えー、どこどこ? どういうところがダメだったの? ねー、教えてよー
「な、なぁ……、倉田……さん」
「なぜ敬語なんだ里中」
そんな俺と楠原さんの異文化交流が珍しくもなくなった七月。相変わらず昼寝と自習で二分された昼休みの教室で、暇つぶしなのか、里中は俺に話しかけてきた。
「倉田、どうしちゃったんだよ」
「何が?」
「あんだけ効率だのムダだの言ってたクセに……」
「クセに?」
「最近、楠原さんと一緒にいることが多いじゃん」
「まあ……それは……」
向こうが勝手にやってくるから避けようがないだけだ。
最初は『青春とは何なのか?』という興味に基づいて動いていた俺だが、最近はめっきりその元気もなくなってきた。半分義務みたいなもんだと説明すると、里中は笑った。
「でも最近のお前、よく笑うようになったよな。それに効率が悪いとかムダとか言わなくなった」
「そうか? ……そうかもな」
言われて、俺は久しく『ムダ』という言葉を口にしていないことに気づいた。あと母親から最近『明るくなったわね』とも言われたっけ。そう考えると、楠原さんから受けるのは悪い影響だけじゃないのかもしれないと思った。
心の中でそれを認めて相槌を打つ、その瞬間。
「悟くん悟くーんっ! すごいこと、思いついちゃった!」
「うげっ」
楠原さんはやって来た。ブンブンと相変わら大きな手の動きと声量で俺に接近してくる。いつも以上に、効率の悪そうなことを言い出しそうな雰囲気をまとっていた。
「……わかったわかった、みんなに迷惑だから向こう行くぞ。じゃあな、里中」
里中に別れを告げて教室から廊下へ移動した。無視をするとうるさいが、聞いてやる姿勢を見せると少しは大人しくなるのだ。毎回巻き込まれる中で扱いに慣れてきた男の悲哀が伝わればと思う。
「それでなんだって?」
「すごいこと思いついちゃった! お祭りしよう! 学校で!」
今日一番の大声で楠原さんは叫んだ。祭り、学校、と。
その二単語が結びつかず混乱する俺に構わず、楠原さんは続ける。
「クラスで出し物やって、焼きそばとかワタアメとか売るんだー」
「…………」
「夜には花火もするの!」
「…………」
「あ、キャンプファイヤーも。どう? 楽しそうでしょ?」
「あのなぁ……」
俺は宝くじの一等当選という幸福すら逃げていきそうな大ため息を吐いた。
発想は面白いかもしれない。しかし、アイディアの奇抜さと現実性はまったく別。効率最優先の学校に新たな風を吹き込む行為が無謀に思えて仕方ない。
そう思って俺は楠原さんを説得した。
したんだが……
「これから学園長に許可をもらいに行くんだけれど、悟くんも一緒に来てくれるよね!」
相変わらずの楠原さんは、俺の言葉に耳を貸さず学園長室へ向かった。
俺は少しだけ迷って……そのふわ髪後ろ姿を追うことにした。
毎回巻き込まれておいて、最後で断り切れない男の憂鬱が伝わればと思う。
☆
「がくえん、さい?」
「はい。学園の祭りと書いて学園祭」
そして場所は学園長室。学園長不在ということで、俺と楠原さんは教頭に口頭で要件を伝えた。最初は楠原さんが話していたのだが、彼女の話し方は効率主義者のカンに触る何かがあるらしく、途中で俺と代わったのだ。
「それで学園側としての意見をお伺いしたいのですが……」
「……一つ聞くが」
学校で一番の効率主義者と呼ばれる教頭は、少しも不快感を隠すことなく口を開く。
「何の目的で行うつもりなんだい? 頭が良くなるのかい? 効率が良くなるのかい?」
「いや、そういうわけでは……」
楠原さんが言い出したことなのだ。保証してもいい。効率は悪い。
「君たちの本分は勉強だ。『高校三年間は立派な大人になるための準備期間』という言葉があるだろう」
「はい」
「…………ちぇー」
多分、こういうところがカンに触ったんだろう。
「とにかく、学生は偏差値を伸ばすことが最優先だ……さ、帰った帰った」
そして俺たちは学園長室を追い出された。部屋の外で楠原さんと目を合わせる。
「ほれ見ろ、ダメだっただろ?」
「うーん……」
こうして楠原さんの学園祭計画は、立案当日に暗礁に乗り上げたのだった。
が。
「きっと二人だけだったからダメだったんだね。よし、メンバー増やそっか」
強引にでも進むつもりらしかった。
☆
というわけで、賛同者を集めるために説明会を行うことになった。
次のステップに進んだ楠原さんは、結局今回も俺を最後まで巻き込むつもりらしく、俺たちは説明会会場として勝手に借りた空き教室にいた。
強引に呼んだクラスメイトの数人を相手に、学園祭計画を説明していく。
