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辺境伯ロイド奇譚 〜誰が彼を英雄と名付けたのか〜  作者: 塚本十蔵
第3章 ロイド辺境伯、領主として大将として
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第六十八話 ロイド、狙われる・後編

 礼金を受け取った会頭は館を去った。


「……至急警備を厳にいたします」


「グレッグ、館の者らには賊が入ってきたとしても抵抗などしないで警報役として動くように伝えてくれ。あとヒューとイル・メイには護衛として十分に働いてくれと」


「かしこまりました」


「…昔、異世界での話だが、サラエボという国の皇太子夫婦が暴漢の放った弾丸で白昼堂々暗殺された。また、ニホンという国でも演壇に立った政治家がやはり暴漢によって刺されて死亡した事例がある。

 別に異世界だけの話ではない、帝国、ひいては有史以来暗殺事件には事欠かない。

 どのみち暗殺を企てる事への対処は難しいさ。なら土壇場で見つけ出す方が簡単だ」


 ハァとため息をついたグレッグは改めて俺を見た。


「いずれにせよ警察に巡羅の増援を頼むしかありませんね」


「仕方ないさ」ハハっと笑う。


「ま、とりあえず例の商会の仕事ぶりを待つだけさ」



 


 翌週、俺とツキハは戦地に赴いた。

 戦況はまずまずで、徐々にこちらの領域を広げていた。まだまだ派遣兵団と繋がっていないが、それも時間の問題だった。

 目下の悩みは延長する為の資材に乏しい事だ。これは同じ辺境伯のオールオーヴァの所から資材と工兵部隊の派遣で補う事になった。オールオーヴァのおっさん、軍務尚書から要請されなければ無視つもりだったようだ。

 いやね、木はあるんよ。ただし無闇矢鱈に伐るのは駄目だし、伐りに行く人が足りないからなんだわ。まあ何はともあれ工兵部隊が来てくれるのはありがたい話だ。


 さてこっちはこのままで行って欲しい。





、翌週、館に帰ってきたら蝋封された書簡が届いていた。…差出人はタイラント商会の会頭からだ。

 

 封を切って中身を読む。


 ランデスベル学園に『階級制度撲滅委員会』なる同好の士らが近く運動を始めているそうだ。

 その中のひとりにバリウス・トゥガが入党していており過激派の様な活動をしている、と。ちなみにファーレ領でなくとも、各領の最高学府は高校と大学の混ざった『学園』がそうだ。

 余談ついでだが学業について記す。

 一般人の子弟は六歳から私塾で基礎を学ぶ。年齢にもよるが十歳程度で中等教育機関にて三〜五年教育を受けるのが一般的だ。

 実家が裕福であったり向学心の強い者は十五より学園へ進む。バリウス・トゥガは実家が政庁の役人という事もあり、学園へ進学していた。

 バリウス・トゥガが過激派に転向したのは父親が領外追放された直後との事らしい。それまでは政治的無関心ノンポリであったと。

 なんか実にわかりやすい話だ。ありきたり過ぎて欠伸がでる。これじゃ背後に何らかの陰謀なんてないんじゃないのか?

 ……いや、待てよ、それこそ早合点だ。革新系団体が背後に居るやもしれん。要注意だ。

 




 公聴会の日がやって来た。俺を狙うなら絶好の日だが、襲われるとは限らない。

 まあ、巡羅の者も増やしたし、警備にあたる者らにも見張りを厳にせよの伝えたからちょっとはマシか。


 本来公聴会などには出席しなきゃならない理由は無い。今日の場合は政治的ポーズに過ぎなかった。だが一応演説はする予定だ。

 ちなみにツキハは生理痛がひどくて休みだ。手持ちのカードが一枚使えないのは地味に痛い。

 

 ……なにやら外が騒がしくなってきた。何だ?


「君、外の騒ぎは何だね?」


 手身近な巡羅に外の騒ぎを調べさせる。

 ややあって巡羅は帰ってきた。


「閣下、外の騒ぎは学生運動です」


「来たか……」


「学生団体だけではありませんよ」不意に女性の声が耳朶をうった。


 タイラント商会の会頭だった。先日と違い、地味な服装と丸眼鏡を掛けている。美人さんなのに丸眼鏡のせいでか凡庸に見える。簡単な変装だが十分に効果はあった。


「遅かったな」


「はい、裏付けに時間がとられまして」


「で、裏には革新系団体でも付いていたのか?」


「はい、その通りです」


「どこの左派だ?」


「清流会、それと幸福の友です」名は清純だが実際はかなり腹黒い集団だ。


「さて、ならば次の手はなんだと思う?」


「はい、私ならば外の騒ぎを大きくして耳目を集め、ひとり、ないしふたり程会場へ忍び込ませます」


「連中、実動は学生にやらせるつもりか」


「まず間違いなく」


「ヒュー」俺は警備の大元おおもとのヒューを呼んだ。


「はい、何でしょう?」


「外の騒ぎは適当に対処せよ。警備はあくまで会場内が優先だ」


「は、伝えます」ヒューはしなやかに動いて行った。流石、荒事に慣れた男だ、動きに迷いがない。


 さてと、んじゃ俺は演説に立つかね。


「皆様、本日の主賓であられますファーレ辺境伯様の演説となります。一同奉賀斉唱」


 司会が奉賀斉唱を報じ、会場には『奉賀!』の声が響いた。

 俺は笑みを浮かべ、手を振って演壇に上がった。

 

 その瞬間、ひとりの男性が飛び出してきた!


