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はっじまっるよぉーっ!


「よう」

「あ、悟くん」


 抜いた雑草を片手に握りながら振り向いた楠原さんは、まるで何事もなかったかのように笑顔だった。俺はチャリを校庭の端に停めてから楠原さんに近づく。


「大変そうだな」

「もう暑いし腰痛いし大変だよ。にゃんにゃん」

「……へー」


 要するに、ムダに上がった口角といい、わかりにくいジョーク(今回の場合、草むしりのせいで猫背になったことをネコの鳴き声で婉曲的にアピール。ほんとわかりづらい)といい、普段の楠原さんとあまり変わりはなかった。


「この前は……ごめんね。怒られなかった?」


 変わりはなかったが。気にはしているようだった。実はあの説明会の一件以来、会うのは久しぶりだったりする。


「ガッツリ怒られた」

「わー、ごめん!」

「別に。怒ってるわけじゃない」


 そう言いながら、俺は楠原さんの隣に腰を下ろした。無言で足元の雑草を二、三本抜く。


「あ、手伝わなくていいよ。わたしの罰だから」

「俺もほぼ共犯みたいなもんだろ」


 昔の俺なら草むしりなんて手伝おうと思わなかっただろう。

 効率が悪いと言って、鼻で笑って無視していたと思う。

 でも今の俺は……


「…………ねえ、悟くん」

「ん?」


 考えていると、珍しく沈黙を守っていた楠原さんが口を開いた。


「この前の質問、答えるね」

「この前って……金曜の?」

「うん『どうして青春をしようと思ったんだ?』っていうアレ」


 やっと答えを聞ける時が来たらしい。俺は黙って聞くことにした。


「悟くんはビックリするかもだけど、わたしもこっちに転校してくる前までは、普通の女の子だったんだよ」

「普通って?」

「効率がどうとか、ムダがどうとか、すっごくうるさい系女子」

「……は?」


 俺は驚きのあまり雑草を抜きかけた手を止めた。

 そんな雰囲気、今までまったく感じなかったのだ。ていうか俺でなくても誰だって驚いて手を止めると思う。


「じゃあなんで今、そんな……」

「そんな、って。ひどいなぁもう」


 俺の失言をカラカラ笑い飛ばして、楠原さんは続けた。


「高校生になる前におじいちゃんが死んじゃってね。その時の遺品整理で……コレを見つけたのがキッカケだったんだ」


 そう言いながら、楠原さんは生徒手帳から数枚の紙を取り出した。

 表を見るとそれは昔の写真だった。撮影年は二〇一六年。歴史の教科書の最後の方に出てくるほどの昔だ。俺たちと同年代の男子が写っている。


「これ全部うちのおじいちゃん。『青春』って書いてあったアルバムに入ってたの」


 しかし、今の高校生とは目の輝きがまったく違った。

 その表情には、何か心躍るような。

 見る者に高揚感を覚えさせるような、パワーがあったんだ。


「わたし、この写真見ていいなって思ったの。効率を考えてなくて、心から笑ってて……わたしもこんな風になりたいって思った。それで『青春』に興味を持ったの」


 体育服を着て全力で走っている姿。

 後ろ向きでロッカーにハンガーを投げる姿。

 校舎をバックに焼きそばを作っている姿……。

 そんな写真を見て、すべてに合点がいった。


「それで、写真に写ってること、全部試そうとしたんだな……」

「うん。写真のマネをしていれば、『青春』できると思って。大変だけど全部やってみようと頑張ったんだよ?」


「でも、ね」 


 と。

 続いた逆説は、文章だけでなく楠原さんの雰囲気も逆転させて。

 そこには、いつものエネルギー溢れる楠原さんはいなかった。


「やっぱり、わかんないなぁ……『青春』って何なのかなぁ……」


 それは、誰も知らない青春を探して。

 青春のない世界で孤独に戦って。


「学園祭すれば……わかると、思った、のにっ……」


 ずっと不安に耐えてきた楠原さん『そのもの』で。

 きっとその時、俺は初めて本物の楠原さんに会ったんだと思う。

 そして。

 俺は、居ても立ってもいられなくなった。


「…………行こう」

「え? わ、ちょっ、悟くん!?」


 楠原さんの手を握って引っ張る。目指す先は学校の外。


「どうしたの悟くん? ねえっ!」

