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辺境伯ロイド奇譚 〜誰が彼を英雄と名付けたのか〜  作者: 塚本十蔵
第2章 ロイド辺境伯、異界戦役に挑む
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第六十二話 ロイド、館にもどり政務に励む

 反撃の初戦闘の翌日、俺は戦況報告書を持ってツキハの跳躍で軍務尚書の所へ跳んだ。


「……卿の所は幸運だったな。こちらは損害がかなり出た」


「と申しますと?」


 報告書を読み終えた軍務尚書は顔を皮肉げに歪ませた。


「門の閉鎖が上手くいかず、予想以上のダーサ共が侵入してきたのでな。それと…この中継役が居なかったので最後まで効率的に動いてくれたよ」


「…そう…でしたか」


「損害は死者五十ニ人重傷者六十六人、まるまる二個小隊が壊滅した事になる。軽傷者を含めると実質三個小隊が損耗したのだ」


「打通作戦に変更はありますか?」


「……いや、こちらは帝都から兵を引張ってこられる。予定に変更はない」


「わかりました、ありがたくあります」


 そうか死者は五十ニ人か、多いな……。しかし反面、兵の補充が楽なのが羨ましい。


「打通作戦に伴う資材に不安があるのですが」


「……わかった。進捗工事はこちらの方が優先的に進行させる」


「ありがとう御座います」


 打通作戦とは派遣兵団と駐屯兵団の両陣地から砦部分を随時拡張して、最終的に繋ぎ合わせる作戦だ。北都奪還はその後となる。

 俺と軍務尚書は半刻ほど打ち合わせを行なった。


 さて、これからの予定は週がわりで陣地と館を往復する事になる。陣地にいても打通までは政治的に意味はないし、溜まりがちな書類を裁かねばならないからな。


 翌日、俺とツキハは館に戻った。

 また微熱が出た、しんどい。






「叔父上、留守の間ありがとう御座いました。今日より週がわりで戦地とここを往復します」


 叔父は安堵の息を吐いた。そりゃまぁ慣れない仕事が半分になったんだ。


「グレッグ、聞いての通りだ。その様に予定を組め」


 執事バトラーのグレッグは「承知しました」と応えた。


「ところでタンクレートは使えるか?」


「はい、タンクレート様は頑張っておいでです」


「いま彼はどこに居る?」


「いまは丁度、資料室で整理のお手伝いをされています」


 ……雑用やん。


「手伝い?」


「明後日の通産会議で使う目録を用意されているのです」


「なるほどな」


 なんだ頑張っているじゃん。


「さて叔父上、席を代わりましょう。ああずいぶんと決裁が溜ってますな」


「お恥ずかしい。私では処理できませんでした」


「いやいや、叔父上は期待以上に頑張ってくれました」


「そう言っていただけると」


「では交代です」


 叔父と席を代わり未決済の書類に手を伸ばした。さて本業だ。 

 最初の書類は例の黄色芋じゃがいもの増産だった。農耕地はとうもろこしを減産して行うのと、やはり例の造成地のひとつを増産に充てる事が書かれていた。

 こんなの言うまでもなくマルだ。しかし問題もある。造成地まで充てると連作障害の際に代替え地が無い事だ。すでに耕地面積は最大だ、何かを削る必要がある。これは要課題だ。

 しかしコレは政庁で見なければならない程度の書類だ。まあ造成地は俺の肝いり案件だがらか。それなら仕方ない。


 次の書類はびっくりした。駐屯兵団から徴兵の訴状だったからだ。

 帝国軍は徴兵制でなく、志願制で構成されている。だから基本的にはアウトだ。しかし抜け道もあったはずだ。なんだっけ?

 ああそうだ、議会の招集で三分のニ可決で通るやつだ。問題となるのはやはり左派の連中だな。……さて、どーすっべ。ああ後期大会議(日本の国会でいうところの臨時会)で連中の提案をふたつみっつ入れてやるのはどうかな? なんなら連中からの提案を与党側に入れてやれば面白いかもな。そうだ、梯子を外すのは政界じゃあいつもの事だもんな。


「グレッグ、誰か手すきの者に野党の動静を調べさせてくれないか」


「はい、承知しました」


 しかし徴兵制の採決か、できれば否決してほしいな。人道的でもあるが労働人口の減少は避けたいもんだ。


 次は…財務局(日本でいうところの財務省。省でないのはファーレ領政府が帝国の下部組織となる)からだ。なになに…固定資産税の抜本的改正?

