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あ、動画の名前『バカッコイイ動画』にしよ


 次の日も平日なので、当然俺と楠原さんは顔を合わせることになる。

 というわけで俺が始業三分前という効率のいい時間に教室に入ると、既に着席していた楠原さんがあいさつをしてきた。


「やっ、おっはよー」

「……どうも」

「テンション低いぞー。あげてこー」

「そんな余裕ないから」


 そして、相変わらずのムダテンションだった。周りで授業の予習をしている意識の高い効率主義者たちを少しは見習ってほしい。


「ところで悟くん、昨日の約束憶えてるよね?」

「『青春』、だろ?」

「そうそう! 今日から頑張って『青春』していこうね!」


 俺が昨日のことを憶えていたのがそんなに嬉しかったのか、楠原さんはテンションのボルテージをさらに一段階上げた。しかし熱を込めてそう言われたって、『青春』がなんなのか見当もついていない俺は楠原さんの言うとおりにするしかないのだけれど……。

 そう思ったところで、ガラガラと教室のドアが開いて担任が入ってきた。


「えー、連絡事項です」


 間髪入れず連絡が始まる。起立や礼を省いたホームルームは本当に効率がいい。

 そんなことを考えながら連絡を耳で聞いていると。


「えー、そして突然ですが、学級委員を決めます」


 担任とは別の意味で『えー』と言いたくなる発表があった。教室を見回すとクラスメイトたちも怪訝そうな顔をしていた。

 学級委員、別名『体のいい雑用係』の選定は、効率主義者の最も嫌うところである。一年に渡って雑用を続けるというムダを、効率主義者は耐えられない。

やれやれ、これじゃ今年も例年通り運任せのクジ引きかジャンケンか……

 と、俺が諦めの溜め息を吐いた瞬間だった。


「はいはいっ、わたし! わたしやりますっ!」


 そんなありがたい声が響いた。声のした前方に目をやる。楠原さんが挙手していた。


「えー、楠原さん立候補ですねー。ありがとうございますー」

「どういたしましてございまーす」

「では他のみなさんどうでしょうかー」


 担任が教室を見回すとクラスは歓迎ムードだった。当然だ。自分以外の誰かが引き受けてくれるなら止める必要はない。もちろん俺も概ね異議なしである。


「えー、では、楠原さんに、えー、お願いして――」

「あ、先生、ちょっといいですか? 一つだけ条件があるんですけれど」


 しかし、楠原さんは。


「わたし転校したてでわからないことが多いのでー」


 そう言いながら、なぜか後ろの俺を振り返って。


「悟くんに補佐になってもらいたいでーす」


 そう、付け加えやがったのだ。


「なっ」


 俺は思わず椅子をがたっと揺らして立ち上がった。


「いや待って楠原さん。俺、補佐やらないから」

「えー、どうして? しようよー」


 学級委員なんて損な役職のさらに効率の悪そうな補佐……やってられるか。


「俺、今までそんな効率の悪そうな仕事したことないし」

「じゃあちょうどいいじゃん。初体験ってことで」

「何がちょうどいいって言うんだ……」

「ふふふ、甘いねぇ、悟くん」


 楠原さんはちっちっちとなぜか強気な表情で指を振る。


「新しいことへのチャレンジ――これぞ青春の醍醐味っ!」


 楠原さんは『青春』を盾にした。盾にされたって意味のわからない言葉だから防御になってないんだけれど。ていうかアレですかね、『青春』ってのは都合のいい言い訳の言葉なんですかね。

 そうやって心の中で正論を展開していると。


「異議なし、ご自由にどうぞー」

「倉田? いいんじゃね、真面目だし」

「私が選ばれないならそれでいいや」


 当事者である俺を取り残して、教室の雰囲気は固まりつつあった。『それでいいんじゃね? 俺たちには関係ないし』という効率第一主義的な方向性で。


「えー、もう楠原さんと倉田くんでいいんじゃないでしょうかー、えー」


 そして担任までその空気に毒された。

 結局、悪い意味で一つになったクラスに俺は押し切られて。


「じゃあ悟くんよろしくね」

「「「よろしくねー」」」


 要するに俺の効率は、まだ見ぬ『青春』にぶち壊されたわけだ。



 しかし、そんなのは序の口だったのだ。

 一週間後、週に一度の体育の時間。


「ほら悟くん。次の授業は体育だよー、はやく着替えといでー」

「いや、俺毎回見学だから」

「え、それでいいの? 留年しないの?」

「レポート書けば単位は保証されるんだよ」

「困るよー。またわたし体育一人じゃん。『青春』できないー」

「そう言われてもな」

「ね、お願い。この前もわたし一人で延々とキャッチャーフライを打ち上げてたのー」

「…………」

「その後そのキャッチャーフライを自分で取ってたのー」


 何それ超寂しい。


「…………わかったよ。で何するんだ? 前と同じ野球? 体育館ならバスケ?」

「ううん、シャトルラン三セット」

「一番キツいやつじゃんか……」


 この後、めちゃくちゃ走らされて貧血で倒れました。



 そしてさらにその二週間後、誰もいなくなった学校の教室にて。


「で、今度は何?」

「『ハンガーを後ろ向きに投げて十メートル先のロッカーに引っかける』ってチャレンジをするわたしを、カメラで撮影してほしいの」

「バカなの?」

「でも決まったらカッコイイよ……あ、動画の名前『バカッコイイ動画』にしよ」

「聞けよ」


 俺がグッと拳を我慢しているのも知らず、楠原さんは無邪気にセット。的のロッカーに対して背を向けた。


「まーま、とりあえず見ててよ。……えいっ!」


 楠原さんの勢いよく投げたハンガーは天井にぶつかった。からんからんと音を立てて、楠原さんの前方を転がる。


「てへへ、失敗失敗。卒業までに成功したらいいんだけど」


 俺はとても辛い気持ちになった。そしてこのままではどれだけ試行回数を重ねても成功しないと踏み、楠原さんの手からハンガーを奪い取った。


「貸してみろ。十メートル先だから五メートルで放物線の頂点に乗せる感覚で……よっ」


 そして、それをテキトーに後ろ向きに投げ……



 ひゅんっ――からんっ!



「あ」

「……お」


 入った。

 一瞬の間をおいて、楠原さんが爆破する。


「やったやった! 一発成功! イェーイ!」

「お、おう……」

「すごいすごい! え、なに、昔やってた?」

「やってたわけないだろ」


 効率がいい・悪い以前に虚しすぎるわ。

 しかしまあ……一発か。

 ムダなことだとはいえ……まあ、悪い気はしない。

 と、らしくもないことを思っていると。


「あー、悟くん!」


 楠原さんがカメラを握りしめて戦慄の表情を浮かべていた。


「カメラ、撮ってなかった……」

「…………いいよ、別に」

「ごめんねー」

「だからいいって。ほら、今日は帰るぞ」


 と、そんな風に大人の対応を表面ではしつつ、ちょっとだけ。

 ほんとにちょっとだけ残念だったのは、秘密だ。


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