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辺境伯ロイド奇譚 〜誰が彼を英雄と名付けたのか〜  作者: 塚本十蔵
第3章 ロイド辺境伯、領主として大将として
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第六十九話 ロイド、ベッドから出られない

 ベッドから出れない…いや出さしてくれない。

 まぁベッドの上でも執務は出来るから我慢するが…。

 館に戻り政務にいそしむ。病院とは違ってデモの声を聞かずに済むのはありがたい。


「新型の製紙機はブローグ伯爵領とザラ子爵領バイオーレ伯爵領に一台ずつ進呈しろ。缶詰製造機もヨーツ子爵領とダングラリッサ伯爵領に同様に一台ずつだ」


「少々勿体無く思いますが」グレッグが眉を顰めた。


「まあね。だが絶対に食らいつくよ。今から増産できるよう配慮しておいてくれ」


「はい、かしこまりました」


 ブローグ伯爵やヨーツ子爵とバイオーレ伯爵には製紙機を、ザラ子爵とダングラリッサ伯爵には缶詰製造機を、それぞれの特産にあった工作機械を無料で進呈する。この最新型の製造機を進呈する事によって製紙業者や食品加工業者らが欲しがると見込んだからだ。確かに原型機マザーマシンがあるからと言って無料進呈は愚策かもしれない。だが必ず見返りはあると踏んでいる。

 問題はゴムの代わりの絶縁体だが、ツキハの跳躍能力を使って集めさせる事にした。

 

 彼女にとっていささかオーバーワークになるが、可能な限り負担にならないようスケジュールを調整する。

 先だって砲兵廠から小銃を運ばせたのだ。やってやれん事はない。…多少罪悪感もあるが、そいつは切って捨てた。あ、ツキハには一回毎にボーナスを与えているし、栄養価の高い食事を提供している。それが免罪符になるかは知らんが……。

 ちなみに絶縁体性植物の産地は南部だ。ツキハの産まれも南部だったりする。だから帝都ではなく南部の業者に直接買い付けにいかせた。ついでに臨時休暇もつけてだ。


 しかし、絶縁体性植物が南部にしか無いのは痛いな。今度苗木を持って越させようか……。そうだな、実験の意味を込めて苗木を数本用意させよう。だが苗木が成長するまで最低でも十年はかかるんだよなぁ…。しかしまあ北都の中央駅を奪えればそんな手間も必要なくなるんだがな。


 そう、中央駅と付随する操車場を握れば帝都と連結し物流が回復するのだ。都庁舎や領主館の奪取はそれからで構わない。また先に中央駅を奪えは政治的にもアドバンテージが稼げるのだ。問題は派遣兵団の思惑だがおそらくは同じ事を考えていると思われる。

 つまり早いもの勝負だ。

 卑怯卑劣なのは分かっているが、これは政治。政治に卑怯卑劣は無い。少将にも命じて絶対に奪取せねばな。

  

