第七十九話 ロイド、指揮をとり、今後を模索する
「構え」兵たちが小銃を構える。
「狙え」指揮杖を前方に向ける。
「撃て!」カチ、カチ、カチとトリガーを引き絞る音が小さく響いた。
それら一連の行為をカメラマン達が前方から(旧独逸陸軍に付随した宣伝省のカメラマンの様に)撮った。
無論、これは宣伝の為だった。いや、本来ならダーサが居たとしても同じように撮っている。単に敵が居ないだけだ。
単純に敵が居ないのなら歓迎だが、事態はもっと悪いかも知れない。何故ならダーサ共が居れば攻撃すれば良いのだが、実際はあとどれだけ居るのか分からないから不明瞭だ。
……しかし、絵映えのしない構図だな。小銃は火薬式出ないから煙も出ない。カメラマンから見たら単に小銃を構えているだけなのだからな。
だが、実際にはカメラマン達は元気に色々構図を変えてバシャバシャとフラッシュをたいて写真を撮っていた。もちろん、俺達も協力してるがね。
「はーいお疲れ様でーす」と隠れて見えない位置に潜んでいたカメラマンのチーフが現れて告げた。
なんかのバラエティみたいだな。
場が弛緩する。こちらの兵らも銃をおろした。
が、突然、物見やぐらに登って周囲を警戒していた兵が叫んだ。
「敵襲ぅ、敵襲ぅっ!」
敵襲だって、マジで!?
「敵、大集団です! 接敵間近!」
俺の隷下の兵たちは緊張に身を震わせる者とぼんやりしている者とに分かれた。
「何をぼんやりしているかっ! 戦列を敷くぞ!」
俺はぼんやりしている若い兵を怒鳴った。
「閣下、退避を!?」俺の近くにいた古参の兵(曹長だった)が俺に退避を促す。
「馬鹿者! 今はそんな場合じゃ無いだろうが。貴様ら、銃を構えろ!」
「ハッ!」半ば条件反射なのか曹長ら全員が銃を構えなおした。
「触敵、狼の口、全門開きます!」
俺達の前の門が上がった。
「八号門開いた、敵、来るぞ。おい撮影班、邪魔だ逃げろ逃げろ!」
俺が怒鳴ったら撮影班のチーフが真逆の事を言い出した。
「撮影班、板を取り替えたら撮影再開!!」
「おい君……」
「我々撮影班の信条は『前から撮れ』です! 問題ありません!」
「問題だらけだ、クソ、撮影班には当てるなよ!」
幸いなのは門の周りに撮影班がいない事だ。
「臼砲、曲射砲、平射砲、全部持ってこい!!」
臼砲は外に、曲射砲と平射砲は門の正面に指向すれば標的に困らない。他の門の前に置かれた曲射砲とかの一部は既に攻撃を開始していた。
やや遅れて、この部隊の砲兵らが部隊を展開させた。
「大将閣下、曲射砲、平射砲、準備出来ました!」
「よーし、どんどん撃て」
通常は門が上がっている内は曲射砲とかの砲撃は許可されている。門が下れば攻撃中止だ。臼砲は門の外を狙っているので敵が引くまで攻撃を続行する。
臼砲とは山なりの弾道を画き上空から撃ち落して攻撃する砲だ。曲射砲もそうだが画くカーブはゆるい。曲射砲の欠点は命中率の低さで臼砲は距離が短い。
対して平射砲は水平撃ちに徹する砲だ。火力は高いが難点は重すぎて移動が難しい。まあどれも一長一短だ。通常は臼砲と曲射砲には馬が一頭でも運べるだが、平射砲には馬が最低でも四頭必要になるのだ。あと玉薬がべらぼうにかかるのも地味に痛い。
砲は全種が魔導化していない化学火薬式なのでドンドンとうるさい。しかし逆に火力を与えてくれるから安心感が違う。
門からは十匹程度のダーサが侵入してきた。だがこちらの攻撃力が高いので殲滅は容易だ。
ここで一旦門が下がって閉鎖する。死んだダーサは肌の色が暗くなるから生きているかどうかの判断はしやすい。門が閉じれば邪魔なダーサをどかせる。これを怠るとダーサがジャンプしてきて危ないのだ。
あらかじめ用意してあったロープにダーサを引っ掛け、えっさほいさと移動させていった。
この間に臼砲がポフンポフンと気の抜けた音をだして弾を撃ちだす。数秒の間をおいて着弾する音が聞こえた。ダーサもダーサで音を出さないから迫力に欠ける事この上ない。まぁ戦闘には違いないが……。
