第八十五話 ロイド、新型の砲に驚愕する
「閣下、小銃の受領完了しました」ツキハ大尉は敬礼して言った。
「苦労。やはり二日では運び切れなかったか」
「申し訳ありません」
「いや、責めている訳ではないのだ。感謝している」
銃の受品には然るべきルートでないと受け取れないので、今回はきちんと提出すべき書類を決済して、銃を受け取ったのだった。しかし書類仕事は時間がかかる。根回しもせねばならなかったので余計に時間がかかった。
「あ、それとですね、牽引式魔導平射砲を一門あずかって来ました」
「ほう」
今まで魔導方式の砲は満足のいく性能をみたせなかった。試作型といえどリリースしてきたという事は要求性能を満たせた訳だ。
「なんでも初速が段違いに速いそうです」
「ほほう、初速がね(え、どういう事?)」えーと確か、初速が速ければ威力が上がるだっけ? ま、いいか、後で誰かに聞いても良いし。
「小銃は館の倉庫に入れてきましたが、砲は持って来ました」
「あっそう、んじゃ試射してみるか」
天幕を出たら件の魔導平射砲が置いてあった。側にいた兵に試射する旨を伝える。ついでに砲兵課の兵を集めさせた。
見た目は普通の平射砲とあまり変わらない。砲身が長いのが特徴か? あと後装式だ。初めてみた。
馬を持ってこさせて牽引させる。
砲兵課の士官に聞く。
「こいつは初速が速いらしい。確か速ければ威力が上がる筈だよな?」
「ハ、その通りであります」
「この砲はどう思う?」
「撃ってみないとわかりませんが、さしあたっては取り回しが少々面倒かと」
「そんなに変わるものか?」
「はい。変わります。こいつは後装式なので撃つ手順から違いますから」
威力を確かめる為に試射する場に普通の平射砲を並べた。
「大将閣下、まずは従来形の平射砲を撃ってみます」
目標にしたのは二階建ての商会だった。
「玉薬込め」火薬を詰める。
「玉込め」丸い球を込める。
「前方の目標を指向。よーし、撃て!」
ズドンと火薬が点火した。砲車が火を吹いて後ろに勢い良く下がる。
商会の一階部に小さな穴が開いた。砲術を担当する兵が俺に向き直る。
「これが従来の砲兵力です」
「ツキハ君、この新型の玉薬は?」
「魔導式なので玉薬は要りません。また球も新型であります」
ツキハは新型の砲弾を上げてみせた。先が尖っている。寸詰まりの鉛筆みたいだ。いや、どちらかと言えば座薬だ。
後装式なので栓尾を開ける。そこに球を込め、栓尾を閉じる。
砲兵課の士官が俺を見た。
「うむ、撃って良し」
「ハ、撃ちます。目標を指向。撃て!」
兵がトリガーを引いた。ブホンと間抜けな音を出して砲車はやはり勢い良く下がる。下がり幅は圧倒的にこっちが上だった。
バッコーンと先のそれとは違う破裂音がした。
「ちょ、今の音聞いたか?」「ああ」「口径は変わらなかったぞ」「大威力だ……」
砲兵課の男たちがざわついていた。
ひとりの兵が確認しに走った。
商会の中を検めた兵は『集まれ』の合図をだした。何か凄いみたいだ。
皆で見に行く。
商会の中はびっくりするほど破壊されていた。炸裂する規模が違うのが俺にもわかった。
「……これはなんとも…凄いな」
「こうまで違うとは……」
「君らでも驚愕するか」
「はい」
「ツキハ君、これの球は何発ある?」
「あと二十九発です」
「合計三十発か、少ないな。調達費用を考えたら頭が痛いが、こいつが量産されれば……」
「閣下、この砲は量産されないのですか?」と砲兵課の士官が尋ねてきた。
「量産されれば良いのだが、調達費用がね」
「残念です、こいつは既存の平射砲を遥かに上まっております。実に革新的なんですが」
「工廠と軍務尚書閣下には上申しておく」
「お願いします」士官は俺に向かい一礼した。
この凄い砲ならダーサを何匹もまとめて粉砕できよう。上申書にはこの点を重要視させて書くべきだ。
俺は早速上申書を書いた。とにかく褒めちぎって既存の砲と違う事を強調しておいた。
書き終わり、ツキハを呼び出す。
「この上申書を持って軍務尚書閣下に手渡してくれ」
「はい、畏まりました」
「今日は君も疲れているだろうから、明日の朝イチ…いや明後日の朝で跳んでくれたまえ」
「は、了解であります」
「それと工廠に寄って少数の先行量産型を造ってくれと頼んでおいてくれるかね。これが要望書だ」
「は、預からせていただきます」
とりあえずは俺が出来るのはここまでだ。だが問題は二点、コストの高さと砲弾の非汎用性だ。おそらくは通常の円弾でも代用は可能だろう。しかしあの破壊力は特別仕様の砲弾があってこそだ。
なんとか量産化にこぎつければ良いのだがな。