 ツキハに少将へ中央駅奪取が最優先課題だと伝えさせて送り出した。早ければ今日には帰ってくるのだから戦地の状況はわからないでいる。もどかしいが仕方ない。


「…ロイド様」


「え?」


「お加減が悪いのですか?」


「いや、ちょっとぼんやりしていただけだ。続きを」


「はい。ブローグ伯爵領に送る杉の苗木ですが第三次出荷も無事送り出しました」


「そうか、…あそこの復興具合はどうなった?」  


「は、森林火災は完全に鎮火され、入植も予定通りに進んでいると聞いています」


「グレッグ、ブローグ伯爵に対する無償援助に金の延べ棒を追加しておいてくれ」


「……理由をお聞かせてくださいますか?」


「善意だけじゃないよ。『貴方の所は優遇しています』というだけの話だ。そうすれば向こうも気を良くするだろう。そうなれば製紙機の追加購入にも踏み切れるさ」


「なるほど、ありがとうございました」


「損して得とれ、の格言がある。きっと成果は出るよ」


「はい」


「報告は以上か?」


「はい」


「なら、あとは書類仕事だな」


「重要度の高い分だけ用意しました」


「いや、そんな事をすれば後が滞る。全部持ってこい」


「いいえ、お身体に障ります。御自愛ください」


「傷は致命傷ではない、この程度で休んでいられるか」


「……ロイド様」


「……わかったわかった。じゃあせめてもう十件なら構わないだろう?」


「もう十件だけですよ」


「おう」


「では書類を用意いたします。少々お待ちください」


 グレッグは振り返り振り返り出ていった。

 心配し過ぎだろう……。さて、書類を片付けるか。



 二枚三枚と書類にサインしているとグレッグが帰ってきた。なんかそわそわしている。


「グレッグどうした?」


「は、いいえ…何でもございません」


「何か俺に不都合でもあるのか?」


「いいえ! 違います」


 そう言いつつどこか挙動不審だった。


「ならなんだい?」


「……はい、今うちの使用人がやって来まして……、その、妻が妊娠したと」


「ほう、そいつは目出度い」拍手を送った。


「ありがとうございます」


「グレッグ、その調子では仕事になるまい。今日はもう帰りなさい」


「いえ、そういう訳には」


「良いから帰るんだ。これは命令と取っていい」


「……わかりました、ありがとうございます!」


「引き継ぎだけはしっかりとな」


「はい」


「あと済まんがジルベスターを呼んでくれ」


「はい、では失礼します」


 グレッグの靴には羽根が生えている様だ。スキップしそうなくらい軽やかに出ていった。




「旦那様、お呼びと聞きました」


「ジルベスター、大工に命じて丘の中腹の集落に家を一軒建てさせてくれ」


「はい、差し支えなければ理由を教えて貰えませんか?」


「グレッグの嫁さんが妊娠したそうな。今の彼の家はこっちに近いから集落まで遠い。だから便利な集落の方へと思ったんだ。どうかな?」 


 ジルベスターはニッコリ笑った。


「それは良いと思います。すぐに手配します」


「ああそれと彼の家の使用人をもうひとり雇ってあげてくれ。筆頭執事だから箔もつくだろう」


「かしこまりました」


「ま、これも福利厚生のひとつさ」とうそぶいてみた。


「親子四人くらいが楽に住めるような……いやこれは君に一任する」


「はい」


 などと話していたら扉をノックされた。

 控えの間の女中が入ってきた。


「ザーツウェル先生がお見えになりました」


「通してくれ。…ジルベスター、先の件はまかせた」


「はい、では失礼します」


  



 

「傷の痛みはどうだ?」


「痛み止めが効いてるからまだましだ、しかし今朝も同じ事を聞いてきたじゃないか」  


「そうだったな……」


 何か挙動不審だった。


「何かあったのか」不審な彼女に問う。 


「……薬が切れそうなんだ……」


「……薬? ……ああ!」うっかりしていた。彼女には『薬』が必要なんだった。


 呼び鈴を鳴らす。


「御用ですか?」


「ツキハ君とヒューレイルを呼んでくれ」


「かしこまりました」  





「ヒューレイルです、参りました」「ツキハです」


 都合よくふたりが揃ってやって来た。 


「ヒュー、ツキハ、君らは明日にでも帝都に跳んでニッキス通りのカザーナ商会、その番頭ジム・マクラウドに会ってきて欲しい。

 ツキハ君、君には公用ではなく私用で跳んで貰うがどうか理解してほしい」


「それは構いませんが……」


「ドラクル・ザーツウェルが使う薬を買ってきて欲しいんだ。ヒューはその護衛を頼む」


「わかりました、以前行った商会ですね」


「そうだ」


「でもどう誤魔化すのですか?」


「軍機だと言っておけ、危険を冒して危険地帯を抜けてきたでも良いな」


「はい、そのように」


「ツキハ君、三十 エーラの大金だが、冷や汗なんぞかかすに涼しい顔で金を渡すんだ」


「さ、三十 エーラ……」


「絶縁体の取り引き額より値が張るが、まあ慣れろ」


「…はいぃ……」


「それよりも体調は大丈夫か?」


「あ、はい、大丈夫です」


「済まないが頼む」 




 

 翌々日ふたりは無事に帰ってきた。だがツキハの消耗が激しかった。目に見えて痩せている。


「ツキハ君、君はしばらく休んでくれ」


「しかし」


「どのみち俺も動けない。だから君も休め。これは命令だ」


「……はい」


「君への負担に申し訳ないと思っている」


 俺は頭を下げる。これぐらいしか出来ないのが悔しい。

 もう少し彼女に気を配る事をせねばな……。


 まぁ何はともあれスティラの薬が間にあって良かった。

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