第八十四話 ロイド、今後の方針を制定する
予想外の転移者の出現に驚いたが、俺は自分の職掌を忘れてはいない。つまりは軍務に来たのだ。
駐屯地にある司令部に入る。当番兵が俺を見て声を上げた。
「ファーレ大将閣下ご入室!
一同、礼!」
室内の者達は立ち上がり敬礼する。俺も答礼で応えた。
「戦況を聞きたい」
「ハ、では自分が」と戦務課の大尉が応える。
「現在、第一から第四の偵察隊が展開中でありまして、第一偵察隊が北都内部、第二から第四までが北都郊外にて活動中であります」
「偵察か、兵は過不足無しなんだろうな?」
「ハ、第一から第三までは増強一個小隊、第四は深部捜索の為、二個小隊で編成されています」
「わかった、あまり無理をさせないように」
「了解であります」
しかしこの日、第四の部隊は戻らなかった。
翌日。
「野営の線も消えたか……」
「ハ、彼らに野営するだけの装備はありません」
「……せめてどこまで行ったかを知れれば良かったのだがな」
「申し訳ありません」
「君に責任は無いよ」
「ありがとう御座います、ですが」
「二個小隊が悪かったのか?」
「こちらが想定した以上の兵数があったのでしょう。そうで無ければ最低でも伝令兵が帰ってこれた筈ですから」
俺は地図を見た。北都はЭの字の様になっている左側は湖だ。我々はまだ右端しか奪還していない。
昨日の第一小隊はЭの字の上辺を偵察して敵の巣をひとつ見つけていた。
さて、ではどうするか? 選択肢はふたつある。ひとつは北都全域に巣を破壊するだけの戦力を持って北都奪還を優先する。
もうひとつは深部捜索隊を充実させて包括的に事を進めるかだ。
俺はしばし考えた。
……北都奪還を優先させよう。北都郊外は後まわしでも構わない。
「これからの方針を伝える。先ずやるべきは北都の奪還である。北都郊外は後まわしだ。この方針で作戦計画を練って欲しい」
「了解しました」
「狼の口戦術は有効である。その為、随時防壁を延伸していく」
「それでは時間がかかるばかりでは?」
「最終的に北都が迷路になっても安全を優先する」
「わかりました」
「私からいいか?」ドラクルが手を上げた。
「構わないよ、何かあったのか?」
「これはまだ仮説の最中だが、連中は振動を感覚器として捉えているのかと思ったのだ」
……振動か、なるほど。
「仮説の根拠は?」
「奴らには目が無い。しかし我々を『見て』いる。ならば何をもって我々を見ているのか、匂い? 音? もちろんその可能性はある。
しかし、振動だとするといくつかの説明になる」
「例えば?」
「少人数で行動した場合、ダーサの攻撃は無かった。対し、大多数で行動した場合、ダーサの攻撃があった」
「なるほど」
「匂いや音だとこの仮説は成り立たない」
「だとすれば、どう攻撃したものか……」
「ごく少人数で巣に潜り込み」参謀のひとりが挙手した。
「いや駄目だ。それでは敵を殲滅しきれない」俺はその参謀の発言を遮った。
「巣があれば殲滅させる。これは絶対だ」
「では小隊規模でよろしいでしょうか?」
「そうだな、小隊規模で事にあたる」
「了解しました」
「作戦立案にどれくらいかかる?」
「三日もあれば形になります」
「作戦開始から完了までは?」
「最低でも三ヶ月と思ってください」
「北都奪還まで三ヶ月か、年内には終わらせたいな」
「閣下、まだ立案はしていません。年内に終わるとは限りません」
「すまない」つい先走った。いかんいかん。
「閣下、先程も申したとおり作戦立案には三日ほど下さい」
「うむ、では四日後に頼む」
とりあえずはこんなもんか。
ドラクルとツキハを連れて司令部からでた。自分の天幕にもどる。
「ユージーン、茶を煎れてくれ」
「甘茶ですね」
ああ、と応えると『承知しました』とユージーンは退室した。
彼女は五分程で戻ってきた。どうやら湯は沸かしてあったみたいだ。
「坊っちゃま、甘茶を用意しました、どうぞ」
「ありがとう」
湯のみを受け取り、ひとくち飲む。…美味い。やはり茶は甘茶に限る。この自然な甘味が良いのだ。
軍務は嫌ではないが、茶が渋いのが気に入らない。甘茶の購入を兵站部に申し出たが自費でならどうぞと言われた。解せん。糧食には甘味も付いているのにな。
「なあドラクル、何故軍の茶は渋いやつしか無いんだろうな?」
「…聞いた話では眠気覚ましのため渋茶だそうな」
「へえー」
「お前様は甘茶好きだな」
「茶は甘茶に限る(断言)」
「甘茶、美味しいですよね」ツキハも甘茶が好きらしい。
「だろう?」
「そんな事より、お前様は年内に拘っていたな、何故だ?」
「……レティカの産んだ子を奉して北都を奪還したいからな」
「…それは……」ドラクルは絶句した。
「俺は政治的動物だからな。そうするさ」
「…………」
「北都奪還は政治でもある。本作戦の大元の俺としては軍務以上に政治的である必要がある」
「その旗頭になんの責任もない赤子を持ち出すのか?」
「そうさ。幻滅したかね? 赤子といえど大公の遺児だ。それなりの立場がある」
「……いや、お前様が正しい」
「同意を得てくれてありがとう」俺は席を立ち壁に掛けられた北都の地図を見た。
「北都奪還まであと少しだ……」
視線の先は何も答えないでいた……。
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