男だ。白い"番犬"が気に入るのも判る。
しかし、傷口を確かめようと服を脱がしたところ、大変な事を知る。
"男性自身"が……無いっ! 切断されていたのだ!!
ここでメニッペは一瞬迷ったそうだ。
助けたところで、絶望して自殺するだけではないか? このまま死なせてやった方が良いのではないか? と。
しかし、彼は生き延びようと必死に戦っていた。運命に抗っていた。
どんなに辛くとも、生きる事を望むなら、手を差し伸べるべき。人としても女神としても、放ってはいけない。
男は雷蔵と名乗った。伊賀忍者の中忍頭だったらしい。しかし任務に失敗し、見せしめとして"地獄穴"に落とされた。
地獄穴は一方通行の"次元門"で、"掃除屋"のエサ場に通じていた。
見せしめの生け贄は、身体の一部を切り取られた上で"地獄穴"に落とされる。
血の臭いをまき散らす生け贄は、恰好の獲物だ。雷蔵でなければ、5分とかからず"掃除屋"に解体されていただろう。
しかし、よりによって局部を切り落とされたのは何故だと聞いても、苦笑いするばかりだった。
高貴な姫にちょっかいを出したとか、そう言った事なのだろうが、真相は謎のままだ。
本来なら無理にでも王国に連れて行くべき逸材だが、悲しいかな、雷蔵には"男"としての価値が無い。
それでも放ってはおけないと思い、メニッペは「王国に来ないか」と雷蔵を誘う。
しかし雷蔵はメニッペの誘いを丁重に断り、"解体屋"のエサ場に留まると言う。
「エサ場に落とされるのは拙者で終わりではありませぬ。これからもシノビ達が責任を取らされ、地獄穴に落とされるでござろう。
拙者はここに留まり、落とされた仲間を助けたいのでござる」
感銘を受けたメニッペは、休日が終わると王国に戻り、直ちにタレイア王妃に報告。支援を申し入れる。
王妃は最初、得体の知れぬ男に懐疑的だった。帝国のスパイの可能性も視野に入れていただろう。
しかし雷蔵がメニッペを「魔利支天様」と呼んでいると知り、彼が"ガングビト"だと確信する。
この頃の王国にとって、帝国は敵も同然。帝国の息のかかった者達に比べたら、異世界人の"ガングビト"の方がよっぽど信頼できる。
王や自分が旅立った後も民や子供達を護るには、今のうちに少しでも味方を作っておかねば……
タレイア王妃は雷蔵への支援を約束。
ただし「怖がるといけないから、みんなには黙っているように」と口止めし、直接的な支援はメニッペのみに一存した。
メニッペは休暇の度に雷蔵の元へ訪れ、支援物資を届け、必要に応じてサポートもした。
(何となく通い妻っぽい?)
広場は人が住めるよう開拓され、近くを縄張りとする"掃除屋"のコロニーも駆逐。
地獄だった"掃除屋"のエサ場は、ガングシノビの隠れ里"コーガイガ"として生まれ変わるのだった。