タイムリミットはクリスマス! ~幼馴染に彼氏が出来ないと、“生贄=俺”が死ぬ!?~
異変を感じ始めたのは、十二月に入ってからの事だった。突如として、クラスの男女で付き合い始める連中が増えだしたのだ。これがカップルブームというモノか……恋人を作る事に興味のない俺、栗栖 真澄には関係のないイベントだと高を括っていた。だが――
「ちょっと待て。今、何て言った?」
「……いや、だから。……悪い、真澄。俺、彼女出来たんだわ……」
「はぁっ!?」
俺の前で申し訳なさそうに身を縮める親友の博樹は項垂れるかのように頭を下げているが、そうしたいのは俺の方である。
「ちょっと待て。おい、俺達は“チェリー同盟”の最後の砦だったじゃないか! どんなに周りがのぼせ上がろうと、クリスマスは漢二人で夜通しゲーム三昧と約束したはずだろっ!」
「……すまねぇ」
激しく詰め寄る俺に対し、親友はなされるがまま身を振り子のように揺らしている。ダメだ、完全に心ここに在らず。俺が手を離すと、そそくさとその場を離れ、廊下に待たせていたその彼女とやらと仲睦まじく何処かへ行ってしまった……。
おかしい……何かがおかしい。ここ最近、仲間が次々と同盟を脱退していく。ついに学校一の硬派だと思っていた彼でさえも、今は最愛の彼女とやらに現をぬかす腑抜けと化してしまった。一体、何が起こっているというのか――
◆
クリスマスを週末に控えた平日の昼休み。教室内では、そこかしこでカップルとなったクラスメイトがいちゃついている。
ある者達は椅子を向かい合わせておしゃべりに興じ、またある者達は至近距離で見つめ合う。独り身としては非常に居心地が悪い、目のやり場に困る状況だ。堪らず俺は机に突っ伏してみるが、それでも辺りの声が耳に届いてくる。普段出さないような甘ったるい声が木霊するこの空間は、甘いあまぁいスイーツ地獄……早く休み時間が終わって欲しいと思ったのは初めてかもしれない。
「ねぇ、真澄」
そんな中、俺に声をかけてくる者がいた。誰の声かは分かっていたが、ゆっくりと顔を上げてみる。
「……ユキか」
俺の視界に映るのは、幼馴染のユキ。彼女と俺は、幼稚園から高校に至るまでずっと一緒……言わば“腐れ縁”の関係であるが、女性と話すのが苦手な俺にとって、唯一気兼ねなく話せる異性でもあった。
「まさか、お前も“彼氏が出来た”だなんて報告をしにきたんじゃないだろうな」
「そ、そんなわけないでしょっ!」
「良かった。ユキも俺と一緒の独り身か」
「良かったって何よ……もうっ!」
俺はいつものように皮肉ってみると、ユキは特徴であるポニーテールの髪を揺らしながら語気を強めた。しかし、その顔は怒っているというよりも、どこか安心しているかのように見える。そして正直な所、俺も少しホッとしていた。最近、周りの連中は恋人に夢中で、話しかけてもまともに取り合ってくれないのだ。俺は久々に会話が出来る喜びを感じていた。
「でもさ、おかしくないか。どこを見回してもカップルだらけっていうかさ。何かあったんだろうか?」
「ま、真澄もそう思うよね。クラスの……私達以外のみんな、全員カップルになったみたいだし……」
「まさか」
まさか……声にしてみたものの、辺りを見渡す限り冗談ではないらしい。一人きりでいる者が見当たらないのだ。
「それだけじゃないの。隣のクラスも、上級生も、下級生も……それに、先生まで……みんな誰かしらと付き合い始めているみたいで……」
「……マジか」
ここまでくるともう、ブームという域すら超えている。何より一番気がかりなのは、この異常事態に他の皆は気にする素振りすら見せていない事だ。まるで何かに洗脳されているかのようで――
「なんつーか、あれだな。こういう状況になると、ファンタジーというかさ。魔法やら強い念みたいなので、みんな操られている感じだよな」
「あの、その事なんだけど……」
「ん?」
「……あ、いや……その……」
俺は冗談を言ったつもりだった。しかし、ユキは何か思い当たる節があるようだ。試しに少々睨みを利かせてみると、ウソをつくのが下手くそな彼女は面白いくらいに目を泳がせている。
「そういえばユキ。お前ちょっと前に変な占いやおまじないだとか……そんな感じのにハマってたよな」
「うん」
「突然、パタリと止めたよな。何かあったのか?」
