第七十話 ロイド、ツキハに謝罪する
さて少々困った事になった。
ツキハの事だ。先週使い回したせいで体調不良になったのだ。これは全て俺の責任だ。幸い跳躍能力がなくなる事はない様だが今週は無理出来ない。俺に出来るのは料理長に命じて滋養のある食物を提供する事と休みを与える事だけだ。
正直忸怩たるものがあるがどうにもならない。
俺の方は抜糸も終わり休養中だ。本来なら今週は戦地に居るのだが俺もツキハも動けない。現場指揮は少将が取っているから心配はしていないが……。
書類を捌く事しか出来ないのは歯がゆいんだが臨時に俺の寝室を執務室兼会議室にしてどうにか執務の体裁を整えた。多少不自由だが仕方ないな。
「従兄…失礼しました、ロイド様、こちらの書類を纏めました。検めて下さい」
「従兄弟でも構わないんだぞ?」
「いえ、ここは公務の場ですから」
「タンクレート、成長したな」
「ありがとうございます。それでこちらの書類ですが今月の集計分が来ていないので仮認証して下さい」
「ん、わかった」
活気のある職場は良いな。それが成長途中だから熱気が違う。
「ロイド様、面会予定のジリオラ・メッテン様がお見えになりましたが、よろしいのですか?」
「構わない。その前に上着だけはくれ。少しでも体裁は整えねばな」
「はい」
ユージーンがクローゼットから上着を取り出した。
「坊っちゃま、こちらの上着でよろしいですか?」
「ああ、それで良い」
上着を羽織り、最低限だが体裁が整った。
ノックがし、扉が開かれる。メッテン女史が入って来た。俺の前で一礼する。
「本日は急な案件であいすみません」
「こちらこそ、こんな格好で申し訳ない」
「お怪我の方は如何ですか?」
「もう間もなく完治ですよ。それより本日は? おっと、席をお出してやってくれ」
「ありがとう御座います、辺境伯様」
「俺が部屋から出れないので臨時の執務室となりごちゃごちゃしていますがお気になさらず」
それから二つ三つ雑談を交わす。
「ところで辺境伯様にお願いがありまして」
「伺いましょう」
「ありがとう御座います。お願いしたいのは古典文化蓄財界への交付金です。こちらの増額を議会に承認させて欲しいのです」
「予算はずいぶんと割いている筈ですが」
「ええ承知しております。ですが閣下もご承知のとおり古典文化の復興には多大な資金が必要であると。そして水物でいる事も」
「つまりは当初の予定とでは乖離していたと言うのですね?」
「はい」
「ふうむ……」しばし悩む。増額だけなら不可能ではないが予算はカツカツなのだ。
あ、そうだ。
「交換条件を設けたい」
「交換条件、ですか?」
「なにたいした話では無いのですよ。
自分が後援している少女歌劇団なんですが、それの実務を任せたいのです。ああ、もちろん貴女に声楽云々をではなく、公演計画の管理をです。
実は専任者が体調を崩しまして、こちらも困っておったのです。
貴女は前職が企画部長というのもありまして、こうした裏方にも精通しておりましたね。いかがでしょうか?」
「暫定ですか、永続ですか?」
「暫定ですよ」
「……わかりました、お引き受けします」
「ありがたい! …おっと、それでいかほどご要望ですか?」
「あ、はい。十二e五十g程必要です」
「十二eですか、……まぁ約束はしたので予算案に通します」
「ありがとう御座います」
ずいぶんと吹っかけられたが、まあ仕方ないな。劇団の方も重要だし適任か……。
「それではお暇させていただきます。辺境伯様、くれぐれも御自愛下さいませ」
「ああ、ありがとう。劇団の方はおって知らせます」
「はい、かしこまりました」
やれやれ、一件用事が済んだら一件増えやがった。
そんなこんなで陳情を受けたり捌いたり、書類仕事を終わらせて行った。
ツキハの方は順調に回復して行っているそうだ。俺からは直接会いに行けないので、些かモヤモヤする。
