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辺境伯ロイド奇譚 〜誰が彼を英雄と名付けたのか〜  作者: 塚本十蔵
第3章 ロイド辺境伯、領主として大将として
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第六十六話 ロイド、寝込む

 今日は微熱が続いて体調を崩したので休む事になった。実際にしんどいし起き上がるのもおっくうだった。

 ステやんから『頼むから動くな』『絶対に動くな』などと念を押されてるのもあったからな。


『あの、便所は?』『おまるを使え』『そんな殺生な!?』『まぁ冗談だが…、しかしな安静にはしろ』『はい……』

 

 携帯用便器ポットなんか使ってたまるか! トイレくらい普通に行かせろ。


「坊っちゃま、何か御用はありますか?」


 ユージーンが心配そうに俺を覗きこんでる。


「いや、特にないな」


「左様ですか。ザーツウェル先生からくれぐれも安静にしておくようにと申されたので、なんでも申し付けて下さい」


「わかったよ。それじゃあ林檎アップレでも剥いてくれないか?」


「はい、坊っちゃま。すぐに用意します」


 ユージーンは呼び鈴を鳴らし控えの間の女中を呼んだ。


「はい、どうかなされましたか?」新入りの雑役メイド・オブ・女中オールワークスが入ってきた。


「坊っちゃ…旦那様が林檎を申し出ております、用意を。あ、皮は私が剥きますのでそのままで」


「はい、少々お待ち下さいませ」ペコりと一礼して若い女中は出ていった。


「……兄さん……」


 びっくりした。イライジャか。

 

「なんだい?」


「私が兄さんと代わってあげれたら……」


「嫌だね。富も栄誉も罵詈雑言も全部俺のだ。熱如きで代わってやろうとも思わん」


「…………」


 あ、なんか泣きだしそう。


「そんな顔するな。微熱程度で俺は死なんよ」


「……そういう事言わないで」


「すまなかった。今のは俺が悪い。…でもなイライジャ、俺の病気は俺のだ。誰かが代われるものじゃない」


「…はい」


「良い子だ。……今日の授業は何かね?」


「あ、はい。オリガ夫人から語学を学ぶ予定です」


「そうか。しっかり学ぶように」


「はい!」


「失礼します、林檎を用意してまいりました」


「ありがとう。ユージーン頼む」


「はい、坊っちゃま」



 林檎を剥いてもらって食べていると家令ハウススチュワードのジルベスターを始め執事バトラーを代表としてグレッグが、料理長シェフのギャレット、従僕フットマンのロッチナ、御者コーチマンのガルディナ、園丁ガードナーのアンドレ、馬丁グルームのブラージウスらが見舞いの挨拶にきた。多い、多いってば。いくら部門長ファーストでも多いわ!

 彼らが出ていくと家政婦ハウスキーパーのフレイ以下、侍女レデースメイドのベルタ、客間女中パーラーメイドのメギ、家女中ハウスメイドのアイラ、台所女中キッチンメイドのブリギッテ、洗濯女中ランドリーメイドのエリオノーテ、子守ナース女中メイドドミニク、雑役メイド・オブ・女中オールワークスのアーティのメイド長らがやって来た。(一般にメイド長となるとメイドのおさを想像するだろうが、それは半分正解半分不正解。メイド長とは各部門のリーダーだ。メイド達のおさは家政婦の事)らがやって来て見舞いの挨拶をした。いくら俺の部屋が広いっていっても限度があるわ!