「ぅえっ……!」
俺の問いかけに、ユキは思いっきり声を裏返らせている。これは絶対何か隠しているパターンのやつだ。追及する為、俺は思いっきり凄んでみる。
「何があった」
「……え、あの……恋の、おまじない。した」
「ほう……どんな?」
「え、えっとぉ――」
たどたどしく説明を始めるユキ。要約するとこうだ。
ある日ユキは、怪しげな古物屋を見つけたそうな。気になって中に入ってみると、これまた怪しげな老婆が一つの本を薦めてくる。中身は魔法陣やら呪文やらがずらりと書き連ねられたモノで、オカルトブーム真っ只中だった彼女は飛びつくようにしてその本を購入した……との事である。
「……でね、その本に、“クリスマスまでに彼氏が出来るおまじない”っていうのがあったから試してみたんだけど……」
「今の所、効果がないんだよな」
ユキは静かに頷く。そりゃそうだ。効果があったらもう彼氏が出来ていておかしくない。クリスマスは明後日なのだから。
「で、おかしいなぁってその本をもう一度読んでみたら……」
「読んでみたら?」
「……下の方に注訳で、“この呪いを使うと、非常に強力な呪術で貴女のライバルを減らしていきます。しかしそれでも彼氏が作れなかった場合は、貴方が指定した【生贄】は死にます”って書いてあった……」
「何だそりゃ」
なんて無茶苦茶な話だ。元々怪しい本なんだから、ちゃんと最後まで読めよ! しかも結局は自力で彼氏見つけなきゃダメなやつではないか……一体何しているんだか……って、んん? いや、待て待て待て……危うくスルーする所だったが、“貴方が指定した【生贄】”って……?
「……お前さ、まさかとは思うけど……その生贄、俺にしてないよな?」
「……てへっ♡」
ユキは茶目っ気たっぷりに“てへぺろ”を決めている。
……ぅぉぉおおおおおぃっ! やっぱ俺かいっ!!
「アホかっ! 何でそんな大切な事もっと早く言わないんだよっ!」
「だ、だってぇ……真澄に迷惑かけたくなかったしぃ。それに彼氏が出来ればバレる事なく済ませたハズだったからぁ……!」
「でも彼氏出来てねーじゃんかよっ!」
「うぅっ……それは……ごめんなさいぃ……」
ユキはしょんぼりとしながら身体を縮こまらせている。反省しているようだし、これ以上責めても仕方がないか……。
だがこれで、疑問だった点もようやく辻褄があった。皆にかかっている呪い……俺に効果がなかったのは、ユキによって生贄選定されていたからなのだろう。とは言え、他に頼む奴がいなかったとしても、何も言わずに俺を指定するのは理解しがたいが……。
「……うぅむ、どうしたものか」
それにしても、これはまずいことになったぞ。普段ならこんなオカルトまるっきり信じない俺であるが、今の異常な状況を考えると、そうも言っていられない。
先程ユキが言っていた“ライバルを減らす”……つまりそれは、ユキの周りの女子達にどんどん彼氏が出来ている事に繋がっているのかもしれない。しかしそれは同時に彼女の周りにいる男子達がその対象となっている訳で、結果的に彼氏候補も減るという悪循環となっているのが現状だ。果たしてまだ付き合っていない男子は、残りどれくらいいるのだろうか……?
「ユキ、好きな奴はいるのか?」
「……の、ノーコメントっ! い、言っとくけど、形だけ付き合うのもダメなんだって。真澄が今ここでテキトーに“付き合う”って言ってもダメなんだからっ!」
「……んだよ、よく俺の考えてたことが分かったな」
「……そりゃ、私達幼馴染だもん! 真澄の考えている事なんか、すぐ分かるわよっ!」
褒めてもないのにユキはえへんと胸を張る。まあ俺の考えをドンピシャで当ててくる辺り、流石と言えるが。
「まぁいいや。そもそも何を基準にして、付き合ったって事になるんだ? やっぱ告白が成功したらなのか?」
「それは……」
話の流れ的にも、俺は至極普通の疑問を投げかけたつもりだった。それなのに、ユキは何故か俯いてしまう。
「おい、どうした?」
「……キス」
「は?」
「好きになった異性と、唇同士でキスしなきゃ……ダメなんだって……」
「……マジかい」
ユキはふっと目を背ける。おいおい、想像していた以上にハードルが高いな! 流石に冗談でキスなど出来ないし……てか嫌がられるだろうし……い、いや、そもそも俺だって恥ずかしいしっ!!
