第七十三話 ロイド、友人に会う
「閣下、お顔が真っ青ですよ、大丈夫ですか?」
いつの間にかツキハが入ってきていた。
「いや何てもない」
「なんでもないってお顔じゃないですよ」
「なに、ちょっと嫌な話をしていただけだ」
「……そうですか、…では帰りますか」
「いや、ちょっと寄る所がある」
「どなたかとお会いになられるのですか?」
「そうだ。まぁ今日は訪問状を出すだけたがね」そう、俺はアレックスと会わねばならない。
「それとは話が違うが、貴様は大尉に昇格だ、おめでとう」
「! ありがとうございます!」
「頑張れば少佐も夢ではないそうだ」
「はい! 頑張ります!」
アレックス・ヘルマン・フォン・ベルデナント・グーン大公公子。またはベルデナント伯爵アレックスだ。ふたつの名があるのは公爵以上の長男(長女)に贈られる法服貴族の事だ。アレックスの場合、グーン家を継げばアレックスの長男に受け継がせる事になる。
ちなみに帝国貴族の女性は爵位を得れない。公爵以上の長女の場合は子爵まででしかない。帝室の特権とも言える。
以前にも記したが、法服貴族とは帯剣貴族(俺の場合は指揮杖を貰った)や土地を管理する貴族と違い、政務に携わる貴族の事だ。名士や郷士も法服貴族には成れる。
このあたりイギリス貴族とドイツ貴族とフランス貴族がごっちゃ混ぜになっていて、さらに帝国がアレンジした独自の風習だ。だから細かい事には気にしては駄目だ。
俺がアレックスと会う理由。それは言うまでもなく先の会談の事だ。他言無用だが知った事じゃない。
帝宮を辞し、一旦帝都の上屋敷へ戻る。そして訪問状を書き、小間使いに託した。
しばらくするとアレックスの所へやった小間使いが帰ってきた。
あいにくとアレックスは出張中であと二日は帰らないとの事。帰り次第返事を返すだってさ。
礼服から締め付けの緩い服を選んでいる時にツキハを呼んだ。
「どうかされましたか?」
「俺は帝都にて最低でも三日は滞在する。その間君には三日間の臨時休暇を与える」
「ええ? 私は閣下の副官ですよ!?」
「帝都に残るのは私事だ。公務なら君にも居てもらう必要があるが、私事にまで付き合う必要はない」
一瞬ショボーンとした彼女だったが、表情を百八十度変えて口を開いた。
「なら、領の館に帰っても構いませんね!?」
「構わないぞ」
「じゃあ猫と戯れます!」
猫? あ、あの猫らか。そういや……。
「ツキハ君、先日、不可思議な事があったんだ。
俺が猫に与えた部屋に知らない猫が増えていた。その中の一匹は北都奪還のための陣地に居たやつだ。まさかと思うが、猫達を連れ帰ってきたのは君かね?」
ツキハはマッハで目をそらした。やっぱ犯人はこいつか。
「ふぅ……、もしかしてユージーンも絡んでいるのか?」
「……はい」
「わかった、わかったよ、事後認証しよう。だが……」
喜色を浮かべた副官に新たな役職をつけてやる。
「だが、今日から貴様は『猫の餌係り』だ」
ツキハの顔色が変わった。
「そんなぁ……」
「家主に無断で飼い猫を増やしたんだ。むしろ光栄に思え」
「はい……」
「ヒューレイルと交代したら自由に楽しめ」
「あ、はい。了解しました!」
俺も甘いわ……。
二日後、アレックスは今日なら歓待すると訪問状の返しを送ってきた。ならば行かねば。
俺は招待されたアレックスの屋敷に来た。やあやあようようとアレックスと握手する。それ位で良い関係だった。
豪奢な応接間のソファーを勧められた。
「久しぶりだねロイド」
「ああ、半年以上たつもんな」
「茶か…いや酒だな」パチン、と指を鳴らす。俺がやったらベチンだがら格好がつかない。羨ましいもんだ。
「僕にはウィスキーを、彼には…おい、ウォトカで構わないな? ウォトカを用意してくれ」
「はい、畏まりました」客間女中は一礼して下がった。しかし何度来てもここのお仕着せの色…イタリアンィエローは目がちかちかする。
酒が用意されるまで時候の挨拶やどーでもよい話で時間を潰す。
「我らの友情に」「我らの友誼に」
「「乾杯」」
乾杯してぐっと飲み干す。中々良い酒だ。
「景気はどうだい?」
「上半期から上向きだよ。農業、林業、軽工業。…重工業は鈍いが、それ以外なら順調だ」
「そいつは良かった。借金を借金して返すのは愚策だからな」
「ああ、五カ年計画、十カ年計画は予定通りに行きそうだ」
「油断は禁物だぜ、我が友」
「大胆かつ慎重に、だぜ、我が友」
「そういや、オットーとユーノが婚約したぞ」
「マジでか!?」
オットーことオットー・ヴァン・フォン・ヘイゲルコーンとユーノリアル・シズ・ファリオンが婚約かぁ。軍政面で何か動きがあるやもな…。法服貴族のオットーは政治の道に入っており、ユーノの父親は軍政面の重鎮だからな。
まぁ、それ抜きにしても目出度い話だ。
