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テンプレ通りに「ざまぁ」を書いたはずなのに悪役令嬢が怖くなった話

テンプレ通りに「ざまぁ」を書いたはずなのに遂に妹まで怖くなった話

作者: 無虚無虚

『テンプレ通りに「ざまぁ」を書いたはずなのに今度はヒロインが怖くなった話』の続きです。自分でもご都合主義で話がねじれていると自覚しています。

 真夜中、コボル王女は人気(ひとけ)がない自分の庭に立っていた。


「メタ、いるかしら?」

「ここにおります」


 暗闇のどこからか、女性の声が聞こえた。だが全く人気が感じられない。


「リスプ公爵の邸宅の捜索をして。捏造写真の証拠を押さえて欲しいの」

「証拠ですか?」

「写真のことは以前説明したでしょう。写真には乾板(ネガ)があるはずよ。それを探して」

御意(ぎょい)

「必要ならマクロとスクリプトも応援に出すわ」

「そうならないよう、努力します」


 コボル王女の御庭番(専属忍者)はそう返事をしてリスプ公爵の邸宅へ向かった。メタの存在は、マクロとスクリプト以外は誰も知らなかった。国王をはじめとする家族でさえ。




 そのおよそ一時間後、メタはリスプ公爵の邸宅の屋根裏にいた。リスプ公爵とシープラの二人が祝杯をあげているのを上から見ていた。


『やはり猊下(げいか)の読み通りか。さすがだ。では注文の品を探すとしよう』


 メタはシープラの研究室に忍び込んだ。幾つもの防犯装置が仕掛けてあったが、ことごとく解除した。だがその数の多さにあきれた。これほど用心深いとは思っていなかった。稀代(きたい)の錬金術師だけあって、その研究の秘密はよほど知られたくないらしい。ひょっとしたら本当に錬金術を完成させたのかもしれない、メタはふとそう思った。もちろんシープラは錬金術など信じていないし、当然研究もしていない。ただカモフラージュとしてうってつけだから、錬金術を装っているだけだ。仮に錬金術があったとしても、シープラは使わないだろう。金の価値は希少価値であり、錬金術で量産できたら金は鉄以下になってしまうことを理解しているからだ。金で造られた通貨や金で蓄えられた富は価値を失い、世界経済が大混乱に陥ることは必須だ。

 メタは乾板はガラスの板であることをコボルから聞いていた。家捜ししてみると、十枚以上のガラス板が出てきた。メタは思わず思案した。必要な乾板は三枚、だがどれがそうかがはっきりしない。元々ネガは白黒が反転した画像であり、ただでさえ見分けづらい。それに加えて室内が暗い。すでに真夜中、さすがに夜目が効くメタでも見分けがつかない。だがうかつに明かりを灯すわけにもいかない。明かりを誰かに見られたら、侵入しているのが一発でばれる。しかしぐずぐずもしていられない。結局メタは全てのガラス板を持ち帰ることにした。

 メタは重たいガラス板を担いで建物の外に出た。そのとたん、メタの周囲が明るくなった。メタは武装したリスプ公爵の私兵たちに包囲されていた。


「ねずみが来ることは予想していたが、女とは意外だな」


 私兵たちに守られて、リスプ公爵がいた。シープラも一緒だった。


「私の研究室には、しょっちゅう招かれざる客が来るのよ。だけど全部の警報器を解除できた人はいないの。でも貴女(あなた)のは新記録だわ」


 シープラはメタが担いでいる物に気づいた。


「ふーん、乾板(ネガ)が欲しかったの? フォートラン派にも頭が切れる人がいるみたいね。でも残念、目当ての物はその中にはないわよ。そんなわかりやすい場所に隠すわけないじゃない」


 メタは眉ひとつ動かさなかったし、顔色も変えなかった。だがはらわたは煮えくり返っていた。こんな失態を演じたのは新人(ルーキー)の頃以来だ。そんなメタの態度にリスプ公爵はやや不満を感じたが、これからの楽しみの方が大きかった。


「さて、おまえの(あるじ)を訊かせてもらおうか。嫌でもしゃべらせてやる。この女狐を捕らえろ」


 武器を手にした私兵たちがじりじりとメタに近づいてくる。マクロやスクリプトに劣るものの、メタの戦闘力も決して低くはない。だが敵の数は四、五○人。さすがに分が悪すぎる。身軽さを使って屋根に登って逃亡できないかと考えてみたが、敵はそれにも備えていた。建物の屋根にも弓兵が待機している。これは最悪、刺し違えるしかないかと思ったとき、奇跡は起きた。

 突然馬のいななきと足音が聞こえてきた。その方向を振り向くと、何頭かの暴れ馬が私兵たちに突っ込んできた。私兵たちは蜘蛛(くも)の子を散らすように、馬から逃げた。リスプ公爵とシープラも危うく馬に蹴られそうになったが、そばにいた私兵に守ってもらって、なんとか蹴られずに済んだ。

 メタはこの機を見逃さなかった。包囲網が破れた隙をついて突破し、邸宅の外を目指した。シープラが気づいたとき、メタは邸宅の塀を乗り越えようとしていた。


「父上、賊が逃げます!」


 シープラに言われて、リスプ公爵も気づいた。


「おまえたちは賊を追え! おまえたちは馬を取り押さえろ! おまえは状況を確認してこい!」


 メタが塀を乗り越えると、女の声が聞こえた。


「こっちだ。急げ!」


 聞き覚えのある声だ。メタは迷わず声のする方へ向かった。そこには一台の馬車が止まっていた。状況を察したメタは、すかさず馬車に乗った。それと同時に馬車は走り出した。後ろの方から怒声が聞こえる。リスプ公爵の私兵たちだ。だがその声は次第に遠のいて行った。

