7-2 移籍召喚の件 〜何故トレードなのか〜
とはいえ、どこから手を付ければ良いのやら。しばし頭を抱えて考えた。
整理すべき問題は山積みだが、やはり私にとっての"初めて"から始めるのが妥当だろう。
すなわち、私をこの状況に巻き込んだ"儀式"についてだ。
その名も"移籍召喚"。もしくは"トレードサモン"。呼び方はどちらでも良いようだ。
いわゆる異世界召喚であるが、世間……というか、ファンタジー系の物語で知られるものとは少々違う。
その名の通りなので説明不要とも思うが、この手記は情報や考えの整理を目的としているので、一応記述する。
"移籍召喚"とは?
二つの異なる世界の間で、互いに求めている人材を交換する儀式の事だ。
人間視点だと、プロ野球でのトレード。球団間での選手の交換に例えるのが一番判りやすいだろう。
神様視点では、トレーディングカードの交換の方が近いかもしれない。
以上。
おしまい。
言葉の意味としてはこれ以上語りようがない。
なので、次は何故"移籍召喚"だったのかついて、私なりの考察を書くことにする。
ここからだんだん長くなる。
"何故"を追求する前準備として、異世界間の移動方法にはどのようなものがあるか考えてみよう。
思うに、移動方法は大きく分けて三つのカテゴリに分けられる。
"異世界転生"。"異世界召喚"。"異世界往来"の三つだ。
1)"異世界転生"
主人公は死んだ。気がつくと異世界に生まれ変わっていたってヤツ。最近のノベルのトレンドだな。
ベースにあるのは輪廻転生だな。死んだ後も何度も生まれ変わり、新たな人生を歩むってヤツ。
そして輪廻転生に基づくオカルトで、前世の記憶を持って生まれたって話がある。
その二つの要素を、異世界への移動手段として昇華したのが"異世界転生"と言うわけだな。
もしかしたら我々も、前世の記憶が無いだけで、異世界から今の世界に転生したのでは?
そう考えると、最も現実にあり得そうだが、移動手段として考えると懐疑的だ。
必ず死ななければならないし、一方通行で戻って来れない。しかも前世を鮮明に記憶していても、赤ちゃんからのスタートだ。
成長を待つとなると、最低でも10年。ラノベ主人公的には15年は必要だ。時間がかかりすぎる。
15年も新たな人間として生きて、新たな記憶で上書きされるのに、どれだけ前世の記憶が残るだろう?
そんな疑念を解決する派生型が二つある。
1つ目は、死んだ年齢と近い世代まで成長してから、突然前世の記憶(及び人格)が蘇るというもの。
これなら成長までの時間をキャンセルできるし、肉体的違和感も最小限で済む。
ただ、蘇る前までの人格はどこに行ってしまったのかと考えると、非常にモヤモヤする。融合しているのならまだ良いが、もし前世の人格が肉体を乗っ取ったのだとしたら……。胸くそが悪くなるのでこれ以上は考えまい。
ちなみに似た話として『不死販売株式会社』というSF小説がある。事故で死んだ男が別の人間に心を移植され、未来で蘇るという話だった。
2つ目は、人ではなく、人外に生まれ変わるというもの。輪廻転生的には十分あり得る話だな。
短期間で成人する生命に生まれ変わるなら、時間的問題も解決するし、仮に乗っ取りだったとしても、怪物や動物の類なら心は痛まない、
近年ではスライムに転生するノベルが有名だな。『転スラ』だっけ?
ちなみにオトギワルドでの転生者出現状況はと言うと……
異世界転生を主張する者が度々現れてはいるものの、決定的な証拠が出てこないため、確証には至らないとのこと。
物証がない上、前世の記憶と称する知識が10年以上前と古いせいで、本物なのか、成り済ましの詐欺師なのか、区別が付かないのだそうだ。
2)"異世界召喚"
神様なり魔道士なりに、異世界に無理矢理連れて来られ、大活躍を強要されるってヤツ。昔からの王道だな。
アニメだと『聖戦士ダンバイン』や『天空のエスカフローネ』が有名かな。
ミッション達成の暁には、それなりのご褒美が用意されている。大抵は"元の世界に戻す"ってヤツだけど。
これを創作物ではなく、現実世界であり得るもので例えるならなんだろうって考えているうちに、嫌な事に気付いてしまった。
ただの一般人が、無理矢理異世界に連れて来られ、何かしらのミッションを強要される……。
この不条理って、北の工作員による拉致事件そのものじゃないか!!
