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1-11 回想 〜ザワメク=モノ〜

2018.06.06 誤字修正しました。

 おかしい。

 私が濃霧で足止めを喰らったのは、大谷吉継公の墓の近くだったはずだ。

 地図を見る限り、東西には道や川があるし、南に下ればJRの線路や国道だってある。

 道無き道を歩いているとはいえ、太陽の位置を確認しながらだから、山奥となる北側には向かってないはず。

 にもかかわらず、人家どころか文明の形跡すら見あたらない。まいった。どうやら完全に迷ってしまったらしい。

 どうしよう。助けを求めるべきか? そう思って携帯を手にするものの、まさかの圏外だった。そこまで人里離れていたっけ?

 時計を見ると、もうじき18時。

 ようやく獣道に辿り着くも、すっかり日は落ち、暗闇が徐々に勢力を拡大していた。

 もしやと思い、出発前に買ったLEDの小さな懐中電灯を取り出す。まさかこんな形で役に立つとは思わなかったよ。

 さあどうしよう。獣道だが道はある。腹は減ったが体力は残ってる。進むべきか、留まるべきか。

 決めた。進もう。濃霧の中で散々休んだのだ。これ以上はじっとしていられない。せっかちな性格が私を突き動かす。

 新たな異変が起きたのは、それから1時間後だった。

 何処までも続く獣道を歩いていると、茂みに右手が接触した瞬間、激痛が走った。

 思わず私は懐中電灯を落としてしまう。いや、何か堅いものに当たり、弾かれたといった方が正確かもしれない。

 とにかく右手がおかしい。何が起きたのか。

 左手で落とした懐中電灯を拾うと、電灯は破損していた。ランプを保護する透明のプラスチックが割れ、本体には鋭利な刃物で切りつけたような痕がある。

 右手を照らし、その惨状に私は息を呑んだ。手の平にはパックリと開いた大きな切り傷が出来ていたのだ。

 幸か不幸か動脈を切らなかったようで、傷口の大きさの割に出血は少ない。が、それでも暖かい血が少しずつ溢れ出し、滴り落ちようとしていた。

 と、とにかく止血だ。止血しなくては! 私は肩にかけていた汗拭き用のタオルを右手に巻き付ける。

 タオルはジワジワと赤く染まってゆく。

 なんてこった。よりによってこんな大怪我しちまうなんて。一刻も早く森を出ないと…。山を下りないと…。

 

 ザワッ!!!

 

 これまで静かだった森が、山が、突然ざわめいた。

 夜目がきかないはずの鳥の群れが、ギャアギャアと悲鳴を上げながら空へと逃げ出す。

 まるで何かが目覚めたようだった。

 きっかけはなんだ? 私か? 懐中電灯のLEDランプが眩しくて怒っているのか?

 突然嫌なことが閃き、私は戦慄を覚える。


 血の臭いを…嗅ぎつけた?


 突然私は、行軍コースを歩いていた時に見かけた“クマ出没注意!”の看板を思い出す。

 もしここでクマと遭遇したら、私の人生はそれで終わるだろう。

 だけどこの音。森の奧から響くギチギチという音。これはクマなのか?

 クマよりも恐ろしい何かが迫っているのではないか?

 逃げなくちゃ。だけど何処に? 助けを求める。でもどうやって?

 分からない。分からない! わからない!!

 パニックを起こしていた私は、思わず叫んでいた。

「勘弁してくれよ! どうすりゃいいんだよ!」

「勘弁してくれよ! どうすりゃいいんだよ!」

「え?」

「え?」

 振り返ると、いつからだろう。獣道の先にピンク色に近い光があった。

「エコーちゃん!」

「エコーちゃん!」

 その聞き慣れた可愛らしい声は、その光の方角から聞こえてくる。彼女の正体は分からずじまいだが、今の私には救いの女神に思えた。

 私が光に近づこうと走り出すと、光も同じスピードで逃げ出し、私が走り疲れて歩き出すと、光もスピードを落として一定の距離を保った。

 私を誘導しているのは明らかだった。罠だろうか? そうかもしれない。

 だけど、ギチギチと異様な音を立てながら迫り来る“何か”に比べたら、罠だろうと何だろうとマシな気がした。

 どのみち考えている余裕なんて無い。ピンクの光を希望と信じ、私は進み続けた。

 やがて獣道は広場のような所に出た。広場の中央には神木として祀っても良いほどの巨大な木が鎮座していた。

 ピンクの光は大樹に近づいて見えなくなった。

「おーい!」

「おーい!」

 可愛いオウム返しは大樹から聞こえた。幹に隠れているのだろうか?

 大樹の裏に回ると、根元には大人でも入れそうな大穴があった。

 覗き込むと真っ暗で、中は何も見えない。エコーちゃんは何処だ? ここに入れってのか?

 突然、何かが背中を押してきた。手の平でどんと押すのではなく、指先で突くような感じだったが、足を滑らした私には十分だった。

 真っ逆さまに転落し、しばらく暗闇を転がり落ちて行き、泉に転落。ラッキースケベに遭遇して、今に至るわけだ。

 ハナナさんのことをラッキースケベって呼ぶのはのは止めよう。そんな二つ名、流石に失礼だよな。

 こうして振り返ると、朝から晩まで謎だらけだな。明日になれば、何か一つでも解明されるのだろうか?

 ……あれ? なんだろう…。一通り思い出したら眠くなってきた……。

 よかった……ようやく……眠れる……おやすみ……はななさん……


 すやぁ

 

 ………と思った矢先のことだった。

 突然、地面から沢山の腕が突き出て、手を、足を、身体を、頭を掴み、私は金縛りのように身動きが取れなくなった。

 横を見ると、ハナナさんは座ったまま眠っている。異常事態には気付いていないようだ。

 私は助けを求めようとありったけの声で叫ぶが、声が出ない。

 沢山の腕が私を長椅子に押しつける。長椅子は粘土のように柔らかくなり、私の身体が埋もれてゆく。

 これは何だ? 怪異なのか? 悪夢なのか? わからん! 全然分からん!

 やがて私の身体は長椅子を貫通し、暗闇へと真っ逆さまに落ちていくのだった。

《次回予告》

転落した先にあったのは木造の神殿。目の前に横たわるは巫女姿の大和撫子。

憔悴しきった黒髪の美少女は、笑顔を浮かべこう言った。

「勇者様」と。

これはなんだ? 誰の妄想だ?

はじめてのオトギ生活。次回は「夢の中で」


今回で回想編はお終いです。次からいよいよオトギ生活2日目に入るのですが、

もうちょっとだけ重要な脱線が続くんじゃ。

ひとまずおさらばでございます。

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