第六十五話 ロイド、救世院の女性と会話する
「ずいぶん久しぶりだねロイド」とぷりぷり顔のレティカ。
「それについては申し訳無い」いや本当に。まさか七日も顔を見合わせないとは思わなんだ。
「それは本心かい?」
「嘘いつわり無く、本心で、プリンシペッサ」
「なんか慣れないなぁ、そのプリンシペッサって言葉」
「前にも言ったが『それ』を言えるのは俺だけだ。君は俺だけの大公妃殿下だ」
「わかったよマヴァルーン」愛しい人か、なんか恥ずかしい言葉だ。
まぁ何はともあれレティカの機嫌も良くなった。部屋に入った時の目の冷め方といったら……。
「ねぇロイド、君はもっと僕の所へ来てくれても良いんじゃないか?」
「……それは…その、君は臥せりがちだし……」
「だからだよ。僕は君を見ていたい」
「こぉんなにデブってハゲの成金趣味丸出しの俺を!?」趣味わるいわ。
「君の風体は慣れたし、成金趣味は見せかけなのも知ってる。
ロイド、君は本来成金趣味を肯定していた訳じゃ無い。今の君は貴族的、あるいは暴君的…はちょっと違うか、うん、市井の人からみた最悪の貴族を演じているにすぎない」
「単に俺の感性がおかしいのさ」
「それは詭弁だ」
「君に……、いやまぁ…そうだ詭弁だ。だが似合っているだろう?」
「まあ確かに。一周回って清々しいくらい悪役が似合っているよ」
「だろう? ところで出産はいつだい?」
「ん、あと五ヶ月ほどかな」
「そうか、……出産祝いには何が欲しい?」
「早い、早いよロイド。…………でも、そうだな、……産まれてくる赤ん坊の名前を付けてやって欲しい」
「…承った。ところで食事は大丈夫かい?」
「ん、やっぱり匂いがね。精々が粥だよ」
「それじゃ駄目だろうに」
「その分、果物で栄養とっているよ」
そうして五分ほど歓談した。
「さてでは午後から面会人が来るのでね、これで失礼するよ」
「なんだい、もう行っちゃうのかい?」
「残念ながらね。俺は為政者だからそれに沿って生きなきゃならない」
「わかった。行ってらっしゃい」ニコリとレティカは笑った。
「おう、行ってきます」俺も笑って軽く手を振った。
「ジルベスター、面会人のご婦人は?」
「はい、談話室にてお待ちです」打てば響く様に家令は応えた。
「サンドラ救世院の院長さんを応接室へ通してくれ」
「は」
家令は一礼して下がった。俺も席を立ち応接室へ向かう。
応接室に入って数分、扉をノックされた。
「どうぞ」
「失礼します」と小柄な尼僧服の老女が入ってきた。
「さ、どうぞ席に座って下さい、いま茶を用意させます」
「はい」
院長さんはソファーに座る。俺は呼び鈴を鳴らした。
「失礼します、お茶を用意してきました」
客間女中のメギが入ってきて俺と院長さんの前に茶を置いた。…茶と茶菓子を置くと静かに下がった。
「ささ、どうぞ」
院長さんは茶に手をつけないでいる。どうも俺を警戒している様だ。
ま、確かに俺の面をみて善人と思うのは難しいだろう。
「…院長さん、俺は貴女をどうこうしようと呼んだ訳じゃない。救世院の現状を聴きたいだけですよ」
「…現状を、ですか?」
「救世院に世話になっている人数や出入りする変位、先の見通しなどです」
「非礼を承知でお尋ねしますが、どうしてですか?」
「俺は奴隷商人から合計四百人もの人間を買い付けました。最初は手短な農地を与え、一定年数奉公すれば奴隷から開放する約束をしています。
ですが大都周辺の農耕地はすべて埋まりました。これ以上は歩いて半刻以上かかってしまいます。これでは作業効率が下がるだけなんですよ。
ではどうするか、……大都から適度に離れた農村を新たに作り、その周辺に新しい農耕地を用意させる計画を立てました。
そこで奴隷だけでなく救世院でその日をしのぐ人を投入すればと思ったのです」
大都の欠点は近くに村がない事だ。防御上の視点でかつて有った村は大都に集約された。
今は時代が違う。新しい村を作っても問題ない。実際、奴隷たちには新しい荘園を作らせた。
「…そうでしたか」やっと院長さんは肩の力を抜いた。あからさまにホッとしているのが分かるが気にしない事にする。
院長さんは姿勢を正す。
「当救世院の寝台数は四十あります。そして、ほぼ毎日定員いっぱいとなります」
「その人らの日中の活動は?」
「子供たちは空き瓶広いや小間使いなどしていますが、大人達は特に何もしておりません」
「子供たちはともかく、大人連中は絵札遊びか博打で時間を潰しているのでは?」
「!? …はい、あの、その通りです……」
「ならその穀潰し連中を農場へ送ります。良い案だと思いませんか」
「……ええ、確かに」
「でも身体の自由の利かない人も居ますよね?」
「はい」
「その人らは変わらず救世院で面みてあげて下さい」
「はい、承知しました」
「結構。あと子供達なんですが六歳から十二歳まで義務教育を受けさします。金は取りません。教育を与えて将来の糧とさせたいのです」
院長さんの涙腺崩壊。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
「院長さん、涙を拭きになられて下さい。これは為政者として当然の事をしたまでです」
「申し訳ありません、歳をとると涙もろくて……」
「それが人間ってやつでしょう。…それで協力していただけるのですね?」
「ええ、喜んで協力します」
「申し訳ないが、説得の方、よろしくお願いします」
「はい」
このあと少し話題をふって救世院の実情とかを聞いた。そしてこうした救世院は三つ有り、そのどれもが同じ内情を持っている事を知った。
俺は忙しいので布告版を配布するのと院長さんにも協力願った。
院長さんは快く協力してくれる事を請け負ってくれたのだった。
奴隷の数が四百人なのは間違いではないです。
最初二百、あと百人を二回にわけて購入したからです。