「賛同者を集めよう」

「……え」


 ピタッと足を止めた楠原さんを振り返る。

 そのままお互い視線を外さずじっと見つめ合った。

 そして


「やろうぜ、学園祭!」

 俺は決意表明とばかりに、声を張り上げたんだ。

 久しぶりに聞いた、効率の悪い自分の大声。

 それを聞いて楠原さんは驚いたように一瞬硬直して……


「……うん、うんっ! やろう、学園祭!」


 俺と同じくらい効率の悪い大声で、答えてくれた。

 そして……


「何を騒いでいる!」

「げっ!」


 その大声は教頭まで呼び寄せてしまった。

 楠原さんの様子を見に来て、俺たちを発見したのだろう。怒った歩き方でこっちに近づいてくる。距離、百メートルくらい。


「ど、どうしよう、悟くん」

「……楠原さん」

「うん?」

「乗って!」


 俺は脇に停めておいたチャリを指さした。

 鞄をカゴに放り込み、急いでサドルにジャンプ。

 荷台を指さして乗るように楠原さんを促した。

 タイヤが少し沈み、温かくて柔らかい感触を背中に感じる。


「しっかり捕まっとけよ!」

「うんっ!」


 楠原さんの返事を聞いたと同時に、俺は全力でペダルを踏み込む。


「うおおおおおおおおおおおおっ、グッドスピード!」


 今まで散々出し惜しんできた十代の体力をここで解放。

 最初こそフラついたが、ペダルをこぐ度にぐんぐんスピードが上がって行く。

 タイヤの擦れる匂いと、風を肌で感じながら一気に校門を駆け抜けた。


 そうやって全力で道路を走っているうち、俺はやっと気づいたんだ。


 俺はうらやましかったんだ。

 自由で、何事にも全力で、毎日を楽しむ、楠原さんのことが。

 でも、それを認めてしまうのが悔しくて。

 悔し紛れに「効率が悪い」と悪態をついていたんだ。

 でも今は違う。

 自分が楽しいって感じることを、全力でやりたい。

 自由な楠原さんと『青春』を楽しみたい。

 そんな欲と願望が心の底から溢れて仕方ない。

 ……だって、ほら、見てくれよ。


「ふふふ……ふははは」

「悟くん?」


 全力を出して教頭から逃げている今が。

 効率を考慮もせず二人乗りをする今が。

 大人に真正面から反抗をしている今が。


「くくく……はははっ!」

「あはははっ、悟くん笑ってる! いいねぇ!」


 こんなにも、こんなにも楽しい。

 ムダだと思っていた感情が、心の中で一斉に色を付ける。

 憎んでいた効率の悪い運動が、俺の全身に熱い血を通す。

 世界はそんな、愛すべき非効率で満ちていると、知ったのだから――


「……本当にいいの?」


 と。

 声がして、見晴らしのいい直線道路で一瞬振り返る。

 笑顔の裏に不安を隠した楠原さんがいた。


「わたし、迷惑かけるよ? 体育の授業全部出るよ?」


 そして分かりきったことを


「学級委員も毎年するよ? 最近はガールズバンドにも興味持ってるし」


 言い始めて


「こうなった以上、学園祭もやり切るよ? どれだけ反対されても」


 不安をいよいよ前面に出し


「それでもわたしと『青春』を……探してくれるの?」


 俺の背中に、頭をくっつけた。


「…………」


 それは余韻たっぷりに続いた何秒かの出来事。

 しかし俺はすでに答えを出していた。


「……もうちょっとで見えるよ、海」

「え?」


 何があっても、俺はこれから楠原さんの味方をするって。

 この『青春』のない世界で『青春』を探してやるって。

 だから俺は、夕焼けの海を目前に大きく息を吸い込んだ。

 汗まみれの肌が潮風を感じる。

 潮の香りが鼻をくすぐる。

 開けた視界に、海が、広がって――





「バッカやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」





 俺たちはその日、青春なき世界にケンカを売ること決めたのだった。





 そして、半年という時間が流れて。

 にわかに騒がしくなった学校に、俺はいた。

 本日のホームルームは諸事情により休み。

 代わりに俺は校舎の片隅で一人の女子を待っていた。


「遅いなぁ……着替えに時間かかってるのか?」


 そう呟きながら階段に座る。