「……どうすんだよ、まともに動けるのって明日のイブくらいじゃんか」
「うん……だ、だからさ。真澄に手伝って貰いたくて……お願いっ!」
彼女は俺の前で深々と頭を下げる。
「いや、どうもこうも……手伝わなかったら俺が死ぬんだし。やるよ……明日一日付き合ってやるから」
「ホ、ホントに!? ありがとっ!」
顔を上げたユキは、ぱぁと明るい笑顔を見せた。呆れた俺は、彼女のおデコに軽くデコピンをお見舞いする。
「いたっ! も〜っ!」
「……まだ喜ぶのは早いっつーの!」
「てへっ」
「はぁ……やれやれ」
こうして今年のクリスマスイブは、半ば強引な形でユキの彼氏探しを手伝うハメになってしまったのだった。
◆
鳴り響くクリスマスソング、煌びやかに装飾されたイルミネーション。ここは、都内でも有名なデートの待ち合わせ場所である。俺はここで、地獄のようなひと時を味わっていた。
「寒ぅい……お手々が凍えちゃいそ♡」
「なんだよナツミは……手袋忘れたのか? ほら、俺が暖めてやるからこっちに来いよ」
「……」
「ジュンにゃんっ♡ お待たせぇ♡ 遅れてゴメンにゃん♡」
「だいじょうぶだよぉ、みぃにゃん♡ 僕も今来たところだからねぇ……チュッチュッ♡」
「……っ」
右を見ても、左を見ても、カップル、カップル、カップル! 先日の教室の比ではない……ぶつからずに歩くのも困難なほど混みあったこの場所に、所狭しとカップルが腕を組みつつ佇んでいるのだ。会話の中身も聞いててゲロ吐きそうな内容で……皆イカれたようにイチャついている。
「……はよ来い」
俺はこの日何度目かの独り言を呟く。出来るだけ心を無にしながら、俺はユキの到着を待ち続けた。クリスマスに関わらずデートスポットに足を運ぶ機会は無かったのだが、独り身にとってこんなにダメージを負う場所だとは思わなかった。
「ごめーん、真澄! 遅れちゃったぁ」
ここでようやく、背後からユキの声が聞こえた。俺は文句の一つでも言ってやろうと、勢い良く振り向く。と、そこには……!
「はぁ……はぁ、ホント、ごめんねぇ……!」
「……っ」
普段はポニーテールにしているユキが、今日は髪を下した状態で現れた。さらりと伸びたストレートの髪は、腰元まで伸びている。
更には見慣れてしまった制服姿から、まっさらなコートを身に纏う彼女。その中に覗くは、もこもこのニットワンピに、ニーハイソックスの組み合わせ。太ももに作り出された“絶対領域”には、否が応でも目が向いてしまう。
「うぐぐ……」
いつもとは違う雰囲気……たったそれだけの事なのに、妙に色っぽく感じてしまった。俺は言おうとしていた言葉を飲み込んでしまい、思わず身体が硬直してしまう。
「ん? どうしたの?」
「いや……その。いつもと違って……その、いいと思うぞ……」
「え……! う、うん。あ、ありがと……」
ユキの方も、まさか俺に褒められるとは思っていなかったのだろう。顔を真っ赤にさせながら照れ笑いを浮かべている。な、何だよ……可愛いじゃんか……。
「……はっ!?」
いかんいかん。俺が惑わされてどうする!? 今日の目的はユキの彼氏を見つける事だ。気を引き締めていかなくてはっ!