 しかしフレイ直属の中働ベットウィーン女中メイド日雇チャー雑役婦ウーマンは来なかったな。まぁ当たり前か。

 

 そーいや前回倒れた時もこうして各部門の代表者が来てたなぁ……。ま、見舞いに来てくれるうちが華だな。つーか、俺が死んだらどーなるのやら。整理券でも配るか。


 あ〜なんか疲れた。林檎をふた切れ食べたら食べるのが面倒になってきた。


「…ユージーン、もう要らないよ。ちょっと寝る」


「…坊っちゃま……」


「少し寝たら元気になっているさ」


 ユージーンが物憂げにしてる。そういう顔は見たくないな……。

 横になるとすぐに眠気がやって来た……。





 目が覚めた。

 横を見るとユージーンと目があった。


「……今は何時だい?」


「午後の一刻半です」つまりは十五時か。


「そうか、ありがとう」


「坊っちゃま、お食事を召上がってください」


「う〜ん、お腹は減ってないなぁ」


「少しでも栄養を取らねばなりません」


「……じゃあ粥に魚醤ガルムをかけて持ってきてくれないか?」


「はい、承知しました」


「ちょっと待ってくれ、君は食事をとったのかい?」


 彼女は少し微笑んだ。


「坊っちゃまが食事をしていないのに私が食事をとるはずがありませんから」


「……命令だ。俺が食べたら君も食事をするんだ」


「……はい。ですが坊ちゃまの世話を……」


「君が食事をとるくらいの時間は構わないさ」


「……はい」


「良いね? 約束だ」念押ししないとな。


「はい。では粥を用意してまいります」


「うん」


 席を立ったユージーンは一礼して部屋を出ていった。


「兄さん、何かしようか?」おっとイライジャが居たんだ。


「俺が寝ている時に何かあったか?」


「うん。お昼にオリガ夫人とザビーネ達が来たけどね。兄さんが寝ていたからお見舞いの言葉を残して出ていったよ」


「起こしてくれたら良かったのに」


「駄目だよ。それに兄さん、よく眠っていたのよ」


「そうか」


「うん。兄さん体調はどう?」


「朝に比べたらはるかにマシだよ」


「良かった」


「嬉しそうだな」


「だって、昨日の夜は一緒に寝るのをユージーンに止められたんだもん」


「いやそれはユージーンが正しい。君はひとりで寝る習性を身につける必要がある」


 イライジャは何故か毎晩、夜半に忍び込んで来る。最初は押し問答になっていたらしいが、今ではもうフリーパスで俺の寝床にやってくる。

 しかしショートスリーパーは睡眠障害だから治せないのか? 今度スティラに聞いておこう。


「嫌だよ。夜の半分はユージーンや先生らの時間だから遠慮するけど、あとの半分は私が独占するの」


「それは前にも聞いた。だが俺とてひとりで寝たい夜もある」


「…………」


「わかってくれたかい?」


「……私、兄さんと一緒に居たい……」


 困った。どう言いくるめよう……。


「兄さん、私は要らない?」


「馬鹿な事言うな。君を不必要なんて思った事はないさ」


「じゃあ一緒に居たい」


「……じゃあこう決めよう、俺がひとりで寝たい時は遠慮するように。そうでないなら構わないよ」


「良いの?」


「約束してくれるなら」


「わかった約束する」


「よろしい」


 って言ったけど、俺は寝入ったら起きないから拒否しようか無いんだが……。



 そうこうしてたらユージーンが粥の入ったカートを押して入ってきた。


「坊っちゃま、粥を用意してまいりました」


「うん、ありがとう」


「食欲が無くとも少しはお食べになってください」


「うん」


 ユージーンは粥を小鉢に注いだ。


「坊っちゃま、お口を開けてください」


「いや、自分で食べれるよ」


「……坊っちゃま」


 そんな困った顔するなよ……。


「わかった、わかったよ」


 破顔一笑。彼女は笑みを浮かべた。これだから女性は手にかかる。あれ? イライジャはどっちだ。手にかかる。いや彼は男だ。んん? なんかややこしいな。


 あーんして粥を口にする。やはり食欲はない。

 致死率の低い病気だが、俺はどっち何だろうか。いや弱気は駄目だ。


 粥は三口でいっぱいだった。ユージーンに断る。


「解熱のお薬です」


「効くか効かないかわからん薬は要らない」


「それでもお飲みください。先生からのお達しです」


