第九十話 ロイド、アレックスに相談する
ランド・セルポミュレー・フォン・あらいづもとベアトリクス・テルマイーゼ・フォン・ラガンティーヌとの関係は六年前にさかのぼる。
その年の皇帝陛下主催の園遊会にふたりは出席していた。
常ならばかろうじて知己を得るだけの存在だったが、前日の大雨で突発的な鉄砲水に襲われたのだった。そしてその水の中でふたりは出会い、共に助け合って水害から帰還したのだった。
これ以降、ふたりは親密な仲になり、満ち足りた時間を共有して行く事になる。
(まあ、ある種の美談なんだがな)俺はぼんやりとそう感想付けた。別に妬んでる訳でも何でもない。
しかしある噂を聞いていた。それはベアトリクスがランドにいちいち指示と言うか口を出すと言う事だ。俗に言うかかあ天下である。
不思議な事にふたりは婚約している訳では無いのに実質婚約者どうしだという事だ。皇帝陛下や帝室は何も語っていない。
いや正確に言えば『最終的にはふたりが決める事』とインタビューに答えている。少なくとも積極的に認めている訳ではない。
まあそれは良い。
「はじめまして、ロイド・アレクシス・フォン・ファーレだ」
目上の者でないので挨拶はこれぐらいで良い。しかし何が気に入らなかったのか皇女殿下の眉が僅かに上がった。
アレックスがあちゃーっといった顔をしている。そんなに帝室が重要か?
「ロイド……」
「分かっているさ。だが帝室の皇女殿下がそれほど重要だとは思っていない」
「確信犯か、まあ良い」と皇女殿下は言った。
「確信犯? 俺はなんの罪を犯していないぞ。訂正を求める」
「ロイド、皇女殿下の発言は言葉の綾だ。言葉尻をあげつらうのはよせ」
アレックスが俺達のフォローに入った。
皇女殿下は何か言いたそうだったが口には出さずにいた。
「それでアレックス? この会はなんの為だ?」
「……近々行われるあらいづも対外遠征についてだ。ランド公子には君と対話する事で良い意味で刺激を受けるものだと確信している。要は先輩から後輩への訓告だ」
アドバイスねぇ……。ま、親友の顔を潰す訳にはいかないから某らのアドバイスは出来るか。
俺は彼らの対面のソファに腰を落とした。それに合わせ皆着席する。
「ランド君、君たちの軍集団と対戦する部族、その総数はどれくらいだ?」
「え? え〜と…わかりません」
「何故だ?」
「僕が関与していないからです」
「だが君は病床の父上に代わり軍を指揮する立場にある」
「いいえ、僕はその、…あらいづもの地に入れませんので」
「君の家系の話は知っている。端的に言えば君らは領地から追い出された。君らは帝都における利益代表者にすぎない。
だが、だからといって辺境伯としての責任まで放棄は出来ないんだぞ?」
「……しかし僕らは領地に入れませんですし」目の前の青年は弱々しく言い募る。
思わずかっとなった。
「貴様! それでも帝国の藩屏たる貴族の、辺境伯の資格をなんだと思っている!」
「止めよ!」と皇女殿下が割って入った。
「ファーレ辺境伯よ、些か感情的すぎやしないか?」
第三者がなにを言ってる。
「皇女殿下は黙っていただきたい。そも、我ら辺境伯同士の会話に何故に入られるか。関係の無い貴女は増上慢も甚だしい」
「増上慢だと? 失礼な! 発言を撤回せよ!」
俺も頭に血が登っているが皇女も相当に頭に来ている。不味いとは思うが俺は正論をはいている。
「撤回? 撤回だと、どこに撤回すべき言があるや!」
「ロイド、落ち着け。皇女殿下も頭を冷やすべきです」
アレックスが場を鎮めようと割って入ってきた。
スゥと頭が冷える。だが皇女は今だ怒り心頭の様子だ。
「殿下、殿下のご出席の是非を怠ったのは我が身の不足。それを踏まえて別室にてお待ちいただけるでしょうか?」
「だが……」
「殿下」
「トリシア……」
「……分かった、下がらせて貰う」席をたつ。彼女の目は夜叉の如く俺を射抜いていた。
だからといって俺が萎縮するはずも無く、俺は氷点下の視線で見つめ返した。
「失礼する」と言って彼女は部屋を出ていった。