◆
俺達がまず訪れたのは、“恋愛運を高める”神社だった。
どうやらここは有名なパワースポットのようで、小さな鳥居を潜った先にある神殿にお参りすると、思い人と出会えたり、互いの愛が深まる等、恋愛絡みの願い叶うとの事である。ユキは前々からこの場所をチェックしていたらしく、この場所であれば、出会いを求めた男性がいるかも……と推測していた。
この日はクリスマスイヴという事もあり相当な行列が出来ていたが、俺はユキと他愛ない話をしながら順番を待ち続けた。一時間ほど並んだ所で、ようやく俺達も境内に入れる順番が回ってくる。では早速……と鳥居を潜ろうとした時、ユキによって呼び止められた。
「ねぇ、この鳥居の先からは、二人で入る場合、手を繋いで入らないとダメなんだって」
「……ええっ!?」
マジかよ……直前になってこいつは何て事を言い出すのだろうか!
「……いや、俺達が手を繋いだら、おかしな事にならないか?」
「そうかな? 周りからしたらカップルに見られるだけで、疑問に思われないんじゃない?」
「あのなぁ、それが問題あるんだろ。お前の彼氏探しに来てるのに、俺と手を繋いでたら見つかるもんも見つからないだろうが……!」
「う……うーん。でも、約束を守らないと、運気が下がっちゃうって言うし……」
「……っ」
確かに、ここでユキの運気が下がってしまっては、イコール俺の運命も危ういって事になる。目ぼしい奴がいれば、その時点で手を離せばいいか。くそ……仕方ない!
「……んだよっ。ほらっ、手っ! 繋ぐぞっ!」
「……うん」
ユキはおずおずと手を伸ばしてくる。俺も覚悟を決め、手を繋ごうと腕を伸ばすが……触れ合う寸前の所で、思わず手を引っ込めてしまった。
「どしたの?」
「……いや、まぁ……」
うぅっ……な、何でこんなに緊張するんだろう……っ!? 再度手を握ろうとするものの、その手が近づくにつれて俺の鼓動も騒ぎ出してしまう。
思えば“人と手を繋ぐ”という行為をしたのは、いつ振りだろうか……? 小学生時代の手繋ぎ遠足が最後だったとすると、五年は経っている。思春期を迎えた俺には、幼馴染とはいえ異性であるユキに躊躇しまくっていた。
「んー? 真澄ー?」
流石にこの行動に違和感を感じたであろうユキは、俺の顔を下から覗き込んでくる。
「……ねぇ真澄。もしかして、私と手を繋ぐの……恥ずかしいのかな?」
「……っ! ちげーしっ! 俺の手が汗掻いてたからさ! ……んっ! ほらっ!」
何故かにやけているユキに、俺は思わず強がりを言い放ってしまう。だが、言葉にしてしまったからには行動に移すしかない……俺はゴシゴシとズボンで汗を拭うと、ぎゅっと彼女の手を握りこんだ。
「……っ!」
や、柔らかい……! ゴツゴツした俺の手とは違う、女の子の手。くそぅ、意識しないよう注意しても、どうしても手先に神経が集中してしまっている……! 落ち着け、落ち着け、落ち着け……!
「ふふっ」
俺の姿を見てか、ユキは小さく噴き出した。余裕の無い俺に対して、相手は顔を赤らめているものの、笑顔を見せる余裕があるようだ。
「な、なんだよっ」
「いや……なんか、可愛いなぁって思って」
「……うっせ! 早く行くぞ。ほらっ!」
俺はユキの手を少し強めに引きながら、境内の中へと進んでいった――
◆
結局、神社での収穫はゼロであった。よくよく考えてみると、あのカップルだらけの行列に一人で並ぶ猛者などいるはずが無いのだ。完全に無駄足を食ってしまった形である。
後のプランを少しも考えていなかったそ俺達は次に向かう場所を決めるべく、お洒落なカフェに入店していた。しかしここでも、俺にとって恐ろしいイベントが待ち受けていたのである――
「……え? これってどういう事……?」
まず、俺達が通された席は二人席。通常なら、テーブルを挟んで向かい合わせになるはずである。だが、この日の席は全て横に座るようにセッティングされていた。席自体も広くない……密着するような距離で、腰を下さなければならない状況だった。
「えへへ……実はこのお店って、今日と明日はカップルじゃないじゃないと入店出来ないんだよ。一度来てみたかったんだよねぇ♪」
「……っ」
マジでこいつは何を考えているのだろう? 俺はなるべく背筋を伸ばし、ユキの身体に触れないよう細心の注意を払っているのに、向こうは一向に構わないといった感じで、ゆったりと腰掛けてくる……。くそぅ、一人でどぎまぎしている俺がアホみたいじゃないか!