確かに私もVIP待遇を受けてはいるが、警護上の理由から半軟禁状態だ。身の回りの世話をしてくれるメイドさん達も、この世のものとは思えぬ美人ぞろいで、"喜び組"的ハニートラップ要員ではないかと疑わずにはいられない。
北から逃げ出すのが容易ではないように、元の世界に戻るのも容易ではないだろう。
いやまて。落ち着こう。いくら召喚ものの不条理が拉致事件と似ていても、異世界と"地上の楽園"を混同するのは失礼だな。反省。
ところで、"異世界召喚"ものの一番の課題は、何故異世界の言葉が通じ、文字が読めるのか、だろうな。
真面目に言葉を学ぶとなると話が進まないので、大抵はチート能力を与えられて、即座に理解できるようになるのだが。
ちなみに私が今いる"野薔薇の王国"では、言葉も文字も日本語が共通語として普通に使われていて面食らった。
個人的には非常にありがたいのだが、町のあちこちに日本語の看板をみると妙な気分になる。
3)"異世界往来"
何らかの超自然現象で迷い込んだり、発明された機械によって二つの世界を行き来できるという意味で、"往来"と勝手に命名した。
だからもっと良い言葉があれば変更しても構わない。
この"異世界往来"、実は外国旅行と大して変わらない。移動手段と場所がちょっと特殊なだけだ。
逆に言えば、外国旅行と同じ問題を抱えているという事になる。
言葉の問題? それも当然ある。だが、"往来"することでそれ以上に懸念すべき大問題がある。未知の病原菌や外来種の持ち込みだ。
ウェルズの『宇宙戦争』で侵略宇宙人を倒したのは、人類の叡智でも勇気でもなく、病原菌だった。
(つまりバイキンマンも地球を愛するヒーローだったっ!? 愛国者はハヒフヘホッ!!)
ヨーロッパに性病の梅毒を持ち込んだのは、新大陸を発見したコロンブス一行だと言われている。
ノストロモ号でリプリー達がエイリアンに襲われる恐怖を味わうのも、寄生されたケインを船内に連れ帰ったからだ。
私達の世界でも現在進行形で、運搬する荷物に外来種が紛れ込んで大変な事になっていたりする。
三つの中で、一つの世界を滅ぼす危険を最も孕んでいるのが"異世界往来"なのだ。
故に、検疫も徹底的に行う事だろう。
東京都内に突如異世界への扉が開く事から始まる『GETE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』。
私はアニメ版しか知らないのだが、ここら辺がしっかり描写されているっぽい。機会があれば原作も読んでみたいものだ。機会…あるかな…
さて。
以上の分け方は、あくまで人間視点での分け方であり、ある重要な視点が見逃されている。
それは何か? 神の視点である。
思うに、神にとって人間の生死はそれほど重要では無い。しかし人間の魂は極めて重要だ。
例えば何故、悪魔は魂を欲しがるのだろうか? それは神にとってとても価値あるものだからだ。
では、神視点で人間の異世界移動を見るとどうなるか? シンプルに二つに分けられる。
すなわち、生きたまま移動するか、死んで移動するかだ。
生きたままの召喚ならまだいい。魂を収穫すべき時期ではないのだから。
しかし死んでからの召喚は問題だ。特に"異世界召喚"の場合、異世界の神が収穫すべき魂を横取りした事になる。
もし、死んだ人間の魂を、異世界に片っ端から横取りされたらどうなる? 世界から魂が枯渇してしまうのではないか?
その先どうなるかは人に過ぎない私に判るはずもないが、バランスが崩れればろくな事にならないだろう。
世界を救うため、異世界から勇者を召喚したい!
でもソウルバランスが崩れたら、その世界が大変な事になる!
バランスを保つにはどうすればいい? そうだ! 人ごと魂をトレードしよう!
こうして生まれた神々の妥協案。それこそが"何故"の答。"移籍召喚"なのだ。
私の導き出したこの考察。はたして当たっているのか、間違っているのか。
それは正に「神のみぞ知る」ってヤツだろうな。
ごめんなさい。もっと早く上げるつもりだったのですが、手こずってしまいました。