「ロイド、敵を作り過ぎるな」
「分かっちゃいるが性分でな。だが親友の忠言無駄にはしないよ」
「…ぜひそうしてくれ」アレックスは疲れたようにそう言った。
「さて」と俺はあらいづも公子に向き直った。
「仮にも辺境伯を名乗るなら軍政なり、やる事があるだろうに、違うか?」
「……はい」
「領域に入らずとも代官を通じて果たすべく責任を果たせ」
「はい」
「銃火器を定数満たす事や人員の手配、糧食、それら後方支援で果たすべき役割がある。貴様は領地に入れない事を免罪符に逃げているだけだ。…とまあ、俺の言いたいのはそれだけだ」
「分かりました、ありがとう御座います」
俺は席を立ち、右手を伸ばした。
あらいずも公子は俺の右手を握る。
「がんばれ若者。成すべき事を成せ」
「はい!」
隣を見ればやれやれと言った表情の親友がいた。それに対し笑いかける。
「アレックス、これで文句無かろう」
「皇女殿下に対して以外はな」
「俺はあの手の人間が苦手なんだよ」
「トリシアはああ見えても可愛い所もあるんですよ」
「それは重畳、嫁さんに敷かれるくらいが丁度いいのさ」
ハハハと俺達は笑いあった。
「ランド君、分からない事があれば相談にのるよ」とリップサービスを忘れない。
「と、まぁ、こんなトコか」
「そうだな。ロイド、夕食は食べて行くんだろ?」
「や、それはありがたい」
「僕らは辞退させていただきます」
「そうか、残念だったな。だがまあ皇女殿下はおかんむりだしな」
「宥めるのに二日はかかりますよ」
二日ねぇ…、俺なら七日はかかりそうだ。くわばらくわばら。
「それではこれで失礼します」
「達者でな」
「はい!」
アレックスはランドを引き連れて部屋を出ていった。
俺は帝都屋敷に夕食はいらない旨を書いた紙を認める。
書いたそれをアレックスん家の使用人に渡した。手紙は使用人から小間使いを経由して帝都屋敷に送るだろう。
それから控えの間にいるツキハを呼び出す。
彼女はすぐに現れた。
「どうかなさいましたか?」
「うん、君の能力を我が親友アレックスに表したいのだが、構わないかね? 無論この話を広めない事を前提にだ」
「ロイド様がそうおっしゃるのなら、私に是非はありません」
「ありがとう」
数分後、アレックスは戻ってきた。
「アレックス、こちらの娘さんは俺の個人副官でツキハという。
ツキハ、彼が俺の親友アレックスだ」
「エリオラ・ツキハ大尉相当官と申します閣下」
「アレックスだ、よろしく」
「アレックス、実はなこの個人副官は空間跳躍者という能力を持っている」
「空間…跳躍者?」
「読んで字のごとく、だよ。
知っている土地から土地、重量制限、栄養のある食事などと色々制限はあるが得難い能力だ。勿論国家機密の類だ」
「先日君が言っていた『魔法でぴゅーん』とは嘘じゃ無かったのか」
「そうだ」
「何故、いま話す?」
「念話者を探して欲しいからだ」
念話者とはテレパシストの事で国家機密未満の比較的ありふれた能力使いだ。ただ数はそう多くない。また念話者は念話者どうしでないと単なる一方通行となる。
「北部には念話者は居ない。もしくは誰かに雇われている。そこで大公領を有する君に願った訳だ。少なくとも俺より顔は広い」
「で、念話者を君と僕の所で有する訳か」
「そうだ」
「何故僕だ?」
「これから先、俺の所には厄介事が増える。その保険だ」
「…………分かったよ、一切承知した」
「ありがとう」
「見返りは等価交換だぞ?」
「ああ、何かあれば互いを利用する。それで良い」
「どういう形式で雇う?」
「俺の所は俺が。君の所は君が」
「分かった。すぐには無理だがなんとかする」
「で何かあればツキハ君の能力で此処へくる、と」
「承知した」
で細やかな打ち合わせをして夕食をいただいた。
「ではな、親友」
「ああまたな、親友」
馬車に乗り込み別れの挨拶をする。最後に軽く手を降って別れた。いやホント良いやつだわ。
モンテ・クリスト伯の『待て、然して期待せよ』って良いフレーズですねぇ