「んで、この後どうするんだよ? もう夕方だぞ。時間無いぞっ!」
「……あ、すみませーん。このスペシャルパフェお願いしまーす!」
「話聞けよっ!」
ユキは俺の気も知らないで、暢気に注文を始めた。まぁ、ちょっと甘いものは食べたかったんだけどさ……。
「ここの店のパフェってね、凄い大きくて有名なんだよ。それに今日はクリスマス仕様で……って、あーきたきたっ!」
ユキは一際大きい声を出して俺の後ろを指し示す。
「……うぉっ、なんじゃこりゃっ!?」
それは、まるででかでかと聳える巨木……いや、これはクリスマスツリーを模っているのだろうか。チョコレートソフトを樅の木に見立て、フルーツで全体をデコレーションしている巨大パフェだった。店員が二人掛かりで運んできている事からしても、尋常でない量と伺える。
「いや、これ……二人でも食べきるの無理だろ……」
「いいからいいから♪ 私甘い物の消費には自信あるしっ!」
テンションが上がっているユキには悪いが、俺はこのパフェを目にしただけで胸焼けがしてきた。とはいえ食べなければ先へは進めない。なんて場所に来てしまったんだ……俺はぶつくさ言いつつスプーンを手に取り、早速パフェに手を付けようとするが、
「……あれ? スプーンが一個しかない」
店員のうっかりミスだろうか。俺は近くにいる店員に声をかけようと手を挙げるが、その動きをユキが制してきた。
「真澄、違うんだよ。ここのパフェって、元々スプーンは一個しか付いてないの」
「……はぁ?」
素っ頓狂な声が出てしまった。こんなに巨大なパフェをスプーン一個でって……めっちゃ時間かかるやつじゃん。いや、え? そもそも二人なのにどうやって一つのスプーンで食べるんだ……?
「むっふっふ……」
「……何だよ」
ユキは思慮を巡らす俺を見て、含み笑いを浮かべていた。そして、これを読めと言わんばかりに、メニュー表を得意げに翳してくる。
「……えーなになに、“このパフェは、二人で一つのスプーンを使って食べて下さい。たっぷりのパフェを食べながら甘いひと時をどうぞ♡”」
……書いてある文をそのまま読み上げてみた。だが、俺の脳はその意味を理解しようとしていない。ゆっくりかみ締めるように、何度も頭の中でその言葉を反芻する。
二人で一つのスプーン、二人で一つのスプーン……二人で……一つ…………って、んぉぉぉおおおいっ!
「ばっ……お前何だよこのパフェっ! こ、これじゃ……か、間接……って事になるじゃねーかっ!」
「うん。でもそういうルールだから仕方ないよねぇ。スプーンもう一個用意すると十倍の料金取られちゃうみたいだしさ! ねぇもういいから食べようよぉ。はい、あーん……♪」
俺の意見などまるで聞き入れないユキは、すっと目を閉じると、逆に口を少し開いて俺の方へ向き合った。少しあっけにとられた俺だったが、すぐに何を求めているのか理解する。これは……“パフェを食べさせろ”って事なのか。
「おい! 何してんだよっ、ユキっ!」
「……」
どうやら俺の考えは間違っていないらしい。ユキは何を言っても微動だにせず、ただひたすら俺が掬うスイーツの到着を待っている。
「……~~~っ!」
我慢比べは俺の負けだった。俺はパフェの中にスプーンを突っ込むと、可能な限り掬い取り、少し乱暴に彼女の口へとねじ込んでやる。
「んむっ!? んうぅ……ちゅめたっ。もぅ~……量が多いよぉ! ん……でもおいし♪」
口の周りにクリームを纏わせながら、幸せそうに顔を綻ばせるユキ。指で唇を拭う仕草がセクシーで、思わず視線を逸らしてしまった。こっちは意地悪しているつもりなのに、相手の反応が思うようにならず、どうも調子が狂う……。
「真澄、ありがと。はい、じゃあ次は私!」
「えっ、いや……いいよ俺は……」
「いいからいいから♪ おっとっと……」
ユキは俺の手からスプーンを奪い取ると、お返しとばかりに大量のパフェを掬い取り、俺の口元へと寄せてくる。
「バカ……食えねぇよ……」
「真澄は男の子なんだから、大きく口を開けばいけるって!」
「……」
ユキは笑って言うが、違うんだよ……量じゃないんだよ。俺が気にしているのは……その、お前が口をつけたスプーンで食べる事の方なんだよ!