「ふたりの将来に乾杯!」再び乾杯する。
「君はどうなんだ? あちこちから見合い状が届けて来るんだろう?」
「……実際に何人かと付き合いがあるが、正直どれもいまいちだ」
「贅沢な!」
「そういや君は結婚していたな」
「俺の場合は特殊さ、……結婚は人生の墓場だという言葉がある。俺はそこの墓守やっている…、つまらん話だよ」
「…そうか」
「実はな、花嫁が俺を嫌っていて、式を蹴ったのさ」
「おい、それは……」
「で急遽代理を仕立てて式に臨んだ訳だ」
「ははは、中々楽しくやってるじゃないか」
「ああ、人生楽しくやってもらっているさ」
「しかし、良く都合の良い代理人がいたな。確か花嫁は西部の女性だった筈だ。北部にはそうは居ないだろう?」
「…実はな、帝都の貧民街で俺を助けてくれた子供が居たんだ。色々あって俺が引き取ったんだ。その児は西部の血が流れていてな、丁度良いから影武者に使ったのさ。
その児と花嫁は身長差があったが領民は誰も本物を知らない、多少苦労したが婚姻の儀を終えたよ」
「バレたら醜聞な話では済まされんな」
「その時は開き直るさ」
ハハハとふたりして笑いあった。
「話は変わるが、君はどうして帝都にて居る? 俺が知っているのは北都の駅を奪い返したまでだ。汽車を走らせるにも限界がある」グラスを置いたアレックスが声を低くして話した。
「魔法でヒューンとな」
「おい」
「冗談だし、冗談ではない。軍機なんだ」俺も声をひそめた。
「さて本題だ」俺は僅かに身体をのり出した。
「レティカは俺を頼り、ファーレ領までやって来た。それはいい、だが彼女は妊娠していた。
先日、皇帝陛下から内々でレティカの処遇を決められた。その中に産まれたのが男児ならそれは構わない。だが女児である場合、当面の場は男児として発表しろと。そして…良いかアレックス、皇帝陛下は俺にレティカを孕ませて男児を産ませろと言ってきた」
「……ロイド、それは……」
「どうやってか俺とレティカは互いを好きでいる事すら知っている様だ」
「どうやってその話しを?」
「俺が知りたいよ。俺はなアレックス、俺は自分の笑い話や軽い醜聞をわざと情報を流している。理由は我が家の防諜体制を確かめる為だ。
だが、俺と彼女の仲に関する噂話はやっていない。それは確かだ。まぁレティカの側から漏れた線もあるがね」
「謎は謎のままか……」
いや待てよ、何かを忘れている。何をだ?
「どうしたロイド?」
「いや、何かを忘れている。…なんだ?」
防諜は俺が実施している……、しているが……元は……、そうだよ、思い出した!
「アレックス」声をさらにひそめる。
「自分の屋敷の人間に密偵が忍び込んでいる」
「なに!?」
「思い出したんだ、俺の帝都屋敷に勤めていた婦長が帝国の密偵だったんだ。木っ端の辺境伯風情にも密偵が居たんだ、君の所なら絶対に居る」
「君を疑う訳ではないが…本当か? 我が家の使用人らの身元は確かだぞ」
「俺の所でも使用人らの身元はシロばかりだった。だがそれも隠れ蓑だったさ」
「では?」
「疑え、としか言いようは無いな」
「クソ……」
だよなぁ、悪態しかつきようが無い。
「もう一度内偵をしてみるよ。それでも尻尾は出さないだろうが」
「俺もそうするよ。しかし、となれば」
「君がここへ来た事も知られているな」
「だな」
「どうするロイド?」
「……開き直るしかないな」
「ロイド、フランクらには会うな」
「わかったよ。残念だが仕方ない」
「済まないな」
「アレックス、君が謝る必要は無いぜ」
「そうかな?」
「そうだよ」ふたりして笑いあった。さて、俺の所もそうだが、レティカの周囲も改めねばな。
「アレックス、今日は楽しかった。これでお暇するよ」
「うん。…ロイド、無茶はするなよ。それと北都打通作戦完遂おめでとう」
「ありがとう。だが打通作戦自身は兵隊らの尽力の結果だ、俺じゃない」
「君は謙遜が過ぎるぞ。自信を持って胸を張れ」
「わかったよ親友。これからはそうする」
俺達は席を立ち、玄関ホールへ向かった。
「ロイド、壮健でな」
「君もだよ。お互いにだ」
「ああ、ではな」
「郵便使が復活したら手紙を書くよ」
「わかった」
「ではな」
「うん」
これで再会は終了した。やはり親友は良いな。さて、帰ったら炙り出しにかかるか。
その前に一件寄る所が出来たな。
帯剣貴族や法服貴族の事はグーグルからの出典です。しかし作中における制度はかなりアレンジしています。
あと、小間使いのルビにタイガーといれましたが使い方は間違っております。
と言うのもタイガーは男性使用人の中でも稀な存在で日本語訳もありません。どうにか判断出来るのは馬車に乗っている、までです。
どうやら従者の子供バージョンみたいなのですが資料が無く、今回特別に小間使いにルビをふりました。