第六十話 ロイド、ようやく言質をとる
俺は部下に銀行の頭取らと繋ぎを取らせに行かせた。一般人なら飛び込みでも行けるだろうが俺レベルともなればアポイントメントが重要だからな。さてどこの頭取が先にあってくれるのか? 時間が惜しいが待つしかない。
ちょっと時間が空いたのでイライジャらに伝えたいことがあるので呼び寄せる。
呼び寄せるのはイライジャ、ザビーネ、エリー、フリッツ、クライグら五人だ。
……五人が揃ったところで着席させる。
「みな勉強に励んでいるところ申し訳ない。いやな、前から話しておきたい事を思い呼んだ次第だ。
……さて、どう切り出そうか……。
そうだな、異世界にある言葉で『イエスマン』という言葉がある。意味は部下が上司の言葉をなんでも肯定的に捉え盲目的に従う事だ」
「肯定的に捉えるのは悪いことですか?」
「クライグ、否定的に捉えられるよりましだが盲目的にとなると話は別だ。
俺はな、完璧な人間なんかじゃない。間違いも犯す。誤った命令も下す。そんなときに君らは俺を正せねばならんのだ。それを分かって欲しい」
五人はひそひそと内輪の会話を始めた。
ややあってザビーネが席を立つ。
「お話は伺いました。ですが、お仕事をされている場合はどうして修正すれば良いのですか?」
「執事らの声を聞け。街の声を聞け。新聞を読んだりすればどこかで気づく」
「つまり常に気を配れって事ですね」
「それもあるが平々凡々とするな、でもある」
ザビーネはニッコリした。
「お答えいただきありがとうございました。これからの指針、十分に邁進していきます」
「新聞も一社に絞るな。思想は画一的ではない、もっと自由に選択する幅を広げるんだ。良いね?」
「はいわかりました」
この子供たちは俺を肯定的に見つめる傾向がある。特にイライジャはそれが顕著だ。それではいけない、どこか冷めた部分を持っていて欲しいからな。イエスマンは恐ろしい。少なくとも為政者にはイエスマンは必要ない。
さてこちらも仕事に戻るか。
午後になってようやくアポのひとつが取れた。相手はファーレ最大の銀行イー・ファーレ銀行だ。幸いにして時間の指定はなかった。
さてどうしよう、さっさと会いに行くか他行との兼ね合いを考えるべきか?
いや動こう。待つのは好きじゃない。
資料をまとめ、服を改めた俺はグレッグと護衛のヒューレイルを伴って馬車に乗り込んだ。
イー・ファーレ銀行はファーレ最古の銀行だ。その地盤は堅い。だがそれは北部が安定し、中央との連結があってはじめて真価を発揮する。この点は他行もそうだが、このイー・ファーレ銀行はファーレ家とも密接に繋がっている点が違いを分けている。
御用銀行でもあるが利益を給与したり誘導したり、で見返りは…まぁアレだ。言わぬが花だな。
俺は店に入ると直ぐに頭取の応接室へ通された。
豪奢なソファーに座り、出された茶を飲んでいると何度か会った事のある紳士が入ってきた。頭取だ。
「お久しぶりです御領主殿」
「久しい…と言っても俺の婚姻の儀以来だからな、たいして久しい訳じゃない。それよりも本題だ。
貴様の行、どれ程保つ?」
「どれ程と申しましても……」辣腕の頭取は言いよどんだ。
「現状で半年、延命措置でも一年は保たない。違うか?」
「…は、仰せの通りです」
「腹蔵なく言うが、俺の…ファーレ家も同様、保たして一年が精々だ」
「…………!」
「まぁ黙って座するのは性に合わんし、軍の方でも裏で動いている。
今、帝都にて動きの鈍い軍務尚書を動かすべく細工している最中だ。最悪でも半年以内で北都奪還…いや打通作戦を成功させる。出なければ俺達は金が回ってこないで死ぬしかない」
「なぜ軍務尚書閣下の動きが悪いのですか?」
「いま調べさせている」
「そうは言われましても帝都とは……」
「軍機で言えんが俺には裏技があってな、まあ中央とやり取りが出来る」
最悪ツキハに現金の輸送を頼めるが、これは禁じ手だ。リスクが高すぎる。だいたいひとつの銀行だけを優先させる訳には行かないし他行もとなればキャパオーバーしすぎる。これは使えない。
「さてここまでは一致した。俺からの用は金利下げるなと言いに来た」
「しかしそれでは」
「市民の生活は維持させる必要がある。ここで焦って金利を下げたら物価の上昇に繋がる。物価が上がればある時点で物価は安定する。
だがそれは政府保証あっての事。そこで金利を誤れば金の価値が下がる引き金になるぞ」
「それはそうですが」
「俺はな、為政者として市民には幻想を与えなければならない。まぁそうした次第だ」
頭取は押し黙って頭をフル回転させているようだ。俺はあえて急かせない。
やがて頭取は頭を上げた。
「お話は承りました。金利を下げるのは止めておきます」
「ありがたい」良し、言質は取った。俺は大きく息を吐いた。
それからニ、三確認すべき事を確認しイー・ファーレ銀行を後にした。一度館に戻り他行との調整を計る。大きな問題は無いが残りの銀行はイー・ファーレ銀行より与し易い。だが他領の銀行の支店は中々にうんとは言わなかった。そこはもう力押しで乗り切ったがな。
三日後、全ての銀行回りを終えた俺はツキハの跳躍能力で帝都に跳んだ。
帝都屋敷には俺宛の封書が何通も来ていた。
内容は軍務尚書の内外だ。表向きの給与、便宜を図る商社、小遣い、女性遍歴などなど。
総合的にみれば軍務尚書は無能の類じゃない。ただこの異界の怪物に対しては積極的では無かった事だ。理由? そいつは不明だ。予想よりも大きな被害に腰が引けているのだろうよ。
となれば…強行策で押せば良いのか。
俺は協力してくれた夫人方に返礼の手紙を書き、前に贈った金牌とは別の意匠の金牌をそえて送り出した。これで帝都での工作は終わりだ。
「ツキハ君。軍務尚書閣下の所へ跳んでくれ」
「軍務尚書閣下、遅滞戦術と連動した狼の口戦術の有用性はご存知のはず。であれば是非ともこちら側でも採用なさって下さい」
「…………」
「閣下、何をおよび腰なのですか?」
「……交戦比がまだ高い」
「奇跡でもおきない限り被害はでます」
「それは極論だ」
「閣下、たとえ極論だとしても被害は出るのです。自分が提示した作戦は派遣兵団と駐屯兵団との合力せねば効果は望めません」
「…………」軍務尚書は俺から視線を外した。
俺は一歩前にでる。ここが踏ん張りどころだ。
「閣下、自分とて部下が負傷する事は遺憾です。ですが我々の背後には無辜の市民が居るのです。これ以上連中が跋扈し帝国本土と北部辺境が分断されれば北部は物理的に死亡するしかありません」
「……わかった、卿の言うとおりだ。打通作戦を許可する」
良し! 話は通った。
「だが、戦術の研究にいま少し時間がかかる」
「それは仕方ありますまい」
「ひと月待て。実働にはそれくらいかかるのでな」
「承知しました、閣下」俺は敬礼する。
「下がって良し」軍務尚書は答礼した。話はここまでだ。
ひと月待つのはしんどいが進展しただけマシだ。
翌日、俺とツキハは駐屯兵団の陣地に戻った。