「あーホラ早くっ! 垂れちゃう垂れちゃう……!」
「……だーもうっ、分かったよっ!」
浮かれた今のこいつには、俺の気持ちなんて分からないのかもしれない。何だか悩んでいるのがバカらしくなった俺は、しぶしぶと口を開ける。次の瞬間、冷たく甘い味が口内に拡がった。
「んふふ……溢さないでね」
「ふぐぐっ……」
「ほぉら、ちゃんと食べるっ!」
俺はなるべくスプーンに触れないよう、唇の先でパフェだけをこそぎ取ろうとしてみたものの、ユキが舌にグリグリと押し付けてくる為、しっかりと撫で取る形となってしまった……。
「どう? 美味しい?」
「ああ……」
正直、味の詳細について考える余裕は無かった。それよりも、俺はユキの笑顔を見て、複雑な思いを感じていたから。
何でこいつ、こんなに楽しそうなんだよ――と。
◆
店を出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。いよいよイルミネーションが本領を発揮し、より一層の輝きを見せている。行き交う人々もクリスマス一色の雰囲気を心から楽しんでいるようだった。
だが一方で、俺の心は焦りに満ちていた。タイムリミットまであと数時間。間に合わなければ死ぬという状況。一刻も早くユキの彼氏候補を見つけなければならない。それなのに――
「あ、真澄! あそこで写真撮影やってるみたい! ほら、後ろにハート型のオブジェがあるよ。ねぇ、一緒に撮ってもらおうよ!」
「……」
店を出てからというもの、何故か俺の腕に絡みついているユキは、嬉々としながら撮影場所を指差している。
「うわっ、ねぇ見た!? チューしながら写真撮ると撮影代無料なんだって。キャーっ、どうしよっ!」
「……っ」
もう、時間が無いんだぞ。それなのに……俺の気も知らないで、ユキは……。
「……ん? どうしたの? 聞いてる?」
「……っっ」
もうダメだ――我慢の、限界だった。
「……いい加減にしろよっ!」
「……え」
思った以上に大きい声が出た。周りの視線も一気にこちらに集まる。ユキも同様に、目を見開いて俺の事を眺めていた。
しかし、一度火が付いた俺はもう止まらない。今まで堪った鬱憤が一気に爆発した。
「お前、本気で彼氏を作ろうって思ってんのか! 何なんだよさっきっから! 俺と楽しんでどうする!? 早くしなきゃ死ぬんだぞっ!」
「え……いや、違くて……」
「何が違うんだよっ! あと数時間だって、分かってんのか!?」
「……分かってるもん」
「分かってるって!? じゃあ分かってて何でこんな事してんだよっ! ふざけんなよっ!」
「……」
一気に捲くし立てると、ユキは次第に何も喋らなくなってしまった。笑顔だった表情は一転し、悲しそうに唇をかみ締めている。
「な、何だよ……泣くのかよ……」
ユキの反応に、俺は冷静さを少し取り戻す。とは言え、強気な姿勢は崩す気はない。言い過ぎてしまった感は否めないが、彼女の行動の意図が全くもって理解出来なかったのだから。そして何より、こちらは命がかかっているのである。
「……バカ」
「は?」
「分かってないのは……そっちだよ……」
搾り出すように声を震わせたユキ。その言葉は、謎を更に深めるだけであった。
「……もういいっ!」
「あっ……おいっ!」
俺の静止を振り切り、ユキは駆け出していく。あっという間に人ごみに飲まれ、その姿を見失ってしまった。
「何だよ……意味分かんねぇよ」
取り残された俺は、誰に言うわけでもなく独り言つ。悪くないと思っていたが、側から見ると完成にこちらが悪者で、何故だかとても心が痛くなってしまった……。
◆
いない、いない。何処にもいない――
あれから数時間。俺はひたすらにユキを探して回っていた。彼女のスマホにメッセージや電話で連絡を取ろうと試みるも、返事は愚か既読さえ付かない。残りの時間は一時間を切っていた。俺はこのままだと死んでしまう! 心臓麻痺なのか、交通事故なのか、隕石の衝突なのか……いやいや、いずれにしたって嫌だっ!