 安心したメタは、少し表情が緩んだ。


「すまない。礼を言う」

「姫様の命令だ」


 御者のスクリプトが返事を返した。だがメタは違和感を感じた。


「命令だって?」

「マクロが厩舎(きゅうしゃ)を襲撃して、おまえの脱出を助ける。で、私がおまえを拾う。マクロの方は邸宅の方々を荒らしてから撤退。私兵のほとんどがおまえの所に集まっていたから、マクロも上手く脱出できただろう」


 メタの表情が変わった。確かにコボル王女は必要ならマクロとスクリプトを応援に出すと言ったが、ここまで細かく指示していたということは、自分が失敗するのを見越していたことになる。

 スクリプトは滅多に見られないメタのしかめっ面を見て、内心ニヤニヤしながら言葉を続けた。


「そんなに不機嫌な(つら)をするな。姫様の次の命令が、となりの椅子に置いてある」


 メタは椅子から丸められた紙を拾い上げ、それを延ばして命令を読んだ。その表情が少し緩んだ。


「『敵を(あざむ)くにはまず味方から』とはいうが、猊下も人が悪い」




「我々が研究室に集まっている隙をついて、何者かが侵入して厩舎(きゅうしゃ)を襲撃して馬を放ったようです」


 リスプ公爵とシープラは私兵から報告を聞いていた。


「その後、邸宅の方々を荒らしました」

「で、そいつはどうした?」


 リスプ公爵の表情を見た兵は、少し心配しながら報告を続けた。


「兵の数が足りず、取り逃がしました」


 リスプ公爵は渋い顔をしたが、兵に八つ当たりせず、別の兵に質問した。


「研究室に入った賊はどうした?」

「邸宅の外に待たせてあった馬車に乗り、逃走しました」


 リスプ公爵の表情がさらに渋くなり、口調がきつくなった。


「取り逃がしたのか? なぜ馬車を攻撃してでも止めなかった?」

「それは出来ませんでした」


 リスプ公爵のイライラが募った。


「なぜだ?」

「馬車には王家の紋章が有りました」


 リスプ公爵の感情からイライラが吹っ飛び、驚きに支配された。


本当(まこと)か?」

「間違いありません」


 これまで黙って報告を聞いていたシープラが口を開いた。


「先ほどの賊は陽動で、本命はもう一方だったのかもしれません」


 リスプ公爵の感情は緊張に変わった。そうだとしたら、やらねばならないことがある。シープラも同じ考えだった。




 リスプ公爵邸が襲撃されてから三日後、王宮から全ての貴族に招集がかかった。その内容はいっさい明かされなかった。単に重大事とだけ伝えられた。ほとんどの貴族はエイダ妃の不倫問題だろうと噂した。リスプ公爵も同じ考えだったが、当然不安にかられた。シープラも必ず同席せよとの命令もあったからだ。それに比べると、シープラの方が落ち着いていた。


「父上、心配する必要はありません。アレはこちらが押さえているのです。フォートラン派には何もできません」


 シープラにそう言われたが、リスプ公爵は不安を払拭できなかった。


「王家の紋章の馬車が気になる」

「おおかたエイダ妃に同情的な者の仕業でしょう。王宮の中では人気がありましたから」

「うむ」

「切り札はこちらが握っているのです」


 何年、いや何十年ぶりかわからないが、王宮の大広間に全ての貴族の当主が集まった。普段は広い大広間も、このときばかりは狭く見えた。鎖につながれたエイダとフォートラン公爵もいる。彼らを前に国王は重々しく告げた。


「急な話で皆戸惑っておろう。実は王太子妃のエイダのことだ。コボルにより新たな事実がわかった。それを皆に伝える。コボル、おまえから直接説明せよ」


 国王に言われてコボル王女が前に進み出た。それと同時に貴族たちの間にざわめきが起こった。重度のブラコンというイメージしかないコボル王女が何を言いだすのか、想像もつかなかった。いや、想像がついた人間が一人だけいた。シープラだ。


「馬車の持ち主はコボル王女でしたか。意外ですね」


 シープラにささやかれたリスプ公爵はうなずいた。


「コボル王女はハッタリをかましてくるはずです。こちらの動揺を誘って、ミスを待つ作戦です。証拠はないのですから」

「だが王女の言葉に、うかつには逆らえん」

「大丈夫です。この事件は吟味すべきだと言ったのは、王女本人です。証拠がない以上、吟味が不充分だと言えばよいのです」

「なるほど」


 コボルはリスプ公爵とシープラがひそひそ話をしているのに気づいた。だがその内容までは聞こえなかった。それでも話の内容は想像できた。コボルは二人の態度を無視して、話を始めた。


「まず結論から言います。私の義姉のエイダは、不義密通などしていません。写真は捏造されたものです」


 貴族たちのざわめきが大きくなった。それにかまわずコボルは脇にいたスクリプトに目ばくせした。スクリプトは無言のまま、大広間の壁一面を覆う巨大な幕を降ろした。それを見た貴族たちから驚きの声が上がった。


「これは写真を画家に忠実に写させたものです。よく見てください。建物やその他のものは左側に影が出来ています。つまり日光は右から当たっていることになります。次にエイダの顔を見てください。エイダの鼻の影が右側に出来ています。つまりエイダの顔には左から日光が当たっているのです」


 貴族たちは目を凝らした。確かにエイダの鼻の右側に影らしいものがある。


「自然ではこのようなことは起きません。つまりこの写真は自然の風景が作ったものではなく、人間によって捏造されたものなのです」


 貴族たちのざわめきがさらに大きくなった。コボルは少し間を空けてから続けた。


「ここまではよろしいでしょうか?」


 おそるおそる一人が手を上げた。リスプ公爵だった。


「姫殿下、発言する無礼をお許しくださいますか?」

「どうぞ」

「確かにその絵を見るとそのようにも見えますが、写真を捏造する方法がわかっていません。方法がないのであれば、見間違いと考える方が自然ではありませんか?」


 貴族たちのざわめきがさらに大きくなった。


「方法は簡単です。この写真は二枚の写真を使って作った合成写真です。エイダとスタイルが似た女性を使って写真を撮影し、後から女性の顔の部分を切り取って、エイダの写真の顔をはめ込んだのです」