しかし、どういう理屈なのか知らんが、何故急に仕掛けて来た? まるでデタラメなCPUのゲームなのか、はたまた深謀遠慮の結果なのか、よくわからん戦闘のタイミングだな。どちらかと言えばデタラメなゲームみたいだ、まるで読めん。
「閣下、閣下は下がってください」先の曹長が告げに来た。まぁ頃合いだな。
「少尉は居るか?」
「はい、居ります」この分隊の隊長が起立する。
「貴官に指揮権を返す」
「ハ!」
「貴官も兵も死ぬなよ」
「ハ!」少尉はしゃちほこばって敬礼してきた。
俺も答礼をし、場を離れた。……しかしキモが冷えたわ。
後ろやあちこちで射撃が再開されるのを聞いた。
「いやあイイ画が取れましたよ」先の男がまた現れた。
「それは良かったな」
「はい、閣下が緊張しながら命令を下だすあたりは臨場感アリで」
「ま、事実だからな」
「またお願いします」
「周りがなにも言わなかったらね」多分反対されるだろうよ。チーフの男に手を振って別れた。
とりあえず准将らに会いに行く。
「災難でしたね」とスミカワ准将。
「しかし、無事に指揮を取られて幸いです」とジェラルド准将。
「ですが閣下に現場の指揮を取るのは流石に……」
「わかってるさ、今回は非常事態だった。ところで司令部の見解を聞きたい」
「突然の襲来でした。司令部としてもこの襲来には驚かせました」
「対抗策はないのか?」
「……現状の人員では哨戒は無理です」
「つまり、敵が攻めてきたら迎え撃つ、それしか無いのか……」
「遺憾ながら」
「では北都奪還にはどれだけかかる?」
「……最短でも半年はかかります」
「そうか……」(半年か、レティカの出産の後か……。担ぎ出す神輿は男児が良いのだがな。ま、子供は精霊の恵みだし、どちらでも元気ならそれで良いか)
「さて、ならば今回連中が攻めてきた意図をかんがえようか」
「ダーサ共の最後っ屁、の可能性もあります」
「それはまだ分かりませんよ。戦闘が続いています」
「そうだな。これが最後なら良いんだが。スミカワ准将、前回の戦闘はどう展開した?」
「ハ、…前回は午後の一刻半あたりでしたか、やはり同じような襲撃でした」
「勝ち負けは?」
「無論、こちらの判定勝ちです」
「そうか……」
「何か気になる点でも?」
「いや、敵の根拠地を潰すまでは気を抜けんなと感じたまでだ」
「敵の根拠地。……北都の中、に見せかけて北都の外かも知れませんね」
「確かに」
「土の中、水の中、森の中、考えられるだけでも最低はこれだけある」
「いっその事、後をつけてみますか?」
「逆撃が怖いですがね」
「ジェラルド准将、スミカワ准将の言い分が現状ではマシだ。今戦闘が終われば送り狼を送るぞ」
ジェラルド、スミカワ両准将が目配せし合った。『どちらがやる?』そのあたりだろう。
「ジェラルド准将、今、手すきの部隊はあるか?」
「一個中隊がまるまる余っています」
「良し、その中から三個小隊を抽出して送り出すよう差配してくれ」
「中隊全力の方が良いのでは?」
「後をつけるだけだ。たいした数はいらない」
「了解しました」
ダーサとの戦闘は小半刻(三十分)程で急速に終わった。それにしてもダーサって奴らは相互扶助の概念がないというのか仲間意識は低い。傷ついた奴を庇わないし連れて帰る奴もいない。そもそも連系すらしない。後わかっているのはこちらの集団に対して攻撃はしてくるが、あまり個人には攻撃してこない。前線で取り残された兵を無視して戦闘が続けられた例もある。
「ファーレ大将閣下、追跡部隊、準備が完了しました」
「おう」
司令部前に三個小隊が整列していた。最先任の少尉を呼ぶ。
「君が責任者かね? 名は?」
「クラッキ・ベンネル少尉であります閣下」
「よろしいベンネル少尉。君は何を成すべきか心得ている?」
「ハ! 小官らはダーサを追い、可能なら敵根拠地を発見する事であります!」
「うん、よろしい。聞いているとは思うが、戦闘は極力避けよ」
「了解であります!」
「頼むぞ」
「ハッ!」
「よし、行きたまえ」
「ベンネル少尉以下第一第二第三小隊、出ます!」
この一回で見つけられるとは思って無いが、経験を積む事にはなる。やって損はない。
…頑張ってほしい。ただそう思うばかりであった。