「おーいユキぃっ!! 何処だーっ!? 返事をしてくれーっ!」
寒空の下、大声を張り上げるも、賑わうこの場所ではすぐにかき消されてしまう。もしかして家に帰ってしまったのか……いや、まだここに残っている可能性もあるし……
「――っ!?」
大通りを駆ける俺の視界に、一瞬だがよく見た姿を捉えた。慌てて反転し、一つ入った裏路地を覗き直す。
「……ユキっ!」
いた、見つけた! 俺は安堵と共に彼女の元に駆け寄ろうとするも……
「……っ!? だ、誰だよそいつ……」
ユキの横に寄り添う男が一人。二人はゆっくりと俺の方へ振り向いた。
「あぁ? 誰だテメェ」
「……」
俯き加減のユキに対し、彼女の肩に馴れ馴れしく腕を回すその男……カラフルに染め上げたかち盛りのヘアに、顔中着けられた銀のピアス。服の隙間から覗く日焼けした肌は路地裏の暗さも相まって一層黒く見える。所謂ギャル男という奴だ……こんな奴、ユキの知り合いにはいないはずである。
「おいユキ、何だよ、その男……?」
「え……この人は、し、知り合いと言うか――」
「――俺っちの“彼女”だよ、な?」
「……はぁっ!?」
俺とユキの会話を遮って、その男はあざ笑うかのように言った。“彼女”って……まさか、ユキはこんな奴と付き合う事にしたって言うのか!?
「う、嘘だろ……?」
「……っ」
俺は真偽を確かめる為、ユキに声をかけるも、彼女は奴の言葉を否定する返事を返さない。男はそんな彼女をぐいと胸元に引き寄せると、腰元に手を回していやらしく撫で始めた。
「いやぁ俺っちもラッキーだぜぇ。一人でブラブラ歩いてたら突然この女が“彼氏になってくれ”って泣きついてきてよぉ。こっちは彼女いるからって言うのに、どうしてもって必死だったから、こいつも彼女にしてやる事にしたんだぜぇ……ぎゃはははっ!」
男は俺達の前で下種な笑いを響かせている。見た目通りのクズ野郎だ……こんな奴に付いて行ったら、ユキがとんでもない事になってしまう!
「おい、ユキっ! 早まるな! とりあえずこっちに来いっ!」
俺はユキを取り返そうと腕を引っ張るが、その手を彼女自身が振り解く。
「ユキ……」
「……もう、いいんだもん。私、この人と付き合う事にしたんだから。真澄も助かるし、私も彼氏が出来たんだし……もう、いいんだよ……」
「そ、そんな……」
ユキは何もかも諦めたかのようにポツリと呟いた。でも、付き合うって……その男でいいのか? ぜ、全然嬉しそうじゃないじゃんかよっ!
「っつー訳だ。誰だか知んねーけど、邪魔だから消えろよ。こっちはこれからこいつを好みのギャルに変身させんだからよぉ。肌を焼いて、タトゥー彫って……そうだなぁ、この長い黒髪は、金髪のドレッドヘアにでもしてみっか。ぎゃはははっ!」
「……ひっ!? 嘘……!?」
予想外すぎる男の言葉に、ユキは顔面を引きつらせて怯え始めた。とんでもない野郎だ……会って時間も経ってない人に対して行う仕打ちではない!
「嫌……やっぱり嫌だよぉ!」
「んだテメェ! 今更取り消せる訳ねーだろ! こっちはもう付き合ってるんだから、俺っちの言う事に従うんだよっ、ほらっ! 早く来いっ!」
全身を強張らせているユキを、男は強引に連れ出そうとしている。このままじゃ……ユキは……!
「助けて……真澄……っ! 嫌……嫌ぁっ!」
「ちっ、うるせぇなぁっ! ちっと黙ってろ、おらっ!!」
駄々を捏ねるユキに痺れを切らした男は、腕を大きく振り上げる。こいつ……ユキを殴る気だっ!