「ですが写真は明らかに一枚の紙。切り貼りなどしていません」

「実は私もそこが引っ掛かっていたのだ」


 国王がリスプ公爵に同意する発言をした。ただし過去形だ。


「その方法をこれから説明します」


 コボル王女の言葉で貴族たちは静かになった。スクリプトが二枚目の幕を降ろした。


「まずカメラがどのように風景を写しているかを知ってもらう必要があります。写真には銀塩(ぎんえん)という塗料が使われています。銀塩は光が当たると黒く変色するという特徴があります」


 その様子を描いた模式図が幕には描かれていた。スクリプトが三枚目の幕を降ろした。


「まず暗闇の中で、銀塩を塗った板をカメラに入れます。そして風景を撮影するとき、板と反対側ののぞき穴を開けます。そうするとのぞき穴を通って、光がカメラの中に入ってきます。それが銀塩に当たって、銀塩の色が変わります。こうして風景を銀塩に写すのです」


 幕にはその様子の図解が描かれていた。貴族たちは説明を聞き、図を見て、感嘆の声をあげた。


「しかしこれだけでは写真になりません。先ほど言いましたが、銀塩は光が当たると黒く変色します。ですから光が強い明るい部分が黒くなり、光が弱い暗い部分がそのままになります。つまり白黒が反転するのです」


 一人の貴族が手を上げた。プロログだった。


「姫殿下、質問があります」


 プロログは許可を待たずに質問した。


「僕が見た写真は白黒が反転していませんでした。おかしくないですか?」


 リスプ公爵は心の中で毒づいた。


「それをこれから説明するのです」


 気のせいだろうか。リスプ公爵はコボル王女の言葉に、(さげす)みの響きを感じた。


「白黒が反転した画像をネガと呼びます。ネガはガラス板に銀塩を塗って作ります。撮影が終わったら、ネガを銀塩を塗った紙に重ねます。そして上から光を当てるのです」


 スクリプトがその様子を描いた幕を降ろした。


「こうすると黒く変色した部分は光がさえぎられ、変色していない部分は紙に光が届きます。こうして再び白黒が反転するのです。このようにして白黒が元に戻った画像をポジと呼びます。私たちが写真と呼んでいるのは、ポジの方です」


 再び貴族たちから感嘆の声があがった。


「察しのいい方ならお気づきでしょう」


 コボル王女はちらりとプロログを見た。今度は全員が視線に蔑みを感じた。


「切り貼りをしたのはポジではなく、ネガなのです」


 貴族たちから最も大きなざわめきが起きた。


「問題は、捏造を行ったのは誰かです」


 コボル王女の言葉で、大広間は水を打ったかのように静かになった。


「最も怪しいのは、写真を持ち出した者と、カメラを創った者です」


 全員の視線がリスプ公爵とシープラに集まった。


「姫殿下、発言してもよろしいでしょうか」


 リスプ公爵の反論を、コボル王女は余裕をもって許した。


「どうぞ」

「おそれながら、この事件は吟味すべきだとおっしゃったのは、姫殿下です」

「その通りです」

「怪しいというだけで、私どもを批難するのは、自己矛盾していないでしょうか?」

「証拠ならあります」


 コボル王女は一枚の乾板を持ち上げた。


「これが証拠のネガです」


 大広間に、おおーっと声があがった。

 コボル王女は乾板を国王に渡した。国王は目を凝らして乾板を見つめた。


「うむ。巧みに修復しているが、確かにエイダの顔の周りに切れ目が入っている」


 今度はどよめきが起きた。


「おそれながら、お訊ねします」


 リスプ公爵は必死の反撃に出た。


「そのネガなる物は、どこから入手したのでしょうか?」


 コボル王女は余裕しゃくしゃくだった。


「では証人を呼びましょう。メタ、現れなさい」


 どこからともなく王女の隣にメタが現れた。


「その者は何者だ?」


 国王が驚いていた。


「父上母上にはまだ紹介していませんでしたね。私の従者です」


 大広間がガヤガヤと騒がしくなった。王女の従者を父親である国王が知らない? そんなことがあり得るのだろうか。だがコボル王女は話を続けた。


「メタ、乾板を入手したのは貴女ね」

「御意」


 メタは膝まづいて答えた。


「乾板はどこから入手したのかしら」

「リスプ公爵の屋敷です」


 全員の視線がリスプ公爵に集まった。リスプ公爵は驚きの表情を浮かべたが、すかさず切り返した。


「おおっ、確かに! 三日前私の屋敷に盗賊が、シープラの部屋に盗みに入りました。そのことはすでに報告しております。盗賊は確かにその者に間違いありません! シープラによりますと、何枚かの乾板が盗まれたそうです。しかし盗まれた乾板にそのような物はなかったのです。元々その様な物は持っていなかったのですから、当然です」


