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辺境伯ロイド奇譚 〜誰が彼を英雄と名付けたのか〜  作者: 塚本十蔵
第3章 ロイド辺境伯、領主として大将として
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第七十七話 ロイド、初等学校の名誉校長になる

 いよいよ初等学級用の学校が開設する事となった。

 正直、上手く運営出来るか不安もある。だが、何としてでも学業を定着させ領民の識字率を上げるのだ。

 今日は間にあわなかったが、高等教育学部(十二歳から十五歳)や大人用の夜学も開設する運びとなっている。


 今回集まったのは六歳から十一歳の三百四十名だ。これが多いか少ないかと言えば少ない。戸籍上では倍以上の児童が居るのだ。児童の招集率も今後の課題だ。


 体育館兼講堂には三百四十名の子どもたちと保護者が入って来ている。その中にはイライジャの姿もあった。かのじょの傍らには館の専任献護師のフランシアがついている。ただ、まぁ人種が違うから姉妹にも親子にも見えないのだが……。

 俺としても側に居てやれたらと思うが、今日の俺は公人として参加しているので、贔屓させない為にもあえて距離を取っている。



 真新しい講堂には木とワックスの匂いに包まれていかにも新品です、といった趣きがあった。

 やはり新品の魔導マイクの調節も終わり、いざ開校となった。


『只今より、第一回公立初等教育学部の開設をします。生徒の皆さんは側にある席に自由に座って下さい。保護者の方々は講堂の後ろの方へ』


 声の通りの良い女性の教員がはきはきと指示した。

 子どもたちはキョロキョロとあたりを見渡し、思い思いに席につく。




 本来開校は年始を予定していたのだが、テストケースとして、あるいは教員達が慣れる為に開校を早めたのだった。

 イライジャは一年しか居ないが、かのじょの後に続く何百人の子供等へ対処するテストプレイヤーでもある。

 どうせ、絶対に、トラブルが起きるのだから、早いうちに慣れなければならない。そうした背景があって開校を早める必要があったのだった。


『全員着席しましたね。では始めます。最初は校長先生からのお話です』


 いやはや校長の選出にも苦労したわ。在野の私塾を経営していた人物で校長を引き受けてくれる人を探すのだからな。


『皆さんはじめまして校長を務めますエマージュ・アーカンソーです』


 校長に求めるのは運営能力だ。その点、この初老の婦人は私塾を長年経営してきた実績がある。


 長すぎず、短すぎない彼女の挨拶は程よい長さで締められた。

 今回、俺は挨拶しない事にしている。何故かって? 俺みたいな強面が挨拶しても子供らの情操教育には悪かろうと思ってだ。事実、誰も俺と目を合わそうとしない。例外はイライジャだ。あの児だけは俺をずっと見つめていた。


『次は学年別の教科書などの受け渡しです』


 ランドセルに各学年別の教科書とノート、鉛筆とかを入れたセットを用意した。

 親切心、からではない。学問を学ぶにあたり無料でここまでしますよ、というメッセージだ。今ここに居ない子供らは親が教育は無用との立場に立っている。そこを崩すにはこうした小細工が必要だったのだ。


 教育無用論の要旨は単純だ。教育には金がかかる。それに尽きる。

 確かに同じ六歳でも丁稚に行けば金になる(これは厳密には不正解だが)そう考える保護者は多い。だが俺は丁稚奉公主義を否定する。そんな古臭い体制はこれからも排除していく方針だ。

 元日本人だからか? いいやそれだけでは無い、為政者として教育の施行は必至なのだ。少なくとも俺はそう思っている。


 子供らの学習する科目は国語と算数、社会、道徳の四科目だ。上級生になれば理科を追加するが、当面はこの四科目で十分だ。まずは基礎をしっかりと学んでほしい。

 学習時間はひとコマ四十分だ。いささか中途半端な時間だが、短くては覚えるのに足りないし、長ければ集中力が途切れる。そこで割り出したのが四十分という訳だった。

 で、給食時間の後は解散だ。自習をしても良いし遊具で遊んでも良い。いずれ高学年になれば勉強する方にシフトを組むのだが、今は学校というモノが楽しいのだとと思ってほしい。

 まぁ学校なんてモラトリアムの時間でもあるし(暴言)楽しめるのなら楽しんだ方がマシだ。


 しかしイライジャは上手くやっていけるのだろうか? プールがないから水泳の時間はなしなのだから男の子とはバレないだろうが……。

 まああんまり人見知りしないし、困難にもぶち当たっていくタイプなんで、多少のトラブルには自力で対処するタイプだから良いか……。……もしイジメがあったらどうしようか? いやいやそれは考えすぎか。それよりも派閥だな、イライジャはどの派閥に付くんだろう?

 ああ心配だなぁ……。心配になってきた。教室まで行ってみようか? いやいや駄目だ、甘やかしてはいけない。ここで甘い扱いをしたら俺から自立出来なくなるぞ? かのじょは何時かは俺の元から出ていくんだ。よし、俺も強い心構えで行こう。


 なお、俺は名誉校長になった。最初は固辞してたんだが周囲が『いや、それはどうかと……』などと消極的反対にあい、結局引き受けた訳だ。まぁ名義貸しだね。



「……校長殿、……ファーレ校長殿」ん?


「何かね教頭」俺を呼んでいたのは教頭のエド・オウベンという名の中年男性だった。


 どこか凡庸とした顔つきだが、中身は帝都で私塾を経営していた敏腕だ。本来なら彼が校長役だったのだが、彼は影から校長を支える役の方が良いと言った経緯があった。


「ファーレ校長殿、この後はいかがなさいますか。校内でも見て歩かれますか?」


「…いや、俺の様な強面の大男が校内を練り歩くと泣く子供らが出るやもしれん。それに俺は名誉校長だからな飾りは飾りで居ておくよ。

 それよりも防犯対策はどうなっている?」


「は、以前おっしゃっていた不審者侵入対策は常時警備員が校内を周る様に取り計らいました。また登下校時には街の有志らが目を光らせて置くようにしております」


「うむ、それで良い。児童を狙った犯罪者が出ないよう巡羅の者にも厳命しておく」


「ありがとう御座います」


「オウベン君、俺は俺の出来る範囲でこの学校を守って行く。君は君で出来る限りの事をしていってくれ」


「は!」


「この教育機関が上手く行けば、後々の学校創設にも弾みがつく。頼んだぞ」


「は、お任せください」


「さて、では俺は帰るとする。しっかりと頼んだ」


「は!」


 こうして俺が希求する学び舎が出来たのだった。イライジャの事が心配だが、俺が介入する訳にもいくまい。頑張れイライジャ。

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