「…………止めろぉぉぉぉっ!!!」
――その瞬間、俺は身体が勝手に動き出していた。
「っ!? ぐはぁっ!?」
男が視線を外したその一瞬、俺は身を乗り出してタックルを仕掛ける。それは運良く相手の脇にクリーンヒットしたようで、男は漫画のワンシーンのように横っ飛びした後、二回転ほど転がり先にあったゴミ箱に突っ込んでいった。
しばらく経っても起き上がってこない。恐る恐る様子を伺うと、男は打ち所が悪かったようで、目を回して気絶している状態だった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
全身がカッと燃え上がるように熱くなっているのが分かる。喧嘩もろくにした事のない俺が、随分大胆な事をしたものだ。でも、後悔はしていない。“こんな奴にユキを渡したくない”……心からそう思った上での行動だったから。
「ユキ……大丈夫か?」
「う、うん。真澄……ありがとう……」
「バカやろう……よりによって、あんなヤバい奴選ぶなよ……!」
「……ごめん。うぅ……怖かったよぉ~……」
相当怖かったのであろう……ユキは全身を震わせ、涙で顔をくしゃくしゃにしていた。俺はそっと彼女の身体を抱きしめてやる。
「……お前、絶望的に男選ぶセンスないのな」
「……えぐっ……う、うるさい……真澄のせいだもん……バカ……!」
「もうお前彼氏探すの止めろよ。こっちも気が気じゃねーよ」
「……じゃあ、どうすんのよ……バカ……!」
「……だから、その……。お、俺が、彼氏に……なってやるよ……」
「……バカ」
ユキは俺の胸元で声を震わせた。そして俺の方も、こんなくさい台詞を口にしてしまって、恥ずかしさで身体が痙攣している。
――だが、ようやく分かった。今日一日、ユキとデートしてみて。そして、今のこの一件で……はっきりと確信した事がある。
「――顔、上げろよ」
「……恥ずかしい。お化粧も取れちゃってるし……私きっと、酷い顔だよ……」
――俺達は、不器用なんだ。小さい頃からずっと、ずっとそうだった。
「化粧なんて、良いんだよ。こっちは昔っからお前の色んな表情見てんだよ」
「で、でも……」
――俺は、誰よりも互いに特別な感情を持っていたのに、ずっと傍にいたから気づかなかったんだ。
そう、俺はユキの事――
「――好きだ。俺、ユキの事が、好き」
「……っ!?」
「ユキはずっと、俺にアプローチしてくれてたんだよな。でも俺、鈍感だから気づかなくて……」
「うぅ……バカ……っ! ホントだよぉ! 気づくのが遅いよぉっ……!」
「ごめんな……ごめん……」
思えば、ユキは最初から彼氏候補を俺と決めていたんだ。俺を生贄に指定する事で、洗脳されないようにして。今日一日俺とデートして、“好き”と直接言わないにしても同等のアプローチをし続けて。
良かった……この気持ちに気づけて良かった。危うく俺は、大切な存在を失う所だった。
「ユキ」
「……ん」
俺は真っ直ぐ、ユキの目を見つめる。すると彼女は何かを悟ったかのように、すっと目を閉じた。それは、先程パフェを求めた時のように、俺に何かを求める姿だ。
「……っ」
一歩前に踏み込む。視界がユキで埋め尽くされた。
鈍感でごめん。ヘタレでごめん。でも今は、勇気を出すから……!
そっと唇を寄せる。ふわりと、柔らかな感触が伝わってきた――
◆
俺がユキから離れると……不思議な事に、やたらと周りの喧騒が耳に届くようになった。辺りを見渡すと、カップル自体は目に付くものの、取り憑かれたようにイチャつく人達はいなくなっていた。
「……やった。間に合ったのか」
時間を確認すると、まさに今、午前零時を回った所だった。ギリギリ間に合ったようである。
「ねぇ、私の事いつまで放っておく気?」
「あ……」
ユキは軽く俺のおでこを小突くと、顔をむくらせながら腕にしがみついてくる。
「……これから、どうする?」
照れてしまった俺は、思わずそっと空を仰ぐ。
「そんなの決まってるじゃない」
ユキは腕に力を込めてきた。
「せっかく恋人同士になったんだから。クリスマスデートの続き、しようよ」
「……ああ、そうだな」
そう、今日はクリスマス。イブのデートは友達として。そして、恋人としてのデートは、これから始まるのだ――
とりあえず、クリスマスに間に合ってよかった。
いずれ後日談をノクターン版で書こうと思っています。……時間さえあればね!