 今度はシープラに視線が集まった。


「姫殿下の慧眼(けいがん)に感服いたしました」


 一同は一瞬、シープラが罪を認めたのかと思ったが、そうではなかった。


「そのような方法で捏造が出来るなど、私には思いもつきませんでした。自分の未熟を恥じるばかりです」


 これは強烈なカウンターだった。言葉ではコボルを持ち上げているが、コボルの方が悪知恵が働くと言っているようなものだ。シープラはさらに続けた。


「失礼ながら、その者は信用できるのですか? その者は盗賊です。信用などできません。しかも姫殿下の従者を陛下が知らないなど、不自然ではありませんか」


 これも強烈だった。コボルが盗賊を雇ったのではないか? 言外にそう言っているのだ。


「これは信用できます。リスプ公の屋敷からの盗みを命じたのは私です。これは私の指示に忠実に従っただけです」


 大広間は騒然となった。


「これはしたり! 姫殿下といえど聞き捨てなりません。王族であろうと家臣の屋敷から盗みを働くなど、信義にもとりますぞ!」


 ここぞとばかりにリスプ公爵は攻勢に出たが、コボル王女は平然と受け止めた。


「エイダは義理とはいえ私の姉、家臣でありながら王家の一員を陥れる方が信義に反するではありませんか」


 大広間は再び騒然となった。コボル王女は自ら退路を断った。リスプ公爵が犯人だと証明できなければ、自分が全ての責任を背負うことになるのだ。

 シープラもコボル王女がここまで強気に出てくるとは予想していなかった。


『まさかこんな形で断罪イベントが発生するとは……読めない。な○うのテンプレにもなかったわよ』


 さて、ここは強気(ブル)弱気(ベア)か。シープラは考えて、両方にした。確実に相手の足元を崩す作戦を採ることにした。


「姫殿下、まずは一つひとつの事実を確認した方がよろしいのではないでしょうか」

「と言いますと?」

「まず、そのネガからポジを作るのです。それならネガの真贋が確認できます」

「悪くないわね」


 シープラにとってコボル王女の態度は予想外だった。ネガは自分が持っている。だからコボル王女は拒否すると思っていた。一見消極的に見える手だが、そこからコボル王女の主張を崩すつもりだったのだ。


「でもその前に一つ確認したいわ」


 コボル王女の次の一手を誰も読めなかった。


「メタ、この乾板はリスプ公の屋敷のどこにあったのかしら?」

「ごみ捨て場の割れたステンドグラスの中に隠してありました」


 メタはちらりとリスプ公爵とシープラの顔を見た。それにつられて全員が二人の顔を見た。その驚いた顔を見て、全員が確信した。図星をさされたと。

 コボル王女は先を続けた。


「どうして隠し場所がわかったのかしら?」

「シープラ嬢が教えてくれました」


 メタはちらりとシープラの顔を見て、少し溜飲(りゅういん)を下げた。


「私はシープラ嬢の部屋に侵入して失敗し、いったん屋敷から逃げ出しました。しかしすぐに戻りました。猊下の読み通り、不安に駆られたシープラ嬢は、本物の乾板が無事か確認しました。その行動を全て目撃しました」


 シープラの表情が変わった。全員がそれを見た。それとは対照的にコボル王女は不敵な笑みを浮かべた。


「まさか尻尾を巻いて逃げ出した盗賊が、すぐ戻ってくるとは思っていなかったみたいね。それからポジだけど、すでに作ってあるわ」


 コボル王女は何枚もの写真を手にとった。


「ネガがなければポジは作れないけど、ネガさえあればポジは何枚でもつくれるの。ごめんなさい。釈迦に説法だったわね」


 コボル王女は手にした写真を大広間に撒いた。スクリプトも大量の写真を撒いた。貴族たちは争って写真を奪い取るような真似はしなかったが、自分の近くに落ちた写真を拾った。間違いなく問題の写真だった。証拠のネガが本物であることは、疑いようがなかった。

 だがコボル王女の手札はまだ残っていた。


「ついでに証人を呼びましょう」


 コボル王女がそういうと、マクロが鎖でつながれた二人の男女を、大広間に連れてきた。その二人は見て、貴族たちは驚きの声をあげた。男の方は間違いなく写真に写っている人物だ。女の方はエイダにスタイルがそっくりだった。


「この二人は、ルビィ王国に潜んでいたところを、マクロが発見してここまで連行したのです。二人とも証言しました。自分たちはリスプ公から金を受け取り、写真のモデルになったこと。そしてリスプ公の指示によって国外に脱出していたことを」


 さすがにリスプ公爵とシープラは、がっくり肩を落とした。

 国王がおもむろに口を開いた。


「もはや吟味は充分であろう。衛士、この者たちを捕らえよ」


 二人とも無抵抗のまま、捕縛された。

 国王はエイダとフォートラン公爵の方を向いた。


「済まぬことをした。だがあの場面では、ああするしかなかったのだ」


 すっかり余裕を取り戻したエイダは、愛想を振りまいた。


「お父上、それはわかっています。恨んでなどいません」

「そう言ってもらうと助かる。この二人の鎖を解け」


 これで事件解決だと全員が思ったが、そうはならなかった。


「父上、それには及びません。この二人を解き放ってはいけません」


 またしてもコボル王女が意外なことを言いだした。


「エイダは国の乗っ取りをたくらむ毒婦です。解放してはいけません」

「なんだと!?」


 驚く国王の前に、コボル王女は書類の束を差し出した。それを見たエイダの表情が変わった。


「なんだ、これは? 文字なのか、それとも図形なのか?」


 戸惑う国王に、コボルが答えた。


「それはニホンゴという異国の言葉で書かれた書類です。父上が退位した後、フォートラン家が王室を牛耳る計画を書いたものです」

「なんと! ……それは本当か?」

「はい。筆跡を見れば、エイダが書いたものだとわかります」


 そう答えたコボル王女は、エイダの方を向いた。


「日本語が読めるのは自分だけだと油断したわね」


 エイダはようやく合点がいった。三日前の地下牢での会話を加えれば、結論は一つしかない。


「貴女も転生者だったのね!」


 コボル王女はにやりとした。


「今ごろ気がついたの?」


 この二人のやりとりに、シープラ以外の者はきょとんとした。全く話についていけない。コボル王女はおもむろに語りだした。


「アセンブラ教の教義にあるとおり、人間の魂は前世、現世、来世の三つの世界を循環しています」


 アセンブラ教とは、この世界で最も多くの信者を集めている宗教で、ジャバ王国の国教でもある。


「エイダとシープラの二人は、前世の記憶を持ったまま、この世界に生まれました。二人は前世の知識を悪用し、この国を、あるいはこの世界を乗っ取ろうとしたのです」


 国教だから、ここに集まっている貴族たちはアセンブラ教の信者だった。しかし彼らにとっても、コボル王女の話は突拍子もなかった。


「シープラの数々の発明や発見は、前世で別の人物によって成し遂げられたものであり、シープラはさも自分の手柄であるように装っていたのです。エイダもしかり。その政治手腕は前世の偉人たちの模倣(もほう)なのです」