「う〜」


「お飲みください」


 押しが強いなぁ……。効くかどうかわからないのに。


「わかった、わかった。飲むよ」


「ではこれを」と薬の入った小包を差し出された。


 受け取り、粉薬を口にする。…苦い。

 水の入ったコップを受け取り、流し込んだ。


「苦い……」


「お口直しに果物をどうぞ」


 ユージーンはさっと林檎を剥いた。ありがたい。


 切られた林檎アップレをガシガシかじって口の中を一掃する。……ようやく苦味がとれた。


 ユージーンとイライジャはそのまま夜まで俺の側から離れなかった。


 晩御飯のあと、夜勤の女中…メギだった。と強引に変わる。ふたりを強引に引き剥がすとユージーンのいた席にメギは座る。


「ロイド様、お加減はいかがですか?」


「ああ、だいぶ良くなった」嘘だ。本当はなにも変わらない。熱がどんよりと身体を包み込んでいる。


 だが、メギは嬉しそうに微笑んだ。


「良かったですぅ」


「心配させてすまなかったな」


「そぉですよ。治られたら夜伽を要求します!」


「………そ~ですか」


「そぉです」


 彼女らの微笑みの方がどんな薬よりも効くようだった。

 俺も笑顔を返す。

 

 あ、聞きたい事があったんだ。


「話は変わるが、君らはきちんと有給休暇を取っているのかね?」


 メギの視線が泳いだ。…取ってないのか。


「有給休暇は労働者の権利だ。なにも全員が一度に取れとは言わん。交代で有給を取れ、良いな?」


「……はい」小声で応える。


「返事が小さい」返事が小さい、オイっす!


「はい」


「なら、よろしい。これはジルベスターにも伝えておく」


 と、ここで扉がノックされた。


「夜分失礼いたしますジルベスターです」


 噂をすればなんとやらだな。入室を許可する。


 入ってきたのはジルベスターとフレイと料理長だった。


「旦那様、お加減はいかがですか?」


「ああ、ずいぶん良くなった。明日からまた政務に励むぞ」


「旦那様、ザーツウェル先生からは三日は休めと」


「ジルベスター、俺が三日も休める立場か?」


「それは……」


「休まねばなりませんよ旦那様」とフレイが口を開いた。


「休む重要性は一般人ならありだ。だが俺は領主だ。公人としては無視していい。

 それよりも俺が提唱した有給休暇制度が上手く機能していないが、それはどういう事だ?」


「申し訳ありませんでした」


「ジルベスター、君らが休み辛いのは理解している。だが労働者としての権利は行使しろ。これは命令だ」


「は」


「しかしですな御当主殿、我々三人は部下の管理をせねばならない立場です。おいそれと休む訳には」


「料理長、君らの忠勤は俺が一番知っている。だからこそだ。だからこそ君らはどこかで休まねばならない。

 それとも俺みたいに業務の途中で中途半端に休む結果になるぞ?」


「……わかりました」


「ジルベスター、フレイ、ギャレット、今までの半休制度はもう古い。これからは労働者としての権利を主張しろ。そうせねばならないのだ。俺は旧時代の悪癖を是正せねばならない。ま、領主は年中無休が基本だがな」


「ロイド様もお休みは必要ですよ」


「うん、まぁたまには休むさ。…重ねて言う、労働者の権利を主張し、守れ。これは永続的な命令だ」


「……わかりました。守ります」


「よろしい。忠勤精務に感謝する。さ、もう休む時間だ、下がって良し」


「はい、お休みなさいませ」フレイが優雅な一礼をした。ジルベスターと料理長も続いて一礼する。


「ではこれで失礼します旦那様」


「おやすみ。俺も少々疲れた、これで眠るよ」


「良い夢を御当主殿」


「おやすみ、料理長」

 

 ……三人は出ていった。これで休める。


「メギ、俺は寝る。下がって良し」


「はい。何かあればお呼びください、すぐに参ります」


「うん」


「ではおやすみなさいませ」


「おやすみ」


 なんか長い一日だったような……まあこんな日もあるさ。さて寝るか。おやすみ。

今回、新紀元社様の『図解 メイド』を参照させていただきました。メイド長に関しては独自の見解です。


あと従者ヴァレットはグレッグが兼任しています。

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