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辺境伯ロイド奇譚 〜誰が彼を英雄と名付けたのか〜  作者: 塚本十蔵
第3章 ロイド辺境伯、領主として大将として
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第六十七話 ロイド、狙われる・前編

「軽工業の全体の進捗状況は三割五分。これは予定よりニ分早いです。次に重工業は二割九分。こちらは四分五厘ほど遅れています……」


「遅れている理由は何だグレッグ?」


 進捗状況を報告しているグレッグを制して尋ねる。


「は、製紙用原型機は完成していますが、慣れない金型ジグに工員が苦戦しておりまして実動二号機が精一杯でして」


「模倣が、ではなく設備の方で苦戦か、それは盲点だったな」


「はい。ですが今月には四号機まで完成させるそうです」


「そうか、遅れは一ヶ月で取り戻せるかな」


「はい。金型さえ出来れば後は組み立てですから。…ただ、絶縁体の在庫は八号機までしかありません。また缶詰製造機も同様です」


「帝都と物理的に切り離されているからな」


「ですので重工業の進捗状況は今後停滞する事になります」


「北部で絶縁性体植物はないのか?」


「残念ながら」グレッグはお手上げですと肩を竦めた。


「その件は今後の課題だな。次の報告を」


 問題の先送りだが仕方ない。俺は続きをうながせた。



「ロイド様、いいですか?」農業を担当するフォルカーが手を上げた。


「何だね?」


「エイガー商会で同盟罷業が起こりました」


「エイガー商会? ああ、あそこか」ファーレ領の穀物メジャーの名だ。


「で、何と?」


「労働環境の改善と最低賃金の値上げです」


「『基本的』には許可させろ」


「と言う事は『しばらく粘れ』、ですね」


「そうだ。待遇の向上は俺の公約だからな。だが、簡単に書類に署名なんぞさせない。団体交渉の下地を作る意味合いでも規範事例を作らせろ」


「それとですが、団体交渉中も賃金の支払いを継続させろと……」


「それは駄目だ。呑んでみろ、組合人がサボる口実となる。絶対に拒否させろ」


「はい、わかりました」


「規範事例は組合人には絶対に渡すなよ。これは秘密文書だからな」


「はい」


 同盟罷業ストライキが起きるのは組合が出来た時から予想はしていた。まぁ労働者の地位向上の欲求は自然の流れだ。だが組合員の要求を全部のむ事は出来やしないんだがね。


「え〜次は新規造成地は五号地まで完成しました。また三号地の住宅はほぼ完成しています。それと三号地への鉄路も完成しました」


「よろしい」


「は」グレッグは一礼した。次に新規農場作成を担当している執事補佐のウルリッヒが立つ。


「新規荘園につきましては一号地が完成。ニ号地並びに三号地が七割完成。四号地、五号地は三割弱造成中です」


 新しい農場(荘園)は順調に造成中だ。救世院の院長さんが人材を用意してくれるが、それじゃあ足りない。


「荘園への移民の募集はどうなっている?」


「はい、募集が殺到とまでは言いませんがかなりの数が見込まれています」


「そうか。これで食料の増産には目処が立ったな」


「税制が軽減されたおかげで購買欲が高まりました。来期どころか今期から税収が高まります」


「失業率も二割減です」


「経済指数は二割三分三厘上昇しました」


「なんとか経済は上向きになってきたな」


「はい。ロイド様の施政のおかげです」


「俺は基礎をかためただけだ。これらの成果は諸君並びに関係各位の努力の成果だよ。さてそろそろ昼食の時間だ、休憩に入るなりしたまえ」


「はい、ロイド様」




 昼飯にはグヤーシュが出た。たしかハンガリーで生まれた国民食でヨーロッパで広がったビーフシチューだ。ここ北部でも人気のあるシチューである。

 硬い目のパンを千切り、シチューに浸して食べる。うん、美味しい。

 熱があった時は食欲が無かったけど、今日は大丈夫だ。



 さて、食後はウォーキングの時間だ。最初はヒューが走って体脂肪を落とすと言っていたんだが、走れるほどの体力と気力が無い。そこで折衷案としてウォーキングを提唱してきたのだった。