 そう言われても、さすがに誰もすぐには信じられなかった。


「くははははははっ!」


 笑い声をあげたのはフォートラン公爵だった。


「姫殿下、本気でおっしゃっているのですか?」


 フォートラン公爵は逆転の一手を見つけた。コボル王女の話は、この世界の人間にとってもトンデモだった。コボル王女は正気ではない、周囲の人間にそう思わせれば、くだんの書類もコボル王女の妄想として片づけることができる。リスプ公爵の場合はネガという物証とモデルという証人がいるが、フォートラン公爵の場合はコボル王女の証言だけだ。おそらくニホンゴを読める人間は他にはいないだろう。


「もちろん本気です」

「ではお(たず)ねします。娘のエイダとシープラ嬢が前世の記憶を持っていると、なぜわかるのです?」

「私も前世の記憶を持った転生者だからです」


 コボル王女は自分で自分の首を絞めた、フォートラン公爵はそう確信した。


「これは異なことを。前世の記憶を持って輪廻転生(りんねてんせい)するのは、この世界を創った創造神で、今は人間に姿を変えて世界を守護する現人神(あらひとがみ)たる教皇(きょうこう)猊下のみ。それ以外で前世の記憶を持つ、いわゆる予言者は極めて(まれ)な存在。それがこの場に三人もいるというのですか? いやはや、信じがたいですな」


 『いわゆる予言者』という言い回しは皮肉だった。過去にも「自分は前世の記憶を持った予言者だ」と主張する(やから)は大勢いた。中には貴族や新興宗教の教祖になる者もいたが、いずれは化けの皮がはがれてしまった。予言者は嘘くさい、インチキだ、というのが一般常識だった。


「同感ですな」


 リスプ公爵が追従した。リスプ公爵としては不本意だが、自分が少しでも助かるためには、フォートラン公爵の戦術に便乗するしかなかった。呉越同舟(ごえつどうしゅう)というやつだ。


「私の言葉が信じられませんか?」


 コボル王女は二人の表情を見た。言葉の返事を待つまでもない。そう思ったコボル王女は先を続けた。


「では教皇の言葉だったら信じますか?」


 これを聞いても二人の表情は変わらなかった。教皇が人前に姿を現すのは珍しい。それもごく限られた人数にだ。一生人前に姿を現さない教皇も少なくない。アセンブラ教以外の宗教の信者は、アセンブラ教の創造神はでまかせで、教皇など実は存在しないと主張しているし、アセンブラ教徒でも教皇の存在を疑問視する者もいる。


「さよう、教皇猊下の言葉なら信じましょう」

「私もです」


 フォートラン公爵は、教皇などという不確かな存在など持ち出されても、痛くも(かゆ)くもないと思った。リスプ公爵も同じだった。だが二人とも見落としていた。フォートラン公爵が教皇を『猊下』と呼んだように、メタもコボル王女を『猊下』と呼んでいたことを。


「その言葉、しかと聞きました」


 そう言うと、コボル王女はドレスの(えり)を両手でつかんで、襟を右半身の方向にビリビリと引き裂いた。これを見た貴族たちは、コボル王女が本当に乱心したのかと思った。だがコボル王女はそんな周囲にかまわず、今度は左手でドレスの右袖をつかみ、右腕を袖から抜いて、襟の裂け目から右腕を出して、片肌を脱いだ。


「控え、控え、控えおろう! この聖痕(せいこん)が目に入らぬか!」


 スクリプトが大広間に届く、大きな声を張り上げた。だがスクリプトに言われるまでもなく、貴族たちの目はあらわになったコボルの右肩に釘付けにされた。


「あ、あれは、アセンブラ教の紋章……」

「七色に輝いて、変化している!」

「ま、まさか、伝説の聖痕?」

「教皇の御印(みしるし)の?」


 貴族たちが状況を飲み込みかけた頃合いを見計らって、スクリプトが続きを言った。


「ここにおわす方をどなたと心得る? おそれ多くもアセンブラ教第二九九代教皇、アセンブリ十三世猊下にあらせられるぞ。()が高い! 控えおろう!」


 右肩の聖痕をあらわにしたコボル、いやアセンブリ十三世の姿は、後光がさして神々(こうごう)しかった。その姿とスクリプトの声に圧倒された貴族たちは、床に両膝をつき、平伏した。


「へへ~ぇ」


 だが例外もいた。そのうちの二人はフォートラン公爵とリスプ公爵だった。二人とも腰を抜かして、膝ではなく尻を床についていた。アセンブリは首を軽く振って、右肩にかかっていたロングの金髪を背中に回した。