 ……ふむ、確かに現行の固定資産税は問題あるよな。貧乏人からは少額を、金持ちからは大金を徴収する。だが金持ち共は資産を分散させて可能な限り少額しか納めない。

 うん、コレは賛成だ。金持ちからは可能な限り金を吸い出させさす。よし試案の作成にマルして返そう。


 次々と書類を決裁していく。ある書類は気楽にマル。ある書類は悩みながらバツ。ある書類は次の会議にスルーパス。てな具合に進んで行った。


「ロイド様、昼食のお時間です」


「…なんだ、もうそんな時間か」


「ひと息入れるには最適ですよ」


「そうだな。…グレッグ、昼食には大公妃殿下ととれる様に婦長に伝えてきてくれ」


「はい」


 レティカは朝よわいからなぁ。昼食の時間が合わないかもな。


 大食堂へ赴く。『家族』の時間であもる食事タイムは有意義だ。ただ微熱のせいであまり食欲は無い。

 大食堂に居たのはイライジャとツキハの二人だけだった。レティカは居ない。

 ツキハは俺を見ると立ち上がろうとしたが俺は手で制した。

 

「ツキハ君、ここは軍の管轄ではない。室内礼式…この場合は頭を下げるだけで良い」


「ハ! いえ、はいロイド様」


 席に着くと給仕(給仕は料理人らと執事達が兼任する)が寄って来た。


「大公妃殿下は体調がおもわしくなく欠席なさるとの事です」


「欠席は仕方ない。体調が悪いとなれば医師が必要なのでは?」


「はい。ですが健護師の言うには『身体が直接悪いのではなく、妊娠初期によくある体調不良』との事です」


「なるほど合点がいった」


「は、では料理をお持ちします」


「うむ。…イライジャ、今日からは週がわりで戦地とここを往復する」


 イライジャの顔がパァと輝いた。


「本当、兄さん? でもあっちは大丈夫なの?」


「俺が向こうに居なければならないのは政治的なモノだ。今はその重要性があまり無いからな。同じく軍務尚書閣下も戦地を離れた」


「でもまた行くんでしょ?」


「派遣兵団の総司令だからな。名誉職だが、それなりに責任がある」


「危ない事もするの?」


 苦笑がもれた。


「俺はな、えら〜いヒトだから座って見てるだけさ」


 見ればツキハも苦笑していた。


「大丈夫よイェラちゃん。私が何があっても閣下…ロイド様を連れて帰るから」


 ツキハの台詞が終わると共に前菜が配られた。 

 続いてスープ、主菜(ピーマンの肉詰め)と配られてくる。

 食べていると料理長が現れた。


「御当主殿、御当主殿がいらっしゃるのなら、もっと良いものをお出し出来たのですが……」


「なにを言うかと思えば。俺はこの料理が好きだぞ」


「ありがとうございます」


「グレッグらには既に伝えたが、これからしばらくは週がわりで館に居るからな」


「承知しました」


 料理長は退出し、俺はイライジャとツキハ相手に歓談しながら食事を終えた。…さて午後の仕事だ。


 午後の一番は政庁からの出向人らと会議だ。余談だが、この時間に執事ら使用人は昼食をとる。俺はビールを呑むのも許可しているが、ほとんど利用はされていない。ビールの一杯くらいは構わないと思うのだが……。

 

 会議の主な内容は徴税官の見直しだった。賄賂が当たり前だった親父の時代ならともかく、俺は不正を正す事を主張している。徴税官はその役柄、賄賂を受けやすい。これを是正したいとの事だった。

 しかし徴税官を無くす事は出来ない。精々数を減らすか賄賂を受け取ったら罰を下すくらいの事しか出来ない。困ったもんだ。とりあえず悪評高いヤツを何人かリストアップして全財産没収の上、領外放出する事を決めた。あと賄賂を渡す方も罰金に処する事にした。これで少しは不正を無くせる。無くせるだろうとは言わない。無くして行くのだ。


 会議が終わると書類の決裁。次に領地発達会議。原稿の草稿の執筆。忙しい忙しい。

 この辺りで仕事を終える。俺は残業をさせない主義だ。俺もしたくないし、皆もそうだと思う。


 日が暮れれば風呂ハマムで汗を流して、食事をすませる。ついでに拾ってきた猫を見て(ツキハが遊んでいた。そんなに好きか猫)軽く晩酌をして寝床に入った。

 ……なんか忘れている。なんだ? ああそうだドラクルの事だ。


 慌ててツキハを呼び出す。


「どうかなされましたかロイド様?」


「夜分すまないな。…明日にでも君は陣地に跳んでドラクル・ザーツウェルを引張って来てほしい。

 彼女はここしばらく働きすぎだ、休みを取らせたい。それと陣地に居るアーベル・ルージュ達にもしばらくは好きにさせてやる事も伝えてほしい」


「ハ! 了解であります」


「うむ、では下がって良い。良い夢を」


「はいロイド様、おやすみなさい」

退院まで後四日。病院食はもうイヤだ!

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