第八十九話 ロイド、友人らに会うプラス
閲兵式のあとは転移してきた人達から自身の持つ技術の有無、その報告だ。
それによって有為の技術を持つ者からスキルを提出させるのだ。勿論これは強制ではない。だが故意に隠蔽すると最悪、帝国には居られない。しかし実はこのシステムは形骸化して久しい。そりゃあまぁ有史以来十万の単位で転移者がいたのだ。めぼしいスキルはあらかた得ていると言って良い。
それでも一応は審査せねばならない。で、人数が人数だけに四日に分けて審査を行なう予定だ。
工藤特務連隊は四日目に指定されていた。俺は連隊員らにあらかじめ伝えており因果を含ませていた。
さて、俺は俺でする事がある。そのひとつが借金返済だ。方ぼうから借りているが返済はフランク・ダスベール(の実家、ダスベール商会)を窓口にして彼が統括して支払う事にしてある。金の仕入れは逆、様々な顧客からダスベール商会を仲介して借り入れた。
事前に赴く旨を認めた手紙を送ってあり、今日の午後イチ俺はダスベール商会の門をたたいた。
応接間に通され茶を呈された。
茶と共に出された茶菓子(水羊羹だった)をモグモグ食みフランクを待つ。
フランクが出てくるのはしばらく掛かった。
「いやすまない。急な案件に追われてたんだ」
「結構な事じゃないか。暇しているよりもマシだ」
フランクは汗を拭きつつ謝ってきた。忙しいのは結構結構。
「そう言ってもらえると助かる。で、今日の用件は?」
「初年度分の支払いだ。支払いは流通紙幣で」
「わかった、だけども良いのか? 支払い期日はまだ余裕あるぞ?」
「早いのは早いが、誰にも迷惑はかからないだろ?」
「…まあね」
俺は置いてある鞄から少し小さめのロックの掛かった鞄を取り出す。
ロックを解除し、中から一枚の紙を取り出した。流通紙幣だ。それをフランクに手渡す。
「流通紙幣か、重みが違うな……」
「金貨よりも重いのは確かだな」
「確かに預かった」
フランクはうやうやしく流通紙幣を盆に乗せる。
「ではちょっと会計まで行ってくる」
「うん」俺はひとつ頷いた。
流通紙幣は小切手と違い、額面を記載されない。つまり、これをやり取りする事自体が信用取り引きなのだ。
フランクは五分ほどで戻ってきた。
「いま銀行へ走らせた」
「帝国第一銀行か」
「そうだ。近くにあって便利だしな。…ところで何故にこの時期に帝都へ来たんだい?」
「最近だが、帝国内に転移人が増えたのは知っているか?」
「……ああ、そんな話はあったね」
「その中で軍隊に所属する一団が複数出てきた。アメリカという国、イギリスという国、フランスという国、日本という国だ。
彼らは武装集団ではあるが武装は解除させた。それに伴い閲兵式を装い連中を正式に保護をさせに来たんだ。俺はその閲兵式に出る必要があったから上京した」
「なるほどね。…ああそうだ、軍隊といえば北都開放はどうなっている?」
「順調だ。年内にも北都は開放できる。ただ、だからといって民間人が北都に入るのは難しいがね」
「と言うと?」
「敵の存在だ。連中は大して強くはないが油断は出来ない」
「安全保障上たやすくは無いって事か」
「そういう事。今は軍人と一部の許可を受けた民間人だけが北都に入れる」
「通信使は?」
「……ああ、入れるな」
「なんだ、今の間は」
「いや、単純に忘れていた」
「忘れるなよ……。そう言えば新婚生活はどうだい?」
一瞬、眉を顰めそうになったが苦労して耐えた。
「まあ普通かね」
「良かった、君は人を選ぶからな。普通結構」
ちょっと失敗したかな? いやでも本当の事を正直に話すのはどうかと思うし……。
「失礼します」と言って丁稚が入ってきた。フランクの元に行き小声で何かを伝える。フランクはひとつ頷き俺に視線を据えた。
「入金が確認されたよ」
当たり前だよ。俺も頷いた。
「さてでは、これで要件はすんだ。暇させてもらうよ」
「忙しいのかい?」
「この後、アレックスに会う」
「私用で? 公務で?」
「半分私用で半分公務…らしい」
「ないだいそれ?」フランクは呆れつつ尋ねた。
「身辺に密偵が潜んでる。それの話だろう。これが私用だ。公務の方は知らさせていない」
「……思えば学士時代は楽で良かったよな」
「いきなり何だい」
「大した意味はないよ。ただもうあの時代には戻れないな」
「…ヒトは誰でも成長する。良くも悪くもな」鞄を手にし立ち上がった。
「何時になるかわからんが、一度みんなで食事を取ろう」
「分かった。元気でなロイド」
「お互い様だ。ではな親友」
俺はフランクの元を辞した。
馬車に乗り込みアレックスの屋敷に向かうように指示する。
フランクの元に行く前にアレックスからの封書を預かっていた。『話したい事がある。密偵の事だ。それと会ってやって欲しい者がいる』……誰を紹介するつもりだ?
馬車は十五分くらいでアレックスの帝都屋敷についた。
客間女中に案内されて応接間のひとつに通された。
「若旦那様は間もなくいらっしゃります」ど派手なイタリタンェローの制服に見を包んだ女中はそう言ってさがる。
数寸でお茶が出された。
お茶(甘茶)を飲んでるとアレックスが入ってきた。
「忙しい所すまない」
「我が親友の招集だ、なんて事ないさ。それで本題は何かね?」
アレックスは俺の対面に腰掛け葉巻きを取り出し、火を付けた。
「……以前きみから話してくれた密偵の話からしよう。
残念ながら我が屋敷に複数の密偵が混じっていた」
「ほほう」
「でだ、彼らを解雇すべきか悩んでいる」
「解雇するのは簡単だ。だが全員を解雇しなきゃならない必要はない」
「と言うと?」
「本命の密偵は凄腕だ。たから逆に取り込む。この案を押すのはお互いの情報を共有できるからだ。副次効果として密偵の大元を利用できる点がある。ただし忠誠心はないと思え」
「…その、信用出来るのか?」
「無論、信用はしない。まあ限度はあるか」
アレックスは大仰に背凭れてみた。
「勧告痛み入るよ」
アレックスは咥えていた葉巻きを灰皿に押し付け消した。その流れで卓上のベルをとり軽く流す。
「若様、お呼びでしょうか?」
ひとりの若い執事が現れて言った。
「客間に通してある客人を呼んでくれ」
「畏まりました」
「そっちが本題か」
「お初にお目にかかりますファーレ辺境伯殿。僕はランド・セルポミュレー・フォン・あらいづもと申します」
ランド・某・あらいづも公子は俺よりひとつ年下の青年であった。それともう一人……。
「ベアトリクス・テルマイーゼ・フォン・ラガンティーヌ」
なんとこの女性は皇女であった。俺の記憶が正しければ第三皇女だ。となればやはり噂は正しかったようだ。
あらいづも公子と付き合いのあるという……。
親族と友人の不幸が重なり、執筆する気力がありませんでした。まことに申し分けありません。