「フォートラン公、この聖痕を知らぬとは言わさぬぞ」


 アセンブリがそう言うと、聖痕が一瞬白く輝き、次の瞬間、フォートラン公爵の股間に敷かれていた絨毯が燃え上がった。


「これでも知らぬと言うのなら、異端と見なして処分する。その身をもって教皇の力を知るがいい!」


 アセンブリはそう言ったものの、内心では少々白けていた。


『これじゃあウル○ラナントカよ。いえ、ナントカガ○ダムかしら? 「これではまるで道化だな」だっけ?』


 しかし効果はてきめんだった。フォートラン公爵は大急ぎで平伏した。


「へへ~ぇ」


 アセンブリはリスプ公爵の方を振り向いた。そのときリスプ公爵はすでに平伏していた。

 だが例外はまだいた。そのうちの二人はエイダとシープラだった。二人とも予想外の展開についていけず、あっけにとられて、ポカンとしていた。


「貴女たちは前世で『トキメキ王国☆ジャバ・パラダイス』をプレイしたんでしょう?」


 アセンブリの問いに、二人はカクカクうなずいた。


「じゃあ追加のダウンロードコンテンツ(DLC)があるのは知っていた?」


 エイダは再びカクカクうなずいたが、シープラはフルフル首を横に振った。


「DLCを購入すると、悪役令嬢エイダの視点でゲームがプレイできるの。つまり第二のヒロインはエイダなの」

「……知らなかった」

「私は知ってたわ。遊んだもの」


 エイダはシープラをやや見下した態度で言った。そんな瑣末(さまつ)自尊心(プライド)など無意味な状況であることはわかっていたが、正気を保つためには必要そうに思えた。


「じゃあDLCの第二弾は知っていた?」

「えっ!」


 今度はエイダも知らなかった。シープラは冷やかな目で、五十歩百歩じゃない、と言いたそうな態度を見せた。確かに五十歩百歩だ。


「第二弾を購入すると、お兄様好き好き妹は実は血がつながっていなかったという裏設定が明らかにされて、第三のヒロインで遊べるようになるの。この設定(シチュ)により、『トキメキ王国☆』は乙ゲーでありながら、妹萌えの男性ファンも取り込んだ大ヒット作になったのよ」


 平伏をしなかった残りの例外は王室一家だった。今まで黙って話を聞いていた王太子が国王に問いただした。


「父上、これは本当なのですか? コボルは自分と血がつながっていない教皇だというのは?」

「その通りだ」


 国王はカクカクではなく、重々しくうなずいた。


「今から十五年前のことだ。名は明かせぬが、さる高貴な方から、まだ赤子だったコボル、いやアセンブリ十三世猊下を託されたのだ。教皇は世界を正しく知るため、身分を隠して人間として生活するのが習わしなのだそうだ。歴代の教皇がめったに姿を見せなかった理由の一つは、顔を広く知られると人間としての生活が続けられなくなるからだそうだ」


 王太子は母親の王妃を見た。


「もちろん私も知っていました。でもおまえはまだ三歳、物心つくかつかないかの時期。だからおまえには黙っていたのです」

「……そうだったのですか」


 この衝撃の事実は、貴族たちも全員聞いていた。

 エイダとシープラにとっては、別の意味で衝撃的だった。


「ちょっと待ってよ! こんな展開不自然すぎない?」

「そうよ。ゲームのシナリオとはかけ離れて過ぎているわ!」


 エイダとシープラは口々に異論を唱えた。だがアセンブリは平然と受け止めた。


「かけ離れてる? そりゃそうよ。ゲームにはこんなシーン、ないんだから」

「「ええっ!」」


 驚く二人にアセンブリは言ってのけた。


「あなたたちだってゲームのシナリオを改ざんしようとして、ある程度成功したじゃない。私も同じことをしただけよ」

「だから、それにしても度が過ぎると言ってるの!」


 エイダが必死に食い下がる。


「これじゃあ別のゲームよ!」


 シープラが加勢する。呉越同舟だ。


「だいたい神様に転生したからって、何やっても許されるわけないでしょう!」

「そうよ。ゲームに対する冒涜(ぼうとく)よ!」


 シープラは完全に自分のことを棚に上げていた。そんなシープラを、アセンブリは冷やかな目で見つめた。


「冒涜? その言葉、そっくりそのままお返しするわ。私が教皇に転生したのは偶然なんかじゃない、必然なのよ。前世の私は、『トキメキ王国☆』のゲームデザイナーだったの」


 大いに驚いた二人は、次の言葉が出なかった。


「前世でこの世界を創ったのは、私なの。だからこの世界では、私が創造神なの。文句ある?」


 再び二人は言葉に詰まった。


「これは、貴女たちに対する、私の『ざまぁ』よ。貴女たち前世は日本人でしょう? なのに最強の『ざまぁ』を知らないの?」


 シープラの頭の上には『?』が浮かんでいたが、エイダの頭の上には『!』が浮かんでいた。だがアセンブリは決めゼリフを他人に譲るつもりはなかった。


「日本最強の『ざまぁ』のマンネリ(テンプレ)、それは『○戸黄門』よ!」


 三人の会話についていけない貴族たちは、膝をついたまま、周囲とひそひそ話をしていた。教皇の決めゼリフのBGMにはふさわしくない、そう思ったスクリプトは再び(かつ)を入れた。


「頭が高い!」


 貴族たちは再び「へへ~ぇ」をした。

 だがエイダはあきらめが悪かった。


「そんなの認めないわよ! 『水○黄門』なんて嘘っぱちよ! 本物の水戸光圀(みとみつくに)は諸国漫遊なんてしなかったわ。それに『遠○の金さん』が混じっているじゃない!」


 だがアセンブリは歯牙(しが)にもかけなかった。


「あら、フィクションを否定するの? それを言ったらこの世界もフィクションよ。つまり今の自分を否定することになるのよ」


 少々詭弁(きべん)が混じっていたが、エイダにはそれに気づく余裕はなかった。


「『水戸○門』がアリなら、『暴れん坊○○』もアリよ! 『○○○○将軍』なら相手が吉宗だとわかっても、『斬れ、斬れ、斬ってしまえ!』てなるじゃない。誰でもいいからこの女を斬りなさい!」


 エイダはヒステリックに叫んだが、当然誰も動こうとしない。平伏している者たちは思った。『自分で()れ』と。


「貴女、前世では何歳だったの?」


 貴族たちとは違う意味でついていけないシープラが訊いた。シープラは『水戸黄○』を知識としては知っていたが、実際に観たことはなかった。それ以外の時代劇もほとんど知らなかった。無理もない。視聴率を稼げなくなった時代劇は、公共放送とBSでしか放映されていないご時世なのだ。