こうして月末まで書類仕事に追われたのだった。
「ツキハ君、君を使いつぶしかけて済まなかった。どうか
許して欲しい」
翌月の朝食の席にて俺はツキハに頭を下げた。
「と、とととんでもない頭を上げて下さい閣下!」
「いや、そうは言っても君の能力を奪うとこだった」
「閣下、もう回復しましたし、十分に休みを下さったでしょう!?」
「それでも君の管理責任は俺だ。その俺が無闇矢鱈にその能力を使ったのだ。
それに、……また今月から君の能力を使わねばならない。それが心苦しい」
「ロイド様、…ロイド様からの謝罪は受け取りました。それに私はロイド様の副官です。潰れる潰れないとしても存分に私をお使い下さい」
「ありがとう…ありがとう」
俺は彼女の手をぎゅっと包み込んだ。金穀を別にすれば俺に出来るのは手を握りしめる事位だからだ。
「もう謝罪は十分ですよ。それで今月のご予定は?」
「ああ、原則として週替りだが、戦況に応じて戦地での滞在時間を変える」
「了解しました。臣ツキハ、任務に復帰します」と彼女は愛嬌のある敬礼をした。
俺も答礼する。
「くれぐれも無理はするな。少しでも調子が悪かったら言ってくれ」
「はい!」
「君の準備が終わり次第、さっそくだが駐屯兵団陣地まで送ってほしい」
「至急装具を整えます」
「急がなくとも構わない。…そうだな半刻後に出発だ」
「了解しました!」
半刻後、玄関ホールに彼女は現れた。
「ツキハ参りました。ご用命を閣下」
「うん。では行ってくる、後はジルベスター、グレッグ、君らに任せた」
「はい、では行ってらっしゃいませ」
「お気をつけてロイド様」
「わかった。行こうか」
「はい」
一瞬で光景が変わる。ホント跳躍は便利だ。
「あれ?」ツキハが変な声を出した。
「どうした?」
「跳躍する前なんですが、なんと言うか認識範囲が広まったような。それと跳躍後の疲れが明らかに減りました」
「今までとは違うのか?」
「今の疲れなら閣下を連れて、もう一度跳躍出来ますよ」
「それは朗報だが余裕のある時に検証してくれ」
「あ、はい、了解です」
限界まで使ったからレベルアップしたのか? まぁそれは後で構わない。
本部の天幕へと来た。
「少将は居るか?」
「居ります閣下。傷はどうですか?」
「心配かけて済まなかった。急使でしか伝達出来なくて申し訳ない」
「心配しましたが、その様子では完全復帰ですな」
「ああ、それで戦況の方はどうなっている」
「間もなく中央駅ですが市街での抵抗が強いのと狼の口展開が出来ない為、予定よりかは遅れています」
俺は出された床几に座った。
「そうか、それは難儀しているな」
「はい、攻めあぐねております」
「市街で抵抗が強いのは敵の策源地だからか?」
「断定ではありませんが」
「ふむ。中央駅までの距離は?」
「一町強(約七十メートル)です」
「素人の意見で良いか?」
「伺いましょう」
「中央駅から若干離れた場所を圧迫し、手薄な中央駅を速攻で制圧する」
「……それは検討させています」
「そうか。……成功する確率は高いと思うのだがな」
「小官も同感です」
「ならば不安要素は?」
「どこを圧迫するか、またそうした場合、果たして駅は手薄になるのか、です」
「その論法なら『どこ』で『何をしても』同じになるぞ?」
「はい、ですから侵攻が止まっておるのです」
「ならやるべきでは無いのか?」
「…………」
「何か存念があるのか?」
「失礼ですが閣下が中央駅にこだわるのは政治だからですか?」
「『無い』と言えば嘘になる。だがな、政治云々ではなくて現実問題として中央駅を奪取できれば戦略的目標を達成できるからな」
「……わかりました、その線で作戦を立案させます」
「頼む」
こうして中央駅奪取作戦が決まったのだった。
次話をどう書こうか模索中です。ちょっと時間がかかる予定となります。