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青春……知らない言葉だ

全体分量:4000文字(目安)×4話完結

執筆期間:2ヶ月。

コンセプト:青春のない世界で青春を探すコメディ。

文学フリマ短編小説賞応募作品、応援よろしくです。

 あの頃、俺たち高校生は徹底的に冷めていた。

 誰もが全力を出さず、省エネしながら生きていたんだ。


「せんせー。俺、次の体育見学しまーす」

「どうした、体調不良か?」

「いえ。体育するくらいならその体力を勉強に回したくて」

「じゃあわたしも見学したーい」

「俺も俺もー」


 そういうわけで体育は生徒の大半が見学だった。

 また、こんな光景も見られた。


「英文の動詞は優先して憶えろー。動詞がわからなきゃ『どうし』ようもないからな、がはは、なんつって!」

「「「…………(声に表せないほど小さな溜め息)」」」

「……はは……今のは、『どうしようもない』に『動詞』がかかっているわけでだな……」

「「「…………(ハッキリと聞こえた大きな舌打ち)」」」

「……きょ、今日は先生、気分が悪いから自習にします」


 こうしてギャグ好きの教師たちは学校から駆逐された。

 俺たちの住む学校って世界の様子は、まあ、大体こんな感じ。

 高校三年間は大人になるための準備期間です。

 ムダなことをするのはやめましょう。

 効率を一番に求めていきましょう。

 俺たちはそんな風潮を、高校生のあるべき姿だと信じていたんだ。



 だから、今日。



 効率の悪い朝のホームルームで。



「えー、転校生を紹介します、えー、どうぞ」



「こんにちはっ、楠原ゆとりでーすっ! ばきゅ~んっ!」



 効率完全無視の大声が教室に響いた時。

 反応するクラスメイトも、歓迎するムードも教室にはなかったんだ。

 もちろん俺、倉田悟も。

 人差し指と親指を立てた転校生から視線を外して「ふぅ」と溜め息を吐くだけだった。





「なあなあ、倉田」

「なんだ。次の授業の予習中だから手短にな」


 同じクラスの里中が話しかけてきたのは一週間が経った昼休みのこと。教室の中はいつも通り静まりかえっていた。クラスメイトはいるんだけれど、ほとんど午後の授業の予習か昼寝で口を真一文字に結んでいる。効率がいい。

 里中はそんな、物音ひとつ立てるのもためらうような雰囲気の中でひそひそ話を続けた。


「転校生の――楠原さん? 今どんな感じよ?」

「なんで俺にそんなこと聞くんだ?」

「だってあの転校生、お前の前の席じゃん」

「……あ」


 ああ、そう言えば。

 黒板を板書する時、視界の端にリボンで結ばれたふわふわ髪が映っていたような気がする。あと先生が出欠を取った時『楠原さ――』『はいはいはいっ!』と食い気味に前の女子が手を上げた気がしないでもない。まあ、じゃあ、そういうことなんだろう。

 そんな風に根拠の弱いを確定をしていると――


「よっしゃー、午後から体育だねっ!」

 耳につく大きな声が聞こえた。声のした方向に目だけ動かすと、そこにいたのは話に出ていた楠原さん。一週間前と同じテンションでクラスメイトの女子に話しかけていた。

「そ、そうですね……」


話しかけられた女子はおびえている。


「わたし走るの速いよー。ね、競走しよ?」

「え、えと……わたしは見学で……すみません」

「そっか……じゃ、また体調のいい時にねー」

「はい、しっ、失礼しますっ」


 話しかけられていた女子はぴゅーっと走り去った。あとに残された楠原さんも『ちぇー』という表情を残して後を追うように教室から出て行く。


「浮いてるな」


 里中は彼女の様子を的確に描写した。俺は無言で頷く。

 当然といえば当然のことなのだ。

 世の中の高校生はみんな効率第一主義。

 効率のいい人間は大正義で、ムダなことをする人間は異端。

 そして社会はそういう異端を排除しようと上に押しやる。つまり異端は『浮く』。同じことが楠原さんに起きたということだ。


「楠原さん、かわいいのに残念だよなー。倉田はどう思う?」

「…………別に」


 里中の言葉に、俺は今にも腐りそうな生返事で答える。

 やや童顔に整った丸顔、溢れそうなほど大きな瞳、リボンで結んだふわふわの髪。

 総合的にも部分的にも欠陥が見当たらない。里中の言葉は真実だ。

 でも俺は、どうしても関心が持てなかった。

 この冷え切った効率主義の世界。

 みんな、自分の効率を考えるだけで精一杯なのだから。





 そして、その日の放課後。

「ふぅ、家まであと半分、か」

 俺はチャリをこいでいた。

 軽くペダルを踏み込んで先に進むと、夕焼けの海が見える海岸沿いの道。俺の自宅につながる一本道だ。海風を切って進むチャリのスピードは、速くも遅くもない代わりに体力コスパの最も良い言われる時速二十キロ。

 しかし、登下校と言うのはなんと効率が悪いのだろう。県内でも割と有名な海岸沿いの道を走るのは気持ちいいが、何せ家まで片道四キロも続いている。寮に住めたら登下校は百メートルで済むから効率がいいのに……