 そのままなんとなく耳を澄ましていると、校舎の外からいろんな声が聞こえてきた。


「キャプテン……俺、部活辞めようと思うんだ……」

「いったいどうしたんだ、副キャプ」

「俺、副キャプなのにベンチだし、最近足引っ張ってばかりだから……」

「バカヤロぉ! 甘ったれるんじゃねぇ!」

「ぐはっ、な、何するんだよ!」

「あの時約束したじゃねえか! 一緒に全国目指すって!」

「キャプテン……」

「お前が自分を諦めても、俺はお前を諦めない!」

「キャプ、テン……うわぁぁぁん!」


 熱い涙と抱擁を交わして、先日結成された男子野球部の声は遠くなっていった。

 また、こんな声も聞こえてきた。

 テントの設営をする男女たちの会話。


「おい、もっと学校で別のイベントできねえかな?」

「例えばどんなの?」

「うーん……生徒全員で旅行に行くとか」

「いいなそれ! 俺、家族以外と旅行したことないんだよ! 京都に行きたい」

「わたしも思いついた! 学校を二つに分けて体育の成績を競うってのは……」

「それもいいな! 終わったらあの二人に相談してみようぜ! えーっとあの……」

「二年の倉田と楠原! 学園祭実行委員の!」


 ああやべ、また面倒事の相談が来そうな予感。

 俺は気持ちちょっとだけ息を潜めたのだった。

 そして他にも、こんな声が……


「おーい、遅れてごめーん」


 ああ、これは俺の待っている声だった。

 振り向くとそこには、俺の待っていた人物――楠原ゆとり。赤いチェックにフリルのあしらわれた、ガールズバンドのボーカルスタイルでの登場だった。


「どう? 似合ってるでしょー?」

「ああ。でも歩きにくそうだな」

「ホントだよー。外は賑わってて全然身動き取れないし、大変だった」


 カラカラと笑って、そしてその表情を一瞬で感慨深そうに変えて、窓から校庭の賑わいを眺める。


「……ここまで来るの、大変だったねー」

「ああ、そうだな。誰かさんが足引っ張るから」

「でも、それも『青春』って感じ?」

「……そうだな、あとは楽しむだけ」


 そう。

 あれから俺たちは全力で働つづけた。

 まず教頭に謝るところから始め、資金の調達、運営、安全指導などなど。

 そうしているうちに、いつのまにか仲間が増えていた。

 一人、また一人と俺たちのところに集まって来たんだ。

 そして気がつけば、青春は学校中に伝染して――


「……じゃ、そろそろ時間だし、行くか」

「うんっ」




 今日という、学園祭当日を迎えているわけで。




 うわああああああっ! と肌を震わせる盛り上がった雰囲気。

 模擬店から漂ってくるソースや甘辛タレの祭り祭りした匂い。

 乱立した部活の部員が、野太い声で模擬店や出し物を宣伝している声。

 そのすべてに『青春』はあった。

 それぞれにそれぞれの『青春』が宿っていたんだ。

 そして……


「あ、そこ段差あるから気をつけろ……ほれ、手」

「ん、ありがと……悟」

「どういたしまして、ゆとり」


 俺とゆとりの間にも、『青春』は続いていて。

 まあ、そういうことになっている。

 そんなことを考えていると、学園祭メインステージ裏に到着。

 MC里中がいい具合にステージを温めてくれていた。


『ではお時間ということでー、記念すべき第一回学園祭開会のスピーチをしていただきましょう! マイクを握るのは……もちろんこの二人だァ!』


 こいつが一番青春色に染まったと言っても過言ではないと思うのだ。

 そう思いながら、マイクを手に俺とゆとりは壇上へ上がって……。


「じゃあさっそく開会宣言、いっきまーす!」

「ムダなことを楽しもう!」

「効率なんて無視しましょーっ!」

「辛い昨日を笑い飛ばして!」

「見えない明日を期待して!」

「今この時間を楽しんで!」

「世界はそんな『青春』で溢れてる!」

「そういうわけでぇ――」


 俺とゆとりは、声を合わせて、高らかに宣言した。





『『燃える青春の学園祭っ! はっじまっるよぉーっ!』』





 きっと、その時。

 俺たちはようやく、正しい『青春』の意味を知ったんだと思う。



おわり


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