 週に三日程度だがかれこれ半年近くやっている。実際はやらない場合が多い。だって忙しいんだもん。

 ちなみに体重は落ちていない。体脂肪もあまり変わりはない。単なる健康維持だ。



 午後からは陳情の面談だ。

 今日はたいした人もなく、重要度の低い案件ばかりだった。

 

「……ふぅ」とりあえず休憩だ。


「お疲れですかロイド様?」


「いやなグレッグ、たまには美女が事件をもって訪ねて来ても罰は当たらないかと思ってな」


 グレッグは苦笑した。


「そう言えばタイラント商会の会頭が一度お会いしたいと」


「タイラント商会?」聞いた事がないな。


「両替商ですよ、表向きは」


「と言うと?」


「お忘れですか? 以前ロイド様のご用命で館の者と政庁の者らを調査した間諜の組織ですよ」


「……お〜、もう七年も前になるか」


 今を去ること七年前、俺が不正天国の館と政庁の者らを調べさせた事があった。それがタイラント商会だった。


「あの時、君に相談して良かったよ。俺だけじゃ不正を暴けなかった」


「お礼を言わねばならないのは私もです。ロイド様が私を頼ってくださるとは思ってもみなかったので。

 そう言えば、何故、私だったのですか。相談すべきはジルベスター様が適任だったのでは?」


「確かにジルベスターでも良かったのだが、一番の決め手は君が俺の兄貴分だったからな」


「私も不正に関与していたかも知れませんよ?」


「そこまで疑ってはいなかった。これでも『目』はいいほうだからね」


「信頼してくださりありがとうございます」と鮮やかな一礼をした。


「それでですね、その会頭は少々とうが立っていますがかなりの美人です」


 俄然、興味がわいた。


「では、都合の良い日に合うと伝えてきてくれ」


「はい、承知しました」





 それから四日後の午後。


「この度は会談の席を用意してくださりありがとう御座います。タイラント商会の会頭を務めさせてもらっていますエルザ・デア・エミーレ・タイラントです」


 三十半ばの美女が優雅に一礼した。

 北部では一般的に名字を重視しない。男性なら〜の息子。女性なら〜の娘で通じる。この女性は珍しく名字持ちだった。


「ようこそタイラントさん」


「予てからお会いしたいと思ってましたの」


「こちらこそ以前の礼をせずにいて申し訳なかったと」


「礼などと! 閣下からは十分な謝礼をいたたいでおりますから」


「そう言っていただければ有り難い。…ところで何か用件があるとか?」


「はい。単刀直入に申しまして、…閣下への暗殺計画が持ち上がっております」


「ほほぅ」


「…あまり驚かれないのですね」


「改革を推し進める過程で犠牲になった者も多いのでね。……そうですか暗殺計画、ね。

 それは個人ですか団体ですか?」


「そこの所は微妙です。個人で動いているのは確かですが、背後にそうした団体があっても不思議ではありません」


「その個人とは?」 


「旧政庁の役員の息子です バリウス・トゥガ」


「個人ならたいした脅威ではないな。ここは自然の要害だし」


「失礼ですが議会や公聴会などで外に出られる事は?」


「再来週に公聴会にでるが、まぁそれくらいか。で、用心しろと? それとも情報を流してみるとか」


 会頭スパイマスターは小さく笑った。


「両方です」


「後者の目的は?」前者のそれは兎も角、後者は?


「閣下に対する組織の炙り出しです」ときっぱり目的を言った。


「善意からでは無いのであろう?」


「はい、情報は閣下にお売りしたいと」


「ずいぶんと正直だな」


「腹芸は少々飽きましたの。それに閣下には是非ともお近づきになりたいと思いまして」


「良いだろう、言い値で買うよ」


「ありがとう御座います。

 それと失礼ですが……」


「呆けている、か? あいにくと呆けてなんぞいないさ」


「そうでしたか、いえ、閣下が他人事の様にしていらしたので」


「当たらずとも遠からず、かな。正直あまり実感がない。まぁ危機感は持っているがね」


「それはよう御座いました」


「改めて要請する。暗殺者ではなく、その背後を洗え」


「承知しました閣下」



 こうして俺は俺の暗殺計画を知ったのだった。

唐突なウォーキングネタは11話からのロングパスです。

一応定期的にはウォーキングを欠かしていませんがね。

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