「天誅ぅぅっ!!」


「取り押さえろっ!」暴漢が演壇に駆け上がる瞬間にヒューの声が響いた。


 一瞬世界が止まったがすぐに動き出した。

 巡羅らに暴漢は取り押さえる。


 だがこれは一幕に過ぎなかった。俺の目の端に誰かが動いた。


 誰もが反応を遅らせた。一瞬の油断がふたり目の暴漢の跳躍を許したのだった。

 次の瞬間、俺の脇腹に熱くて冷たいナニかが刺さったのだ。


「あっつ!?」


「ロイド様!」


 俺は夢中で手を振った。…それが暴漢に当ったのが分かる。


「辺境伯様!」


 女の声だ。…誰だっけ? ああクソ、痛ぇ!


「確保、確保ーっ!」「クソが!」「担架持って来い!」「まて抜くな、出血が酷くなるぞ」


 俺の周りが俄然騒がしくなった。確保という声が聞こえたから暴漢らは取り押さえられたのだろう。

 しかし暴漢は惜しかったな。俺の心臓めがけてたらワンチャンあったのに……。片方が囮でもう片方が本命か、古典的だが効果はあったな。…ああ痛い、クソ痛い。


 腕に何かが刺さった。…注射か……。


「ロイド様、申し訳ありません!」


「ヒュー、これは君の責任ではない、偶発的なモノだ」


「ですが!?」


「注射…モルヒネか、痛みが弱くなった。ヒュー、致命傷からは程遠いから心配するな、良いな?」


「……わかりました」


「暴漢のひとりはヤツか?」


「ええ、バリウス・トゥガです」


「死なすなよ」


「はい、わかりました」


 担架に乗せられた俺は医務室へ運び込まれた。意識があったのはここまでだった…………。



 …後で知ったのだが、イル・メイが飛び出したトゥガとぶつかりヤツのナイフの軌道がずれたそうな。手柄…ではないが、いや手柄か? まぁ命が助かったのは事実だから手柄としておこう。





「全部、自分の失態です」とヒューがやって来て開口一番がそれだった。


「油断は誰にでもあるさ」


「しかし本命をみすみす見逃したのは自分です」


「……責任を感じるのは仕方ないさ。だが内省ばかりしてでは前に進まないぞ?」


「…ですが……」


「…なあ、帝都で君が言った言葉、忘れてないか?」


「?」


「俺を痩せさせるんだろう? 君の言った台詞だ。責任を取るなら俺を痩せさせてから考えたまえ」


「ロイド様……」泣き笑いのヒューに俺は微笑んだ。


「皮肉にも俺が太っていたから刃が脂肪に阻まれた。なあ、これはある意味俺を痩せさせない精霊様の御技みわざではないかね?」

 

 今度こそ彼は吹き出した。


「失礼しました。確かにこの度はロイド様の脂肪により阻まれました。」


「俺はこうして生きている。それで良いじゃないか」


「ありがとうございます」


「それでトゥガなんだが、何か掴めたか?」


「いいえ、口を開けばロイド様への暴言ばかりでして」


「背後関係も不明か。そういや、もうひとり居たな、そっちはどうだ」


「はい、それが言い訳ばかり言って話になりません」


「…これは背後関係に言及しないな。……まぁ良い、捨て置け。ああ、法の範囲内で罪を追求はしてくれ。それ以上は無用だ」


「よろしいのですか?」


「トゥガが凶行におよんだ原因は俺にある。逆恨みも甚だしいが理解は出来るさ」


「…かしこまりました」





「兄さん!」ヒューが出ていくのと入れ違いにイライジャとジルベスターが入ってきた。


「騒ぐな。ここは病院だぞ」


「ごめんなさい」


「ロイド様、お加減はいかがですか?」


「まだ痛みがあるが、まぁ大丈夫だ。それよりジルベスター、ヒューレイルに無用な非難は許さない事を徹底してくれ。彼はもう十分に非難された、これ以上は必要ない」


「はい、かしこまりました」


「自責の念というやつは大事だが、何事にも限度がある。また無責任な第三者が尻馬に乗って罵倒するのも好かない」


「卓見です」


「…ところで俺の入院は何時までだ?」


「はい、傷口の針の糸を抜くのが五日程だと申してました。退院はその後の経過を見てからと」


「抜糸までは我慢するが、経過を見るのは館でも出来る。早急に退院できるよう取り計らってほしい」


「ロイド様、それはなりません。館が不清潔とは申しませんが、ここはやはり病院で安静にすべきです」


「しかしだな、ここは集団的街頭行進がうるさいんだ。館ならこの煩わしい連中の声を聞かなくて済む」


 ジルベスターは考え込んだ。俺の発言を無視は出来ないらしい。

 ややあって顔を上げる。


「ロイド様のげんには一理あります。院長殿と計らってみます」


「頼む」


 デモのシュプレヒコールはマジうざい。そんなに階級制度が気にいらないなら、どこか他領でやってくれ。


「兄さん、痛い?」


「そうだな、ずいぶん良くなったよ」嘘です、痛いです。


 俺はすがりつく義弟ぎまいの横髪を梳いてあげる。こうすればイライジャは落ち着くのだ。それに俺も気分がまぎれる。


 しかし左派団体か、面倒だな。だが言論の自由というやつはある。だから取り締まる事は出来ない。何か報復できれば良いのだがな……。


「イライジャ、ちょっと眠くなった。少し寝かしてくれ」


「あ、はい。…大丈夫なの?」


「ああ、ちょっと眠いだけだ」


「ここに居ても良い」


「……良いよ。んじゃ寝るわ、おやすみ」


「おやすみなさい、兄さん」


 脇腹が痛むがちょっと疲れた。寝る。

 こうして甚だ不完全燃焼だが俺への暗殺計画は終わったのだった。

イェラって竹宮惠子先生の『地球テラへ』に出てくるトォニィに被って見えるんですよ。おかしいなぁ……。


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