「じゃあー、学校とお祭りを掛け合わせた『学園祭』の計画を……」
「倉田、質問」
なぜか俺に質問が飛んできた。説明会開始から今まで楠原さんしか話していないのに。
「どうして俺に質問?」
「彼女じゃ話にならない」
「……仰るとおりです」
教頭との交渉に引き続き、やっぱり楠原さんの話し方には効率主義者のカンに触る何かがあるらしい。同じ学生とはいえかなり相手方はイライラしていた。
「えー、どこどこ? どういうところがダメだったの? ねー、教えてよー」
間違いなくそういうところだ。
「それで質問って?」
「それやって俺たちに何のメリットがあるの?」
ずいぶん根本的――効率第一主義的な質問だった。楠原さんの顔を窺うと『うまいこと言って』という顔をしていた。仕方ないので俺はそれらしいことを言おうと口を開き――
「それは……うーん、なんだろうな」
ムリだった。
「メリットも提示できないのに企画してるのか」
「話にならないね、帰らせてもらうよ」
「まったく、本当にムダな時間だった……」
すると効率主義者たちがすごい剣幕で噛み付いてきた。
「そうだそうだー、悟くんの役立たずーっ!」
四番目辺りで楠原さんが噛み付いてきたのがどうも納得いかない。
というわけで。
「結局ダメだったな」
賛同者集めは主催側が終始圧倒されながら幕を閉じた。
要するに、空き教室に残ったのは俺と楠原さんだけだ。
肩をすくめてお手上げな俺に対して、楠原さんは余裕の表情でカラカラ笑う。
「ま、大丈夫だよ、『青春』に失敗は付き物だって聞いたことあるし」
「また『青春』か……」
何度目かになるかわからないその単語に、俺は溜め息を吐いた。
あれから二か月くらい経つけど、未だに正確な意味はつかめずにいる。
いい機会なので、俺はずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。
「なあ。楠原さんはどうして『青春』をしようと思ったんだ?」
「おー、いい質問だね。教えちゃおっかなー、どうしよっかなー」
俺の質問を受け、楠原さんがもったいぶって一拍を空けた、その時。
「何をやっている」
空き教室の扉が開いて。
「またお前たちか」
そこに、険しい顔をした教頭が立っていた。
☆
ゲリラ説明会のあった週末が明けて、月曜日の朝。
「よう倉田、大変だったみたいだな」
「……ああ」
始業三分前という効率のいい時間に俺を迎えたのは、里中のワケ知り口調だった。先週末の事件のことを言っているんだろう。俺たちが思ったより騒ぎになったのかもしれない。
「よかったな。普通に登校したってことはお咎めなしだったんだろ?」
「ああ。俺は何もなかった」
俺『は』。
その一文字に隠された意味を説明するのは効率がよくなさそうだったので、受け取り方は里中の読解力に任せる。
里中と別れると、ふと前の席の椅子が目に入ってきた。この椅子の持ち主は罰掃除懲役二週間の刑期に入ったところだろう。俺だけ厳重注意で済んだのは、楠原さんにそそのかされたと教頭が勘違いしたからかもしれない。
楠原さんに悪い、とは思わなかった。
実際にそそのかされたようなもんだから。
彼女が現れてから、『青春』の名のもとに毎日ペースを乱されてきた。
これはきっと、生活を改めるいいキッカケになるだろう。
「俺には、効率第一の方が合ってる……」
自分にそう言い聞かせながら、少し前の自分を思い出す。
高校三年間は大人になるための準備期間です。
ムダなことをするのはやめましょう。
効率を一番に求めていきましょう。
それが俺たち高校生のあるべき姿だと信じて疑わなかった――
はず、だったんだよ。
二か月前までは。
夕焼け空が一日の終わりを告げる放課後。
俺以外のみんなが帰ったやっぱり静か過ぎる教室。
「なんだよ、アレ……」
今日一日の学校生活を思い出して。
そして二か月前の自分に戻って……
俺は、素直な感想を漏らす。
「学校って、こんなに……つまらないところだったか……?」
素直に笑えもしない、クラスメイトたち。
既定のカリキュラムだけを進めて行く、教師たち。
笑顔も希望も楽しみもない、がらんとした教室。
俺の目に、効率第一の世界は無彩色にしか映らなかったんだ。
「どうしちゃったんだよ……俺……」
頭を抱えて机に突っ伏すと、窓の向こうに広い校庭が見えた。
そして何の偶然か、その隅で草を抜いている一人の女子も。
「罰掃除……校庭の草むしりからって言ってたな……」
俺は少しだけ迷って。
あの効率の悪い女子にもう少しだけ付き合うことを決めた。
次がラスト。
6月30日の00:00ごろ