 と、効率第一の高校生らしい考え事をしながら走っていると……



「バッカやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」



 海風に乗って届いた、効率の悪い大声が聞こえた。


「……なんだ?」


 反射的にチャリを止めて振り向く。

 そして目をやった白い砂浜と海の境界線。


「バッカやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! あははっ!」

「マジか」


 そこにいたのは、楠原さんだった。

 口の両端に当てた手をメガホンの形にして、海に向かって声をぶつけている。

 喉が潰れそうな声のボリューム。そのあまりにインパクトの強い光景に、俺の中で『楠原さんの両親海に殺された説』が急浮上した。


「……ふぁー、スッキリした」


 しかし、こちらを振り返った楠原さんのなんと清々しい顔。頭の中に浮かんだ説が急潜水して海底に消えて行った。じゃあ一体何やってるんだ?

 と。


「あ」「……あ」


 振り返っていた楠原さんと目が合った。

 やべ、めんどくさいことになる……と思ったが逃げるタイミングを失ってしまった。結局、苦笑しながら近づいてきた楠原さんに捕まってしまう。


「えーっと……倉田悟くん、だよね?」

「ああ」

「見てた? 聞いた?」

「見たし聞いた」


 俺は聞かれたことだけシンプルに答えた。我ながら高効率な返答だ。


「そっかー。ここあんまり人が通らないって聞いてたから思いっきり叫んだのに……。あ、『バカやろぉぉぉぉっ!』って特定の誰かのことじゃないからね? 海に叫んで一番しっくりくる言葉だから。あ、これはおじいちゃんからの受け売りなんだけど……」


 対する楠原さんは聞かれてもいないことをベラベラと話し始める。人様ながら低効率な返答だなぁと思った。


「あ、そう、じゃ」


 というわけで、話をぶった切って逃走を図る。


「あ、待ってよ悟くん。一緒に帰ろー? 家あっちだよね?」

「いや遠慮しとく」


 効率の計算式で最も一般的なのは減点法だ。効率のいい人間と悪い人間が交流する時、いい人間は悪い方に足を引っ張られた状態で再計算される。要は、俺みたいに効率のいい方は、人と関われば関わるほど損をするようになっているのだ。


「じゃあいろいろ頑張ってね」

「ありがと。悟くん家の近く車多いから気を付けてねー」

「んー……………………ちょっと待て」


 そういうわけで、テキトーな別れの言葉で立ち去ろうと思ったのだが。


「どうして俺の家の場所を知ってる……?」


 ひとつ引っかかって、思わず足を止めてしまった。確かに俺の家の近くは車通りが多い。

 しかしなぜ転校二週間の楠原さんがそれを……? 不思議に思って楠原さんを見つめると「あ、そのことー?」と照れたように笑った。


「引っ越してくる前、こっちの先生にクラスの名簿と地図を送ってもらって覚えてきたんだー。せっかくだからみんなと仲良くしたいし」

「なっ……」


俺は驚いて言葉を失った。

言葉を失ったが、頭はフル回転していた。

いや待て。楠原さんがなじめないのは、そういう努力が欠けているからではなく、むしろそっちにムダな労力を割く非効率的なところが最大の原因で……。


「……なんでムダなことばっかりするんだ?」

「え?」


 混乱して、思わず踏み込んでしまった。

 どうして常にムダハイテンションなのか。どうして海に向かって大声で叫ぶのか。どうしてクラスメイトと必要以上に仲良くしようとするのか。きっとそれは、俺の中で積もった疑問の爆発だったに違いない。

 それに対する楠原さんの返答は……


「うーん、どうしてだろうね?」

「…………うん」


 聞き返しだった。

 ちなみに今の間は、『質問してんのこっちなのに聞き返してんじゃねえよ効率悪いな!』という罵声を必死に飲み込んだ間。よく我慢したな、俺。

 そんな風にペースを乱されていると、楠原さんは思い出したように手を打った。


「あ、そうそう。『青春』だから。わたし、青春してるから」

「『青春』……?」


 俺は聞き慣れない単語をオウム返しする。

 せいしゅん、セイシュン、青春……


「知ってる?」

「……いや」


 俺は首を横に振った。知らない言葉だ。耳憶えもない。

 ……しかし、その言葉には。

 どこか心の跳ねるような響きがあって


「どういう意味?」


 俺は、不思議と興味を持った。

 それは俺の中の『楠原さんはなぜそんなに効率が悪いのか問題』が『青春とはどんな意味なのか問題』にすり替わるくらいに、それは何かの琴線に触れる言葉だったんだ。


「うーん、実を言うとはわたしもよくわかってないんだけれど」

「わかってないのかよ、効率悪い」

「だってー、すっごく昔の言葉らしいからさー」


 俺の責めるような言葉を、楠原さんはカラカラと笑い飛ばす。

 そして。


「もしよかったら、さ」


 俺の人生を変えたかもしれない言葉を……続ける。


「一緒に探してみない? 『青春』の本当の意味」

「まあ……えっと……はい」


 こうして、俺は断り切ることもできず。

 正確な意味もわからないまま、青春をすることになったのだった。


 つづく

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