「私はレキジョよ。時代劇に詳しくて悪い?」

「悪いとは言って……」


 エイダとシープラは、それ以上会話を続けることができなくなった。二人とも父親に鎖で引っ張られ、頭を押さえられて、土下座をさせられた。


「「いい加減にしろ! これ以上教皇を怒らせるな!」」


 二人は耳元で父親にそう怒鳴られた。

 王族以外の全員が這いつくばったところで、アセンブリはおもむろに口を開いた。


「フォートラン公ならびにリスプ公」

「「ははっ」」

「そなたらは全ての公職から解き、隠居を命じる」


 アセンブリの言葉は貴族たちには意外だった。極刑にされてもおかしくないと思っていた。それに比べると極端に軽い。


「本来なら一族郎党まで罰してもおかしくないが、先代までの功績に免じて、公爵家取りつぶしは勘弁してやる。両家には新たな当主による名誉挽回の機会を与える」

「「ははっ」」


 さすがは教皇、懐が広い。一同はそう感心した。


「エイダならびにシープラ、そなたらには出家を命じる。修道院へ行け」


 これまた寛大な処分だ。やっぱり懐が広いと一同は思った。


「そなたらを死刑にしたら、来世で悪事を働きかねない。一生修道院に閉じ込めてやるから、残りの人生を神に、つまり私に捧げろ」


 一同は感想を修正した。教皇といえど女は女だ。やっぱり女は怖い。

 裁きを言い渡したアセンブリは、国王に顔を向けた。


「父……ジャバ王、これでよいか?」

「御意」


 国王は一発でオッケーを出した。


「そうそう、最後にもう一つ」


 少々自分に酔ったアセンブリは、スティーヴ・ジョ○ズを気取ってみたが、当然誰にもわからなかった。アセンブリはビシッと王太子を指さした。


「こいつを廃嫡(はいちゃく)しなさい」


 王太子は明らかにショックを受けていた。


「な、何を言いだすんだ、コボル……」

「私はもうコボルじゃなくて、アセンブリよ」

「いや、俺にとっては可愛い妹のコボルだ。あんなに俺のことを慕ってくれたのに……」


 アセンブリは面倒くさそうな顔をした。


「あんなの世界観を壊さないためのお芝居に決まっているじゃない。『デート・○・ライブ』の琴○になった気分だったわ。そもそもアンタみたいな脳筋は、私のタイプじゃないの。でも『イケメンで強いけど、ちょっと抜けているところがある王子様』は需要が多いから、メインの攻略対象に抜擢したのよ。でもこの世界に転生してみたらどう? ちょっとどころか大間抜けの脳筋そのものじゃない。がっかりしたわ」


 王太子はさらにショックを受けた。


「それでも真人間(まにんげん)真改造(まかいぞう)しようと思って、『お兄様、コボルの宿題を手伝ってください』て、アンタ以下の馬鹿の振りして勉強教えにもらいに行ったら、ちょっとは妹に格好いいとこ見せようとして真面目に勉強するんじゃないかと期待したけど、全然勉強しなかったじゃない。結局毎回毎回私がアンタに勉強教える羽目になったわ。まあ、それが全くの無駄にならなかったのは、せめてもの救いね。アレがなかったら、単位落としまくって、王立学院で留年してたわ。王族が留年なんて国の恥よ、恥! 周囲がどれだけヒヤヒヤしたかわかんないの?」


 王太子は泣きだした。


「そんな……俺の可愛い妹が、こんな性格だったなんて……」

「メソメソするな! 私はアンタに碇シ○ジを混ぜた覚えはないわよ。ア○カまでやらせるな! とにかく、アンタを王様にしたら、国が傾きかねないわ」

「じゃ、じゃあ、世継ぎはどうするんだ?」


 王太子は反撃の一歩を踏み出したが、そこには地雷が埋まっていた。


「ベーシックがいるじゃない。エイダは性悪だけど、アンタと違ってちゃんと損得勘定ができるわ。ベーシックはアンタの子よ。エイダは自分の野望を危うくするような不倫なんかしないわよ。エイダの血が半分混じっている分、ベーシックの方が期待できるわ。もっとも、アンタが種なしなら話は別だけど」


 貴族のほとんどは男だった。ほとんどの貴族は、このときばかりは脳筋に同情した。


「安心しなさい。アンタの老後もちゃんと考えてあるから。リスプ公、いえリスプ元公爵」


 いきなり話を振られたリスプは目を白黒させた。


「は、はい」

「王族との関係を強化したがっていたわね?」

「は、はあ」

「私はプロログと結婚するなんて真っ平ごめんだけど、代わりにアイツをやるわ」

「はあ?」

「アイツを養子に出すと言っているのよ。それなら文句はないでしょう」

「なっなんですと!」


 これにはリスプだけでなく、全員が絶句した。


「あんな脳筋でも、アンタんとこのプロログよりはマシでしょう」


 リスプは煮え湯を呑まされる思いだったが、必死に冷静になって損得勘定をした。公爵家の信用が地に落ちた今、王族に(こび)を売っておくのは悪いことではない。だが国が傾くのなら、公爵家も傾くのではないか? リスプはプロログを横目で見た。プロログは頭を下げるふりをして、何かを凝視している。その視線を辿ってみると、教皇の胸を見ているらしい。右肩を脱いだ教皇の胸は、下着と谷間がチラリと見えている。リスプはこの時ほど息子を残念に思ったことはなかった。


「ありがたき幸せ。このお話、喜びつつしんで受けさせていただきます」


 リスプの返事を聞いたアセンブリは、思わずドヤ顔をした。


「これにて一件落着。あっはっはっはっはっはっはっ」


 アセンブリの高笑いが城内に響いた。




 一週間後、アセンブリとマクロ、スクリプトは旅支度を整えていた。アセンブリは吟遊詩人の姿をしていた。


「猊下、やはり出立されるのですか? 猊下さえよければ、我が国にいつまでも逗留していただいてかまわないのですが」


 名残を惜しむ国王に、アセンブリはきっぱりと言った。


「私は自分が創った甘々な世界をまったりと堪能したかったんだけど、世界を乱す転生者が現れた以上、そういうわけにはいかないわ。『トキメキ王国☆』は人気があったから、シリーズ作品やスピンオフ作品がたくさん作られたの。その作品の数だけ、いいえ、それ以上の数の転生者がいると考えるべきだわ」

「それは、守護者である教皇としての責務を(まっと)うするということですか?」

「その通りよ」


 アセンブリの顔はコボルと何も変わっていないはずだが、この時の国王には、アセンブリはコボルとは別人に見えた。


「ならば何も申しません」


 ふっとアセンブリの表情が緩んだ。


「父上、十五年間愛情を注いで育てていただいた恩は一生忘れません」


 そう言ってアセンブリは深々と頭を下げた。この時のアセンブリの顔はコボルに戻っていた。だが頭を上げたときは、コボルとは別人になっていた。


「マクロ、スクリプト、行くわよ」

「「御意」」




「姫様」

「なに?」

「これからは姫様のことを何とお呼びしたらよいのでしょうか?」


 マクロに訊かれて、アセンブリは少し考えた。


「そうね。歌姫だからそのままでいいんじゃない?」

「姫様は吟遊詩人ができるのですか?」


 スクリプトの問いにアセンブリは即答した。


「カラオケは好きよ。A○Bならだいたいの曲は振り付きで歌えるわ」


 言うまでもないが、カラオケが好きということと、歌がうまいということは、全く異なる命題である。さらに言うまでもないが、吟遊詩人と歌手は全くの別物である。しょせんはゲームを作るためにつけた、付け焼き刃の知識だった。


「でも伴奏がないとつらいわね」


 正確に言えば、音感が駄目なアセンブリは伴奏がないと歌えないのだ。


「それにセンター一人だけは寂しいわね。そうだ! 私が振り付けをしてあげるから、二人は私の左右で踊りなさい」

「「ご遠慮します」」


 アセンブリの歌唱力を知っている二人は即答した。アセンブリはちょっと白けた顔をした。


「そうだ! メタ、聞こえる? 貴女が伴奏をしなさい」


 ヒュッと風を切る音がして、次の瞬間、ブスッと何かが地面に刺さる音が聞こえた。アセンブリが足元を見ると、風車が付いた鉄串が地面に刺さっていた。アセンブリはそれを拾うと、周囲を見回した。


「どこに隠れているのかしら? まあ、私に簡単に見つかるようじゃ、御庭番は務まらないけど」

「メタも遠慮したいと申しています」


 念のためマクロが通訳をした。アセンブリはふぅと風車に息を吹きかけた。風車はカラカラと乾いた音を立てて回った。


「後はどこかでうっかり八○衛をスカウトすれば完璧ね」

「姫様、それはどういう意味です?」


 質問をしたマクロも、スクリプトも、アセンブリが時々意味不明なことを言うのには慣れていた。


「旅のお供に道化が一人欲しいと言ったのよ」

「道化はともかく、これからどこへ行くのですか?」


 スクリプトの質問に、アセンブリは即答した。


「パール王国よ。最近、怪しげな占い師が次々と予言を当てて、信者を集めているらしいわ。チートの匂いがぷんぷんするわ」


 こうしてアセンブリ様一行の世直し旅が始まった。

 めでたし、めでたし~ぃ?

ここまで読んで下さってありがとうございます。『悪役令嬢が怖くなった話』を書いたときは、続きを書くつもりは全くありませんでした。それで短編として投稿しました。ところが後から思いつきで続きを書いてしまいました。イレギュラーな投稿の仕方になって申し訳ありません。お詫びします。m(_ _)m


『テンプレ通り』はこれで終りです。ですから、


様々なチートを使う転生者と異能格闘バトルを展開する『JoJo編』とか、


「わはははは! 教皇、目が曇ったか? それがアセンブラ教の究極の『ざまぁ』とはな。ならばコンパイラ教の至高の『ざまぁ』を見せてやる!」とライバル宗教と争う『究極vs至高編』とか、


危機感を抱いた転生者たちが密かに結託して「立てよ転生者!ジーク・チート!」というヒ○ラーの尻尾のアジ演説で武装蜂起する『一年戦争編』とか、


「ボクと契約して転生者になってよ」というキュ○ベエのセールストークにだまされた魔女たちとワルプルギスの夜を戦う『まどマギ編』とか、


聖痕を持つ異形の使徒たちを殲滅する『新世紀福音編』とか、


両肩に聖痕を持つ謎の教皇が戦争を終わらせると言って武力介入する『ソレスタ○ビーイング編』とかはありません。


……あ、いかん。また中途半端なアイディアが浮かんできた……


「オッス、オラ転生者。オラは死ぬほど苦しい修行をして強くなったのに、みんなオラの強さをチートだって言うんだ。よーし、オラこうなったら神様に直談判して、チート呼ばわりを止めさせてやる!」次回、『遂に神を超えたか?スーパー転生人のチート力は無限大!』


……やっぱり止めておこう。どれも面白くなさそうだ。


ですから続きはありません。

……だぶん、

………おそらく、

…………ひょっとしたら。

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― 新着の感想 ―
[一言] 三部作を一気に読みました、超展開の連続ですね 皆同士だけど派閥でいつも口論してる姿が目にうかぶよ
[気になる点] デ◯ラの琴◯ちゃんはちゃんと士道くんのこと好きですよ猊下!!
[一言] 続編読まなきゃよかった(;つД`)
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